Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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ロルパの現状

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 昨夜、ロルパから戻った。歴史的な平和協定の調印“セレモニー”は、ロルパ郡ダハバンで、人民解放軍第五師団副コマンダーの「ビベク」らマオイストとともに、ラジオでライブ中継を聞いた。今回の取材は、人民解放軍第五師団が駐屯することになっているロルパ郡ヌワガウン村ダハバンと、郡庁所在地リバンを7日間で訪問するという非常にきつい行程だった。リバンにはピュータン郡ビジュワルから日帰りで行ってくるという、とんでもないスケジュールだった。ダハバンで丸1日を過ごしたほかは、毎日、ジープかバスに乗って移動という、歩くよりもきつい取材だった。平和協定がまちがいなく21日に調印されるだろうとは予測していたのだが、“セレモニー”には全く興味がなかったために、むしろロルパで村人とマオイストの反応を見たかった。ダハバンには人民解放軍のエリート部隊である第五師団の本部旅団のメンバーが次々と到着しており、キャンプ建設の準備にかかっていた。21日夜のセレモニーの中継は、司会の様子と度々聞こえる拍手の音から、会場にいる人たちの興奮した様子が伝わってきたが、調印のセレモニーとその後のプラチャンダ党首、コイララ首相の演説を聞いたあと、人民戦争開始当初からさまざまな襲撃に参加してきた「ビベク」は、「一つのプロセスが終わっただけ、戦いが終わったわけではない」とクールな反応を示した。私が泊まっていた宿の女主人は中継に興味も示さず、ラジオを私たちに渡すと、午後8時前には寝てしまった。この後、訪ねたリバンでは、ネパール会議派やUMLの地元リーダー、国内難民ら何人かに会ったのだが、ここでも平和協定に関する反応はクールなものだった。ロルパには登録されているだけで約1300人の、マオイストが原因で村に住めない難民がいるが、現在にいたるもほとんどの人が自分の村に戻っていない。難民のなかで最も多いのはネパール会議派の支持者だが、リーダーが何度も「キャプチャーした土地・家は返す」と約しているにもかかわらず、これまでまだ誰にも土地を返していない(家は2人に返している)。実際に彼らが村に住めるようになるまでは、ロルパでは平和が戻ったとはいえないのだ。カトマンズで進行していることと、ロルパの状況には、やはり大きな距離感を感じた。

写真は、ダハバンのキャンプ予定地で、インド製のINSASライフルを構えて歩哨に立つ第五師団のマオイスト。

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ご苦労様です。 いつの世でも、人民の側の革命と指導側の革命には大きな隔たりがあると思わざるを得ません。だからと言って、その流れを止めてはいけないと思っています。 もうすぐ娘に会いにKTMに行けると思うとたまらなくなってしまいます。

2006/11/27(月) 午後 8:42 [ Jebun ]


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