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今朝起きると、携帯電話に2つのメッセージが入っていた。両方とも、ロルパ出身のマオイストからのもので、「人民戦争12周年おめでとう!」という内容のものだった。彼らが人民戦争を始めたのは1996年2月13日だから、正式に言うと「11周年」なのだが、ネパール式に言うと「12周年」ということになる。午後1時からは、プラチャンダ党首が25年におよぶ地下潜行生活のなかで、初めて一般の人たちの前で演説をする集会が開かれた。マオイストは、クラマンツの隣にあるサイニク・マンツ(軍用広場)で集会を開こうとしたらしいが、さすがにネパール軍に断られたようだ。集会はスポークスマンのクリシュナ・バハドゥル・マハラの司会で始まった。まず、全国から来た10以上のジャナジャティやダリットの「ジャーキ(伝統的な歌と踊り)」が1時間ほど続いた。ロルパから来た男女のマオイストが、マガルの人たちの伝統的な踊りである「サランゲ・ナーツ」を踊っていた。マオイストの集会は、他の政党の集会と違って、主賓が先に演説をすることが多い。おそらく、飽きた聴衆が会場を離れるのを避けるためなのだろう。今日の集会でも、ジャーキのあとにすぐにプラチャンダの演説が始まった。演説口調で演説をする他のリーダーと違って、プラチャンダはテレビのインタビューのときとほとんど変わらぬ口調で演説をする。そのため、非常にわかりやすい。プラチャンダは演説のなかで、「制憲議会選挙を阻止しようとする勢力が陰謀を企んでいる」ということに何度も触れ、「6月選挙が実現しなかった場合、5月半ばまでに共和制を宣言すべき」と主張した。ステージにはデブ・グルンを除く、ほとんどのセントラル・サチーブラヤのリーダーが勢ぞろいしていた。パサンやプラバカール、アナンタもいた。党外のジャーナリストはステージに上がることを禁じられていたが、プラチャンダの一人息子のプラカシュが、一人でステージを堂々とうろうろしながら、写真を撮っていたのがとても気になった。さて、今日の集会で私が一番面白いと思ったのは、プラチャンダやバブラム・バッタライの演説ではなく、西ネパールのバイタディ郡からきた「ジャーキ」のグループの踊りだった。初めて見たのだが、「チャリヤ・ナーツ」という、ククリとプレートを持ってダリットが踊る踊りだ。ロルパのマガルのサランゲ・ナーツも好きだが、私はチャリヤ・ナーツのダイナミックな踊りにすっかり魅せられてしまい、踊りが終わってから、思わず舞台裏にこのグループに会いに行ってしまったほどだ。「部外者は入るべからず」と若いマオイストに阻止されたのだが、ずうずうしく踊りのグループについて入り、話しをしてきた。グループのメンバーは、カトマンズに初めて来たのだという。次回は、この踊りを見るために西ネパールに行くつもりである。 |
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