Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 今回、ロルパで訪れたJ村は少数のダリット以外は、村人全員がマガルという村である。私がこの村を調査の対象としたのは、10年間の人民戦争のあいだに死亡した人の数が全国で最も多い村であるからだ。この村で、人民戦争に関連して政府側に殺害された人の数は60人を超える。3千数百人の人口のうち、一時期は約200人が人民解放軍のメンバーだったという事実からも、この村がいかに深く人民戦争と関わってきたがわかる。私は現在、人民戦争に関連した複数のテーマを追いかけているのだが、名の知れたマオイストのリーダーを持たないこのマガルの村が、いかにして人民戦争の渦中に巻き込まれたのかを解き明かすことも、その一つである。今回の調査で、マオイスト側と反マオイスト側の両者に会って話しを聞き、この村が反体制で団結していく経緯が、とてもはっきりとわかって面白かった。残念ながら、その経緯はブログでは書くことはできないが、マオイストの“首都”タバン村がコミュニストの村になる経緯とは異なり、その相違もまた面白い。

 ロルパの郡庁所在地リバンでは、マオイストが理由で村に住めなくなった大勢の国内難民に会った。そのなかの何人かとは、2002年6月にリバンを訪れたときにも会っているのだが、リバンで職を得て、村には戻る意図のない人、いまだに石を砕いたり荷物担ぎをして日銭を稼ぐ生活をしている人など、境遇に変化が現れていることがわかった。和平プロセスが始まってから、村の自宅に戻った人もいるが、「自宅に戻って生活を始めるにも、食器や寝具も何もない」という理由で、1,2日だけいて再びリバンに戻ってきた人がほとんどだ。

 リバンでは、マオイストの党オフィスが一番いい場所を占めていた。驚いたのは、昨年11月にリバンを訪れたときには、バザールに1本しかなかった電話が300本以上に増えていたことだ。これは、リバン出身のマオイスト、クリシュナ・バハドゥル・マハラが情報通信大臣になったあとに起こった数多くの“マハラ効果”の一つ。マハラが次回選挙に立候補することは間違いないが、これだけ明確な直接効果をもたらしただけに、選挙では有利となりそうだ。

写真は、トウモロコシ畑に埋もれたロルパのJ村。


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