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昨夜、Kantipur TVでカピルバストゥ暴動に関する1時間番組を放送していた。このところ、ニュース以外のテレビを見ることはめったにないのだが、現場の映像がどうしても見たくて、最後まで見てしまった。週刊誌「Nepal」でも、骨だけになった被害者の遺体の写真や、焼き討ちされて何も残っていない無残な民家の写真が掲載されてはいたが、やはり映像で被害の様子を見ると、衝撃的だった。黒こげになった110数台のトラックやバス、焼き討ちされたバザールの店、そして、村から着の身着のままで逃げてきた村の避難民たち。避難民は5000人を超えると言われているが、家族と生き別れた人も多く、いまだに行方のわかっていない人もいる。
結婚して一月しかたっていない20歳の女性のインタビューに心が痛んだ。この女性は新婚の夫を目の前で殺害されたうえに、暴徒に集団レイプされるという被害にあっている。夫がどうやって殺されたかについて、淡々と語る女性の語り口を聞いていると、自身に何が起こったかについて、まだちゃんと理解できないほどのショックを受けたように見えた。被害者や避難民のほとんどは“パハリ”、つまり、ネパール・オリジンのネパール人である。殺害や焼き討ちに関わった暴徒は、同じ村の顔見知りのマデシの人たちだったと証言している人たちが何人かいた。最後に「村には二度と帰れない」と発言している避難民がいたが、村の顔見知りが殺しているところを目撃するなどという体験をしたあとでは、当然の感情だと思う。
暴動の結果を見ると、「マデシ対パハリ」あるいは、「ムスリム対ヒンドゥー」という対立の構図が見えるが、地元の政治活動家が「こうした対立は今に始まったことではない。この地域では、これまでもこうした異なるコミュニティーの対立が暴力にまでいたった事件が何度も起きている」と話していた。しかし、この活動家でさえ「今回の事件は、対立を起そうという目的で、計画的に起された出来事」と話している。被害にあったバザールの人たちや、避難民もほとんどが事件を「計画的だった」と見ていた。マデシの暴動を起す目的でモイン・カーンを殺害したというのだ。その目的は、制憲議会選挙を阻止するために、治安を悪化させることである。
番組を通して取材者は、「暴動を拡大した最大の原因は、すぐ近くにいた警察と武装警察隊が見てみぬふりをしたことだった」と伝えようとしていた。ガウル事件という今回の事件といい、最大の責任はまったく無力・無策なシタウラ内務大臣と政府にある。シタウラ内務大臣に対しては、ガウル事件など、こうした事件が起こるたびに辞任要求の声が上がっているが、まったく責任をとる様子がない。前にも書いたが、これは「無政府状態」のなかで起こりえた悲惨な事件である。暴徒が使った武器は、国王政府のときに村々に作られた反マオイストのグループに、国軍が提供したものだったという証言もあった。政府はこれらの武器を回収することさえしていないのだ。この事件にきちんと対処できない政府に、選挙ができるとはとても思えない。
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もし選挙が出来たとしても、又、再び、同じ顔ぶれの政治家達であれば、同様のことは起こるに違いない。本当に誰のところに権力はあるの?そこをどうにかしなければ、解決の道はない。
2007/9/26(水) 午後 11:50 [ hikaruno ]