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昨日統合したネパール会議派が、今日開かれたマハ・サミッティで「民主的連邦共和制」を党方針とすることを決めた。これで、ネパール最古で最大の政党が共和制政党となったことになる。一方、この方針転換を不満として、同党の領袖クリシュナ・プラサド・バッタライが離党を宣言した。NCの創始者のなかで唯一の生存者であるバッタライは、NC中央委員会が「共和制方針」を決めてから、コイララ首相にあてて「王制支持を捨てるな」というメッセージを送っている。2002年に党が分裂してから、政治の表舞台から退いていたバッタライは、パラス皇太子を見舞いに行ったり、ネパール軍のカトゥワル将軍と会見したりして、このところメディアの注目を受けたが、自身の考えが今の多くのネパール人の心情にそぐわないことに気づいていないようだ。 |
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故ビレンドラ王時代に ビレンドラ王に指名された最後の首相が、クリシュナ・バッタライ、それだけ、王室に可愛がられたということでしょう。最後まで、民衆の視点には立てなかった政治家です。
第1回選挙の時も、落選したはずです。
首相経験者というだけで、国民会議派の中で、優遇されてきたのでしょう。
2007/9/27(木) 午前 8:04 [ hikaruno ]
「ネパール会議派が党総会で、11月の制憲議会選挙で共和制移行を公約にすることを決めた」というニュースは、9/27付朝日新聞朝刊の国際面にも載っていました。
ネパールのニュースは日本では報道される分量が少ないので、毎日更新されるこちらのブログの存在はありがたいです。
2007/9/27(木) 午前 11:47 [ watto ]
K.P.バッタライは故ビレンドラ国王に“指名”されたわけではありません。1990年4月8日の民主化宣言後、国王は最初、運動の最高指導者であるガネシュ・マン・シンを暫定政府の首相に迎えようと試みましたが、シンがそれを断った際に、シン自身が「バッタライを首相に」と推薦したのです。ネパール会議派内で今もシニア・リーダーとして持ち上げられているのは、彼が首相経験者であるからというよりは、かつて同党の党首を務め、党創始者であるからです。
2007/9/27(木) 午後 0:10 [ nep*l*jo*rnal ]
バッタライ、ラム・ハリ・ジョシーを知る私にとっては、バッタライの選択はとても残念です。
2007/9/27(木) 午後 9:48 [ Jebin ]
日本の天皇制も廃止すべきだと思います。なぜなら天皇制は日本国憲法のほかの条文と矛盾している点がたくさんあります。天皇が世襲制であることは、平等原理に反しています。天皇は皇居、皇族は元赤坂に住むことが定められており、職業選択の自由、居住および転居の自由が保障されていません。天皇・皇族には選挙権もありません。このような立場の人間が特定の家に代々受け継がれるのはあまりにもかわいそうです。皇族は公人になるか、私人になるかを選ぶ権利もなく、いやおうなしに公人として生きていくことを強いられています。端的にいえば、皇室には人権がなく、天皇制は非人道的な制度です。
天皇が日本国および日本国民統合の象徴とされているが、「象徴」ということもあって右翼などが愛国心高揚などのために天皇が政治的に利用しようとする可能性もあります。また、2008年に起こった2chでの皇太子殺害予告は、社会への不満が日本社会の象徴としての「皇室」に向かっているものだと言えます。この事件は一種のテロで、皇室はテロの標的にもなりやすい存在で、はっきりいってかわいそうです。
2009/5/9(土) 午後 4:56 [ グリム伊藤公雄 ]