Kathmandu Journal

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ブログをする楽しみ

 先日の女性ジャーナリストのプログラムで、「ブログをする楽しみ」について話してほしいと頼まれた。「書きたいことをいつでも、何でも書けること」ととりあえず応えたが、「もちろん、書いてはいけないこと、書けないこともたくさんある」のだとも話した。ブログは伝えたいことがある人間にとっては、確かに容易に発信できて楽しいメディアだが、第三者の目を通さずに発信されるブログは、書き手にとっては、実は怖いメディアでもある。どんなに匿名性を通そうとしても、会ったことのない人のブログでも、書いた文章から、その人の性格や背景は大体想像がついてしまう。どんなに知ったかぶりをして書いてみたところで、読む人が読めば、情報源の底がいかに浅いか、いかにいい加減な情報をもとに書いているかもわかってしまう。かつて、編集者として働いていたときから思っていたが、文章というのは、本当にその人を表すメディアなのである。

 私が一番ひんぱんに訪れるブログは、実は犬のペット・ブログと料理に関するブログである。関心のない人にとっては、「くだらないブログ」にしか見えないのだろうが、私生活の自慢を目的にした中途半端なプライバシー暴露ブログや、ノスタルジーや感傷に浸ったウェットなブログよりは、書き手の感情が素直に出ていて、私にとっては、ずっと面白い。料理ブログを見るのは、現在、食べることのできないさまざまな料理をせめて見るだけでも、という下心があるだけの話。

 もちろん、私も覚悟して書いている。自身の愚かさや底の浅さが見えることなどは、別にどうとも思わない。そもそも、ネパール政治の裏側を書こうと思って始めたブログである。「そんなブログには興味がない」という人が大勢いることも承知のこと。初めから「ランキング」などには興味はない。しかし、身近な人たち、つまりプライバシーだけは守りたい。なかには、書き手は匿名を保ちながら、身の回りの人のプライバシーを平気で暴露するようなブログもあるが、そういう立場はとりたくない。身近な人を、彼らに知らせずに“話の種”にすることはしたくない。などと、彼女たちに話したのだが、はたして、どれだけ理解してくれただろうか。

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文章中の「私生活の自慢を目的にした中途半端なプライバシー暴露ブログや、ノスタルジーや感傷に浸ったウェットなブログ」は私も違和感を覚えてしまいます。ブログの発信人が特定されなくても、内容がきちんとしたものであれば、世に出る意味や意義があるのだと思います。そういうものであれば、ブログという場が生きてくるのではないでしょうか?

2008/7/7(月) 午後 10:52 [ まる ]

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カトマンズは狭い世界です。どんなに匿名性を保とうと試みても、たとえば、住んでいる地域の描写や周りの人たちの描写を通じて、特定されてしまう場合があります。実際、私が住む地域と“なわばり”が重なる、ある匿名の方が運営されているブログに、私の知った人物が写真入りで“話の種”になっているのを見て驚いたことがありました。本人は、こういう形でブログに載ったことを知っているのかどうか知りませんが、知らないで掲載されたとしたら、どうも公正でないような気がしたのです。匿名でブログを運営するときには、ブログに載せる人のプライバシーも考慮して当然だと思うのですが、なかなかそこまで考慮されていないことが多いようで、ブログの怖さを感じたしだいです。

2008/7/9(水) 午後 0:48 [ nep*l*jo*rnal ]


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