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昨日公表されたOHCHRのレポートに対する、ネパール・メディアの無関心がとても気になる。昨日の記者会見に出席したネパール人記者の数が非常に少なかったことを見たときにも驚いたのだが、カトマンズのメディアにとって、行方不明者の問題はすでに過去のこととなってしまったのだろうか。とくに、Kantipur紙の扱いが非常に小さいことが気になる。あるいは、バルディヤ郡のタルーの人たちが被害者のほとんどを占めるからだろうか。この国のメディアは、どうやらすっかり鈍ってしまったようだ。
http://www2.ohchr.org/SPdocs/Countries/OHCHRReportBardiyaDistrict.doc
上記でレポートを見ることができるので、ご興味のある方はご一見願いたい。レポートを読んでいて思うのは、今年9月に訪ねたカンチャンプール郡のタルーの村のケースとの共通点である。私たちが訪ねた村では、31人の村人が2002年の国家非常事態宣言が発令されていた9月から10月の約2ヶ月のあいだに、拘束されたあとに行方不明となっていることは、以前のブログでも書いたことがある。
バルディヤもカンチャンプールも、国立公園に駐屯する王室ネパール軍が関わったものだ。ほとんどの被害者がタルーであることにも共通点がある。治安部隊は早朝あるいは夜、村に来て、目的とする家々に突然押し入り、「マオイストと疑わしき者」を連行し、その後行方がわからなくなるというのが、両者に共通する典型的なケースである。
バルディヤ国立公園内にあるチサパニ兵舎内で行われた組織的な拷問。母娘で拘束され、兵舎に拘束されているあいだに、娘が軍士官により強姦されたことを知り、泣き暮らす母親。自宅で寝ているところを酔った治安部隊に連行されて、自宅近くで射殺された11歳の少女。23歳のNGOワーカーであもあったタルーの女性は、夜中に治安部隊により自宅から拘束された。この女性と思われる被害者が、自宅から500メートルのところで拷問を受けて叫び続ける声を、近くの何人もの村人が耳にしている。突然、声が止み、遺体はトラックに乗せて運ばれた。翌日、現場には被害者の血だらけの服が残されていた。
これはレポートにある事例のごく一部である。当時、西ネパールを歩いていて、治安部隊の蛮行を私自身が目撃したことが何度かあったが、これほどひどいことが組織的に行われたことを知って背筋が寒くなる思いである。このレポートに出てくるチサパニ兵舎のチェックポイントでは、実は、私自身、兵士の傲慢な物言いと態度にかなり怒りを感じた経験がある。この兵舎のなかで、これほどひどいことが行われているとは、当時はもちろん知らなかった。これだけの人権侵害に関心を寄せることのないメディアとカトマンズの知識人層。その事実にも、背筋が寒くなる。
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