Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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マオイスト駐屯地にて

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 ロルパから戻ってきたら、停電の時間が日に12時間に増えていた。夕方から夜にかけては、ほぼ毎日停電である。わが家のインバーターは相変わらずフル回転しておらず、ケーブル・インターネットに接続できるデスクトップ・パソコンを使える時間に限りがある。しかし、文句を言ってばかりいても始まらないので、原稿書きにはもっぱらラップトップを使うことにし、発想を変えて、生活パターンを変えることにした。インターネットを見る時間を最小限に削り、その代わりに資料・本を読む時間を増やした。面白いのは、ロルパの郡庁所在地リバンでは計画停電がないこと。リバンには、ピュータンにあるジムルック発電所から電気が供給されているのだが、需要が少ないせいもあるのだろう。今のところ、供給電力は足りているようだ。

 さて、ロルパではマオイスト軍第5師団のダハバンとティラにある駐屯地を訪ねた。第5師団は紛争中、ロルパやルクムなど、マオイストの本拠地で活動をしていた部隊で、メンバーのほとんどがこの地域出身。つまり、人民解放軍のなかでも最も経験のあるゲリラが集まる部隊である。しかし、駐屯地の状況は、私がこれまで訪ねた4つの師団(第3、第4、第5、第7師団)のなかでも最も厳しいもの。ロルパという山岳地帯に設置されたこともあるのだろうが、元ゲリラたちが暮らす住宅や食事の内容は、平野部に駐屯地がある部隊に比べて、ずっと質が低いものだ。一昨年のダサイン祭のときに、ダハバンの駐屯地に数泊したことがあったが、私が泊まらせてもらったのは古いテントで、隙間風が吹き込み、とても寒かった。コマンダーも話していたが、子供を持つメンバーはとても暮らせる状況になく、ほとんどの母子は一時的に駐屯地を離れているそうである。

 今回、第5師団コマンダーのサラダや副コマンダーのビベク(いずれも、紛争中にロルパで会ったマオイストたちである)、そして連隊、大隊レベルのコマンダーと話す機会があった。当然のことながら、私たちの質問は軍統合問題に集中した。ほとんどのコマンダーが口をそろえて言ったことは「われわれが望む形で軍統合が実施されなかった場合、反乱を起こす」ということである。「武器庫から武器を取り出す」と話したコマンダーさえいた。実は、昨年、この問題に関するレポートを書いた際、チーフ・コマンダーのパサンを含めた大勢のコマンダーにインタビューをする機会があったのだが、他の師団では、これほどはっきりと「反乱を起こす」というコメントが返ってくることはなかった。しかし、それでも、「軍統合特別委員会の決定には従う」と話していることから、彼らがまだ党に対する信頼をなくしていないこともわかる。

 とくに、ロルパの駐屯地の状況を見ると、彼らがこれ以上長期間、駐屯地のなかにとどまることがいかに困難か、実感することができる。昨日、カトマンズで開かれたマオイスト軍のスタッフ会議でも、統合の作業が遅れている事に関して、師団コマンダーのあいだから、強い懸念の声があがったと聞く。ロルパの元ゲリラたちは、すでに、駐屯地での厳しい冬を2回過ごしている。和平プロセスを成功に導くために2度は我慢をしたが、3度目は・・・。統合問題の解決の遅れは、和平プロセスを危機に導く可能性がある。

写真上は、ダハバン駐屯地の女性大隊コマンダーと彼女の娘。駐屯地に来てから出産をした。

写真下は、ティラにあるマオイスト軍駐屯地。山の斜面を切り開いて作られた。ロルパの山岳地帯にあるために栄養不足となりがちだが、ビタミン不足を補うために、山でとれる柑橘系の果物の汁を集めて(黄色い液体)、お茶などに入れているという。



 

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昔、中国兵は家族を連れて戦場を転々したそうだが、ネパール兵もそうか?

2009/1/6(火) 午前 3:46 [ johnkim ]

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小さな子供たちは、ほとんどがマオイストが駐屯地に来てから生まれた子たちです。中国兵については良く知りませんが、紛争中小さな子供を連れたマオイストの女性には会ったことがあります。しかし、「家族連れ」で移動をすることはありません。

2009/1/7(水) 午後 3:53 [ nep*l*jo*rnal ]



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