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各地で反マオイストの動きが広まっているが、今朝開かれた常備委員会で、マオイストは与党、つまり統一共産党とネパール会議派が自党の青年組織を使って、ゼネストを妨害し反マオイストの運動を煽っていると結論した。対話解決の可能性がなくなってきたとも結論している。そして、平和的運動を政府側が力で制圧しようと試みた場合、これに徹底して対抗するという方針を決めた。常備委員会は先ほどから再び会合を開いている。
今朝、ビルガンジでヒンドゥー・ユバ・サンというヒンドゥー原理主義者のグループが、マオイストが設置したキャンプを襲う映像を、先ほどKantipur TVのニュースで見た。このグループは元の国王派であると報じられているが、一般市民も混じっていたようだ。同テレビはカトマンズのジョルパティで起こった反マオイストの暴動も報じていた。両方の映像とも、かなり暴力的なものである。こうした映像が、さらに反マオイストの動きを煽るのではないかと懸念される。今日は、フムラやダンクタ、パルバトなどでも地元民とマオイストが衝突し、夜になって外出禁止令が発令されている。
午後になって、カトマンズやパタンの街頭にいたマオイストはスンダラに集結し、旧市街をデモをした。地元のネワール人にアピールする目的だったようだ。今日は雨が降りそうだったので、いったんはデモを見に行くことは止めようと思ったのだが、テレビの生中継を見ていると、やはり現場に行きたくなり、スンダラからニューロード、アサン、ラトナ・パークを歩いてきた。デモを見ていて、ふと思った。マオイストの人民戦争は、ネパールの歴史で初めて、山村・農村に住む人たちが立ち上がった反政府武装闘争だった。そもそも彼らがなぜ武器を持ったのか、カトマンズに住む人たちは今も理解していない。これからも理解することはない。個人的には、彼らが首都の街路を占拠することは、ある意味で痛快なことだと思ってしまう。しかし、都市部の住民と彼らの心情が交わることはない。それこそが、多くの村人がマオイストとなった理由なのだと思う。
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ネパールの田舎で医療活動をしています。昨日日本に帰ってきました。ネパールの情勢が気になって気になって。小倉さんのブログを毎日読んでいます。村人がマオイストになった理由を書いてください。
2010/5/7(金) 午後 0:01 [ turomaya ]
ありがとうございます。村人がマオイストになった経緯をここに書くには、あまりにも時間を必要とします。私には、今起こっていることを書く時間しかありません。拙著『ネパール王制解体』に詳しく書いたつもりです。自著を宣伝するつもりはありませんが、ご興味がありましたら、ご一読ください。
2010/5/7(金) 午後 1:28 [ nep*l*jo*rnal ]