|
ウワ村で私たちはマオイストの‘ポスト’に泊まった。食事は庭にある‘メス(食堂)’で作られたダル・バートを食べた。タルカリは水牛の肉のカレーだけ。そのため、ベジタリアンの私はダールとご飯だけの食事だった。もっとも、夕食前に、同行者のUとJが近くの家から持ってきてくれた、炒ったトウモロコシを食べたので、お腹は空いていなかった。ウワ村の人口の大半を占めるマガル族と同じ民族に属するUとJも、夕食前に肉をたらふく食べたらしく、食欲がないようだった。同じマガル族に属するとはいえ、UもJもこの土地のマガル族が話すカーム語を話さない。ロルパ郡のなかでも、カーム語を話すマガル族が住むのは北部と中部の一部だけだ。カーム語を話す地域とマオイストの影響が最も強い地域は重なり合う。タバン村を中心としたこの地域は、マオイストの‘心臓部’といってもいい。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2005年10月30日
全1ページ
[1]
|
ロルパ取材から帰って10日たったのに、取材記をまとめる時間がなかなかとれない。今日は午前中いっぱいをかけて、家族総出で自宅の大掃除をした。ティハール祭前の恒例行事だ。半日かけても終わらず、明日に持ち越した。午後はレポーターズクラブでネパール統一共産党(UML)のバムデブ・ガウタム総書記代理らの記者会見があった。ガウタムは、ロルパから戻って以来、すっかり注目の的になっているが、UMLとマオイストの“トップレベル”の会合がいつ、どこで開かれたかに皆の興味があるようだ。昨日発売さた週刊誌「サマヤ」はガウタムがロルパに行ったさいに、この会合が開かれたとする記事を掲載していたが、ガウタムは同誌が彼から直接話しを聞かずにこの記事を書いたと話していた。しかし、記事の内容は否定しなかった。ネパールのジャーナリストは、この手のことを日常茶飯で行う。直接会って話しをしたわけではないのに、あたかも会ってインタビューをしたかのように書く。私も何度か被害にあったことがある。最もひどかったのは、昨年10月、ロルパに行った帰りにリバンからたまたま同じバスに乗った「ゴルカパトラ」の記者だった。カトマンズから雑誌「HIMAL」の記者とロルパに取材に来ていたこの記者を私は知らなかった。この記者とは、一言も言葉を交わさなかったのだが、彼は私が「カンティプル」の地元記者と話していた会話を横で聞いて、私の名前まで出して誤ったコメントを掲載した。彼が勝手に、「私が話した」として書いたコメントの内容が、マオイストが見たら私を疑うことがまちがいない内容だったため、すぐに「カンティプル」紙とこの記事が掲載された月刊誌に訂正記事を出してもらった。 |
全1ページ
[1]




