Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 ウワ村で私たちはマオイストの‘ポスト’に泊まった。食事は庭にある‘メス(食堂)’で作られたダル・バートを食べた。タルカリは水牛の肉のカレーだけ。そのため、ベジタリアンの私はダールとご飯だけの食事だった。もっとも、夕食前に、同行者のUとJが近くの家から持ってきてくれた、炒ったトウモロコシを食べたので、お腹は空いていなかった。ウワ村の人口の大半を占めるマガル族と同じ民族に属するUとJも、夕食前に肉をたらふく食べたらしく、食欲がないようだった。同じマガル族に属するとはいえ、UもJもこの土地のマガル族が話すカーム語を話さない。ロルパ郡のなかでも、カーム語を話すマガル族が住むのは北部と中部の一部だけだ。カーム語を話す地域とマオイストの影響が最も強い地域は重なり合う。タバン村を中心としたこの地域は、マオイストの‘心臓部’といってもいい。

 午後6時からマオイストのFMラジオ「ラジオ・ジャナガナタントラ・ネパール(人民共和国ネパール)」のビシェス・チェトラ(特別地域)放送が始まった。ジーバン・シャルマのネパール共産党マサルの「カラパニ・マハカリ」の歌が流れる。番組のあいだに流れるコマーシャルを聞いていると、「娘に財産を与えよう」「サリーやクルタ・スルワルなど、女性を弱くする服は止めて、女性もシャツとズボンを着よう」などというスローガンや、サハカリ・パサル(協同組合の店)のコマーシャルが流される。6時半から始まるニュースのトップは、「政府がカトマンズ盆地の周辺で放送しているマオイストのFMラジオの周波数を妨害している」というものだった。そのあと、「7政党が市部選挙をボイコットする」「ゴレ・バハドゥル・カパンギがダサイン祭のあいだに国王が新憲法を公布すると話す」というものだった。ニュースのあと、結婚したマオイスト同士のカップルへのお祝いや‘ジャナ・セナ(人民軍)’の番組が続く。マオイストのジャーナリスト、チェタン・クンワルが7月末の交戦で亡くなった人民解放軍‘マンガルセン’第一連隊副司令官‘ズワラ’と‘ジャナク'に鎮魂歌を奉げる番組もあった。‘ズワラ’はウワ出身のマオイストで27歳だったという。

 午後8時15分にFMラジオ放送が終了したあとは、‘ポスト’の2階にある大部屋で10人ほどが雑魚寝をした。夜が早いために、早朝に目が覚める。翌朝はまだ暗いうちに起きて、甘いブラック・ティーを飲んだあと、午前6時すぎにタバンに向けて出発した。ここからは、標高2800メートルの峠を越えるまで、ゆるい上りが続く。2時間半の上りのあと、峠の手前に建てられた‘サハカリ・ホテル’で早めの食事をとった。食事といっても、ふかしたジャガイモとトウモロコシである。しかし、これが最高に美味しい。2時間以上かけて、ゆっくりと‘食事’をしたあと、20分ほどの最後の上りを終え、峠に出た。ここから、目指すタバン村トゥーロガウンは2時間の行程である。急な下りが終わるころ、松の葉で飾られたマオイストの「歓迎ゲート」が何箇所かに立てられていた。下りが終わると、石がごろごろところがる川原の道が続く。タバン川の源だ。昨年8月に、90人を超える中央委員が出席して10日間にわたる中央委員総会が開かれたタバン村フンティバンを右手に、坂を上ると、左手にジャルジャラ峰が見える丘に出る。2年半前に来たときにも、タバン村が横たわるこの盆地の美しさに心が洗われたが、道を逆にたどってタバン村に入るときの景色も素晴らしかった。峠を越えてちょうど2時間後、川原沿いの道のカーブを曲がると、突然右手に大きな集落が現れた。タバン村で最大の集落トゥーロガウンだった。

 写真は、タバン村に向かう途中にマオイストが立てた「歓迎ゲート」

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 ロルパ取材から帰って10日たったのに、取材記をまとめる時間がなかなかとれない。今日は午前中いっぱいをかけて、家族総出で自宅の大掃除をした。ティハール祭前の恒例行事だ。半日かけても終わらず、明日に持ち越した。午後はレポーターズクラブでネパール統一共産党(UML)のバムデブ・ガウタム総書記代理らの記者会見があった。ガウタムは、ロルパから戻って以来、すっかり注目の的になっているが、UMLとマオイストの“トップレベル”の会合がいつ、どこで開かれたかに皆の興味があるようだ。昨日発売さた週刊誌「サマヤ」はガウタムがロルパに行ったさいに、この会合が開かれたとする記事を掲載していたが、ガウタムは同誌が彼から直接話しを聞かずにこの記事を書いたと話していた。しかし、記事の内容は否定しなかった。ネパールのジャーナリストは、この手のことを日常茶飯で行う。直接会って話しをしたわけではないのに、あたかも会ってインタビューをしたかのように書く。私も何度か被害にあったことがある。最もひどかったのは、昨年10月、ロルパに行った帰りにリバンからたまたま同じバスに乗った「ゴルカパトラ」の記者だった。カトマンズから雑誌「HIMAL」の記者とロルパに取材に来ていたこの記者を私は知らなかった。この記者とは、一言も言葉を交わさなかったのだが、彼は私が「カンティプル」の地元記者と話していた会話を横で聞いて、私の名前まで出して誤ったコメントを掲載した。彼が勝手に、「私が話した」として書いたコメントの内容が、マオイストが見たら私を疑うことがまちがいない内容だったため、すぐに「カンティプル」紙とこの記事が掲載された月刊誌に訂正記事を出してもらった。

 夕方からはカトマンズ市内にある私立校に、「ハシ・バンギャ・カビ(笑わせる詩人)」のアルジュン・パラジュリに会いに行った。市民グループ「民主主義と平和のための運動」の集会ですっかり人気者となったパラジュリ氏のインタビューと詩も近いうちに紹介したい。インタビューのあと、この学校で一足早い「デオシ」プログラムを見た。お金をかけたカラフルな民族衣装に身を包んだ子供たちが、大勢の見物人やテレビカメラの前で歌ったり踊ったりするのを見て、思わず、ロルパのタバン村にあるマオイストの「モデル校」で会った子供たちのことを思い出した。「モデル校」の生徒はほとんどがマオイストの子供たちだった。親を人民戦争で亡くした子供や、両親が人民解放軍のメンバーである子供たちだ。彼らの生活と、カトマンズの中流階級以上の子供たちの生活は、これが同じ国の子供たちかと思うほどに差がある。ロルパの子供たちの側に立ってネパールを見るか、それとも、カトマンズの裕福な子供たちの側に立ってネパールを見るかでは、ものの見方が全く異なる。マオイストがこれだけ拡大した最大の原因がこの格差にある。私はロルパの子供たちの側に立って、この国を見たい。

 写真はタバン村のモデル校の生徒たち。右手を上げて、マオイストのあいさつ「ラール・サラーム!」をする。

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