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今日の「カンティプル」紙の一面下段に、目に涙を浮かべた女性の大きな写真が掲載されている。写真は、15歳の娘を王室ネパール軍に殺害された母親デビさんのものだ。デビさんは昨日、カトマンズで記者会見を開き、彼女の娘マイナを殺害したかどで軍事法廷で有罪となった軍士官3人の罪が軽すぎると、裁判所に訴訟を起こすことを明らかにした。当時15歳だったマイナさんは「マオイスト」としてカブレ郡の軍に拘束されたあと、軍の兵舎内で拷問を受けて殺された。しかし、マイナさんはマオイストではなかったことが明らかになっている。軍は当初、マイナさんを拘束したことも否定し、家族にマイナさんの遺体を返すことさえしなかった。その後、軍はマイナさんを拘束した軍兵舎の責任者である中佐と、その部下である中尉2人の3人を軍事法廷にかけて、「有罪」判決を下した。しかし、3人に与えられた刑罰は6ヶ月間の拘禁と、中佐には5万ルピー、中尉には2万5000ルピーの罰金だけだった。しかも、裁判中に6ヶ月間拘留されていたとして、6ヶ月間の刑期は終了したとみなされ、3人はすでに釈放されている。この刑罰を国際人権団体も「軽すぎる」と非難したが、マイナさんの母親デビさんは、「人を殺害した軍人は国民により裁かれるべき」として、裁判に訴えることにしたものだ。ネパールは、政府側により拘束されたあと、行方不明になった人の数が世界で最も多い国のひとつだ。外に情報がもれることなく、軍あるいは警察内部で拷問を受けたり、殺害されたりするケースがかなりの数に上る。王室ネパール軍内にある‘impunity’(罪を犯しても罰せられない)な環境が、ネパールにおける人権侵害の最大の根本問題として見られている。マイナさんのケースは決してまれなケースではない。 |
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2005年10月04日
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ジャーナリストを肩書きとする者として、取材で得た情報、あるいは誰かが「伝えてほしい」と提供してくれた情報を伝えるメディアがないことほど歯がゆいことはない。ネパールの政治などという、日本のメディアにとってはほとんど興味の対象となりえないテーマを長年取材してきたせいで、そうした歯がゆい思いは散々経験してきた。それでも長く取材を続け、少しずつでも作品を発表していれば、それなりに仕事の評価をしてくれる人はいるもので、ありがたいことに、そうした方々から身に余る機会を与えていただいたりもした。わずかながらでも、一応、文章を書くことにより情報を「売る」ことを職業とするからには、第三者が介入しないHPやブログを個人で運営することには、ずっと躊躇を感じていたが、ネパールが歴史上最大の転換点に立っており、しかも、そのプロセスを現場で目撃するという、ジャーナリストとしては幸運至極な立場にあるなかで、どんな形ででも、自分が得た情報を発信する義務があると感じた。このブログを始めた動機はそこにあった。第三者の目(評価)を通らない情報発信には、正直言って、今も躊躇がある。また、ブログというメディアに公表できる情報は、きわめて限られている。それでも、生の情報を最も早く発信できるメディアとして、この方法を選んだ。それが正しかったのかどうかは、まだ、正直言ってわからない。迷いながらの毎日だが、定期的に目を通してくださっている読者の方に感謝の意を表したい。 |
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