Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 マオイストのモデル学校には、今のところ3年生までしかない。61人の生徒のうち、40人が1年生、12人が2年生、9人が3年生だ。午前10時に授業が始まった。朝礼が終わると、生徒全員が行列を作って教室に向かい、それぞれが「マ・アウナ・サクチュ?(中に入ってもいいですか?)」と声をかけてから教室に入る。まず、3年生の授業を見学に行った。教室に入ったとたん、生徒全員が立ち上がって「ラール・サラーム!」の挨拶をしてくれる。隣りのピュータン郡にある学校で5年間教師をした経験があるという女性が歴史を教えていた。3年生は9人の生徒のうち6人が、父親を人民戦争で亡くした子供たちだ。実は歴史の授業には一番関心があったのだが、この日は人民戦争の‘サヒド(殉死者)’に関する授業だった。先生が黒板にクリシュナ・セン(党名‘イチュク’)の誕生日や生まれだ場所などを書き、それを生徒が写している。クリシュナ・センはマオイストの党機関紙『ジャナディシャ』の編集長で、詩人でもあったのだが、2002年にカトマンズで逮捕されたあと、警察施設のなかで拷問を受けて殺害された。黒板には彼の生年月日やインドで生まれてダン郡で育ったこと、そして両親の名前まで書いてある。校長先生の話によると、モデル学校では‘個人崇拝’の歴史は教えないが、人民戦争で亡くなったマオイストたちの簡単な伝記を教える方針だ。たとえば、マオイストが1996年2月に人民戦争を開始したあと、ゴルカ郡で最初に政府側に殺された11歳の生徒ビル・バハドゥル・ルイテルや、去年、手りゅう弾の事故で亡くなった人民解放軍第一連隊コマンダーの‘パリバルタン’の‘伝記’を教えるという。モデル学校ではこれから、「なぜ人民戦争を始める必要があったのか」「人民戦争の仕方」などの政治教育もするのだという。「政治なしの教育は方向性のない教育と同じ」と校長は話す。「労働を愛する人間を育成すること」が‘ジャナバディ・シッチャ(コミュニスト教育)’の重要なポイントの一つだという。

 1時間目の授業のあと、丘を上がったところにある食堂にランチを食べにいった。子供たちも全員がここで食事をとる。食事を作る人や学校で働くスタッフ全員が、給料なしでボランティアとして働いているのだという。食事のあと、食器は各自が外にある水場で洗うシステムだ。シンプルなダル・バートの食事を終えて下に降りると、一人の女性がこちらを見て笑いかけてきた。なんと、2年半前にタバンでお世話になった‘シーラ’だった。私の名前も覚えていてくれて、「キヨコ・ディディ」と呼びかけてきた。党の医療局にいる彼女は、前回ここに来たときに高熱を出して寝込んだ私に薬をくれるなど、ずいぶん心配して世話をしてくれた。タバンに行ったら、また会えるかもしれないとは思っていたのが、話を聞くと、彼女の現在の活動地域は西のほうで、今日はモデル学校で学ぶ友人の子供を連れにたまたまタバンに来たのだという。なんと、偶然の再会というわけだ。タライ生まれの彼女は、前回会ったときにはロルパに来たばかりで、「山岳地帯での生活がつらい」と愚痴をこぼしていたが、この2年あまりのあいだに山での生活にも慣れたらしく、色も黒くなってたくましくなったように見えた。彼女の生活も、この間にずいぶん変わったことが後でわかった。

写真は、モデル学校の1年生のクラス。

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