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写真上;ブータンのワンチュク国王の誕生日の今日、ジャパ郡、モラン郡にある7つのブータン難民キャンプから来た難民が、プルチョークにある国連事務所に‘アピール’を提出。正午から、国連事務所横で座り込みを始めた。座り込みをするのは、各難民キャンプから来た女性たち。「ネパールとブータン政府間の話し合いでは解決不可能。国連の介入を求める」(難民のリーダー、テクナス・リザル氏)とする彼らのアピールに対して国連が回答するまで座り込みを続けるという。難民キャンプで生活するブータン難民に対しては、国連高等弁務官事務所が衣食住の援助をしてきたが、約1年前に援助を削減してから、料理をする灯油や薬などが不足しているという。 |
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2005年11月11日
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今日は午前中から最高裁へ行った。ダサイン祭のあいだに政府が報道規制を強化する目的で公布したメディア法とカンティプルFMに関する訴訟で、最終判決までの期間、メディア法執行の中止(stay order)を求める原告側の主張を最高裁が認めるかどうかの決定が出ることになっていた。この訴訟の原告は、ネパール弁護士連合、ネパール・ジャーナリスト連合、ネパール大学教員連合など9つの職業連合、そして、政府からFM放送を東ネパールに送る機器を押収されたカンティプルFMである。被告は国王率いる政府。今日はstay orderに関する判決が出るとあって、いつもよりもさらに大勢の人が傍聴に訪れていた。午前11時に行くと、すでに傍聴券がなくなってしまっていたため、事務室に直接行って、無理を頼んで発行してもらった。法廷に入ると、元法務大臣でネパール統一共産党の幹部でもあるスバス・ネムバンが返答弁論をしているところだった。彼の弁論のポイントの一つは、メディア法を公布したプロセスが違法であるということだ。現憲法では、法律の公布には上院と国会の両方を通過させる必要がある。そのため、国王の‘認可’により公布された法律は憲法に反するという主張だ。最後に弁論に立ったのはネパール弁護士連合のシャムブー・タパ会長だった。タパは政府がカンティプルFMの機器を押収したことを「loot」つまり、「略奪行為」であると表現。大柄な体格から出す大声で、法廷を沸かせた。タパを最後に、ティー・タイムをはさんだ午後2時に判決が出ることになっていた。この段階では、毎日傍聴に来ていた「カンティプル」紙の編集長ナラヤン・ワグレも「弁論を聞くと、圧倒的にわれわれに有利。まちがいなくstay orderが出されると思う」と自信たっぷりに話していた。2時前には傍聴席は満席状態で、判事らの入廷を待っていたのだが、判事らが入ってきたのは3時近くになってからだった。席に着くと、最高裁判事長はマイクを使わずに何かを話した。声が小さくて聞こえないために、傍聴席にいた人が立ち上がり前に行った。中ほどの席にいた私はまったく聞き取れなかったのだが、聞くと、判事長は「(この訴訟を)最優先にする」と告げただけで、stay orderは出さなかったという。予想外の判決だった。これで、最高裁は国王率いる政府が国王の‘認可’により勝手に法律を公布することを認めたことになる。この訴訟の最終判決が出るのはまだ先になるが、ネパール最強の弁護団からなる連日の主張を最高裁が認めなかったことは、これからの国王とその政府のやり方に大きな影響を与えそうだ。 |
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10日に書いた「ダイアリー」のなかで大きな誤りを犯してしまった。「カンティプル・メディアが首相事務室および内閣が主催したレセプションに喜んで出席した」と書いたが、これは間違いだった。そもそもカンティプル・メディアの人たちは、政府から誰も招待されていなかったということを、今日、「カンティプル」紙の友人から聞いた。政府は意図的にカンティプル・メディアを呼ばなかったらしい。人聞きの情報を確かめもせずに書いたことを、大変恥かしく思うとともに、カンティプル・メディアに陳謝したい。ブログを運営する者として、しかも、‘ジャーナリスト’を肩書きとする者として、情報に関しては慎重にならないといけないと肝に銘じたいと思う。 |
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