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タバンに来て3日目の朝、同行者のUとJは実家がある隣りの郡に行くために北へ向けて出発した。私はこの日、もう一度モデル学校を見に行き、翌日タバンを出る予定だったのだが、後に予定を変更することになった。タバンに着いてすぐ、タバン村出身のマガラト自治区人民政府議長のサントス・ブラ・マガルとの会見を、ロルパ郡人民政府議長の‘チリン’にリクエストしたのだが、「ルクムに行っていて、しばらくは戻らない」という答えだった。今思うと、中央委員でもあるサントス・ブラは、プラチャンダ党首らも出席した党拡大会議に出席していたことになる。マオイストにとって、‘歴史的決定’を行ったこの会議はルクム郡のある村で、18軒の家を借り切って、15日間にわたって開かれたと聞いた。後になって知ったのが、会議が開かれた村は、私が滞在していたタバンから徒歩数時間と、非常に近いところにあった。 |
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2005年11月17日
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12日に3週間のインド訪問から帰国したばかりのネパール統一共産党(UML)のマダフ・クマール・ネパール総書記が今日午後、再びニューデリーに発った。UMLの党員が運営しているnewslinenepal.comによると、UMLのトップ幹部の一人、K.P.シャルマ・オリも今日午前中、ニューデリーに発ったという。オリは、先日のネパール総書記のインド訪問にも同行している。ネパール駐在インド大使のシバ・シャンカル・ムケルジは今朝、ネパール総書記と会見しているが、この会見と関係しているのか。むしろ、10日からニューデリーに滞在しているネパール会議派のコイララ党首とともに、マオイストの党首プラチャンダらと会見するのが目的ではないのかという憶測が正しいのだろう。7政党のなかに含まれるネパール・サドバワナ党(アナンダ・デビ派)の幹部リデシュ・トリパティも、またUMLとマオイストのあいだを取り持ったネパール共産党(エクタケンドラ・マサル)の総書記プラカシュも現在、ニューデリーにいる。さらに、昨日、ネパール総書記と会見した、ネパール駐在のモリアティ米大使もニューデリーに行ったらしい。米大使はともかく、政党リーダーたちがマオイストのトップ幹部と会見するためにニューデリーにいったのは間違いない。SAARCサミットでギャネンドラ国王と会見したインドのマンモハン・シン首相とコイララ党首らの会見も予測される。 |
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