Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 今日は朝から、国家人権委員会のスタッフとともに、リングロードの南にあるツァパガウン村に行ってきた。マオイストが9月はじめに一方的停戦を宣言してから、同委員会は地方における停戦中の人権状況を視察する活動を続けてきたが、その一環でラリトプル郡南部の村々から来た人たちとの交換プログラムが開かれた。パタンを含むラリトプル郡はカトマンズ盆地の3郡の一つ(他の2つはカトマンズとバクタプル)だが、カブレ郡とマクワンプル郡に近い南部の山岳地帯にある19の村の人たちは交通の便もなく、他のネパールの山岳地帯と同様の生活を送っている。一番南の奥にある村などは、カトマンズからバスを乗り継いで丸1日、さらに歩いて1日かかるという。この地域は、実は、マオイストがカトマンズ盆地へ出入りするルートでもあり、彼らにとっても、また政府側治安部隊にとっても、戦略上重要な地域だ。そのため、カトマンズ盆地の3郡のなかでも、最もマオイストが活発に活動をしている地域であるとも言える。

 今日のプログラムに出席していたグッティケル村の元村長の話によると、特に2001年11月末に国家非常事態宣言が発令されてから、この地域では強制寄付の徴収や、人民裁判などのマオイストの活動が増えたという。それまで、この19の村には軍の施設がなかったのだが、翌年には4ヶ所(3ヶ所は王室ネパール軍、1ヶ所は武装警察隊の)にキャンプが設置された。その後、この地域の村人たちは、マオイストと治安部隊の両者にはさまれて苦労をしてきたと村長は話す。この地域だけで、これまでに11人が政府側に殺され、さらに11人がマオイストに殺害された。マオイスト側にさまざまな容疑がかけられて、村に住めなくなり、カトマンズなどの町で避難生活を送っている家族は、この地域だけで約100家族にのぼるという。そのなかには、マオイストの個人的な恨みで偽の容疑をかけられた人たちや、党を辞めたあとマオイストの報復を恐れて村を出た人たちもいる。

 サンク村で小さな店を営む女性ゴリマヤ・ラマさん(35歳)は、‘スパイ’の容疑と村の女性の堕胎を手伝った容疑で、昨年5月、マオイストに拉致されたあと殺害された。今日のプログラムに来ていたラマさんの娘によると、殺害されたことはわかっているが、今にいたるも遺体がどこにあるのか不明だという。ラマさんは21歳のときに夫を亡くしてから、保健婦の仕事と店を営みながら、女手一つで2人の息子と娘1人を育ててきた。両親を失くした3人の子供たちは、現在、ツァパガウン村で共に暮らしている。

 停戦後の状況について、グッティケル村の元村長は、「拉致や脅迫などのマオイストの活動はだいぶ減った」と話していた。最近マオイストは他の政党の活動も認めており、この元村長が属するネパール統一共産党は停戦後、すでに2回この地域で政党のプログラムを実施したという。今日のプログラムには、右派を含むほとんどの主要政党の代表が出席していた。全員がマオイストに停戦延長を要請する発言をしていた。

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