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今月初め、西ネパールに住む知り合いのジャーナリストを通じて、「何としてでも、12月7日にロルパのティラに来るように」というマオイストからの伝言を聞いて、私はすぐにロルパ行きを決心した。日時と場所は不明だが、人民解放軍の大きな部隊が集まるプログラムがあるという。マオイストが車道を建設したあと、バスやジープで行けるようになったティラに到着したのは7日の午後8時近くのことだった。“コンタクト”のために迎えに来ているはずだったマオイストは、私たちの到着が遅れたために、ティラのバザールを去ったあとだった。結局、8日も終日ティラで待つことになり、9日朝に出発した。この時点で、私たちは「村人も参加した大きなプログラムが10日、ババン村で開かれる」ことを知らされた。9日は2年前に交戦のあったコルチャバン村ハンニンで昼食をとり、夜はパチャバンの民家に宿泊した。
10日朝、2時間ほどの登りのあと、会場に近いババン村バフンデーラに到着した。ここに来るまでに、すでに知り合いのマオイスト何人かに会っていたのだが、会場の広場に着くと、かつてロルパやルクムを歩いたときに会った大勢のマオイストに再会した。かつて2度インタビューしたことのある、マガラト自治区人民政府議長のサントス・ブラ・マガル、ロルパ郡人民政府議長のチリン、マンガルセン・スミリティ連隊のコミッサー「アタル」、襲撃で右手を失くした「サンバト」、そして、10月末にタバン村に滞在したときに同室となった人民共和国ラジオの女性記者アンビカ・チャンダなど。皆、元気そうに満面に笑顔を浮かべて歓迎してくれた。先日開かれた中央委員総会で人民解放軍のフォーメーションは大幅に変革され、3つあった師団が7つに増やされた。「Central Base Area」となったラプティ県(ロルパ、ルクム、サリヤン、ダン、ピュータンの5郡)には第五師団が駐屯しているが、第五師団に属する3個連隊のうち、マンガルセン・スミリティとディルガ・スミリティの2個連隊が今日のプログラムのために会場を包囲して周辺の警備にあたっているという。師団が増えて、大勢の新コミッサー、コマンダーが任命されたようで、「アタル」がディルガ・スミリティ連隊の新しい女性コミッサー「クランティ」を紹介してくれた。ルクム郡出身の小柄なマガル族の女性だが、強い意志を表す大きな黒い目が印象的だ。彼女の夫はガンダキ地区に駐屯する第四師団のコマンダー「ラシュミ」である。第五師団にはもう1人の連隊女性コミッサーがいるが、これは人民解放軍のなかで、女性として最高位にあたる。
正午をすぎると、山頂にある会場に通じる南北二つの山道を、大勢の村人がスローガンをあげながらデモをして来た。大きな荷物を背負った何人かの人たちに話しかけると、「ダン郡の近くにある村から4日歩いてきた」とか、「3日間歩いてきた」という人もいた。はっきりとは言わないが、どうやら、マオイストに強制的に連れられてきた人たちもいるようだ。プログラムは、11月29日に西ロルパのジナバン村で王室ネパール軍によるヘリコプターからの空襲で死亡した第五師団コマンダー「スニル」と大隊副コマンダー「ニルマム」の追悼集会と、「民主化人民デモ・キャンペーン」をかねたものだった。キャンペーンはラプティ県の5つの郡で開かれる予定で、ロルパのこの集会がその最初のプログラムだった。
午後1時すぎ、会場は大勢の村人で埋まった。まず、マイクで今日のプログラムのゲストの名前が呼ばれる。これを聞いて驚いた。Central Base Areaの党責任者である「ビプラプ」ことネトラ・ビクラム・チャンダ、人民解放軍に4人いる副コマンダーの1人で西ネパールのコマンダーでもある「プラバカール」ことジャナルダン・シャルマ、そして、第五師団コミッサーの「スダルシャン」ことヘマンタ・プラカシュ・オリ。3人とも先日の中央委員総会で政治局・中央委員会が解体されたあとに設置された33人からなる委員会のメンバーである。「ビプラプ」はロルパ出身の、「プラバカール」と「スダルシャン」はルクム出身の古参マオイストたちだ。これだけのリーダーが一般の村人の前で演説をするのは、おそらく、2年前にタバン村で開かれたマガラト自治区人民政府宣言集会以来のことである。彼らが人々の前で何を話すのか、これは、マオイストの今後の動きを探る重要な材料となる。
写真上;集会場で“マオイスト式”サランゲ・ダンスを踊るジャナ・ミリシアの少年少女
写真中;ババン村の集会場にデモをしてくる村人たち
写真下;左から「ビプラプ」、「プラバカール」、「スダルシャン」
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