Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 ダイレク郡の「カンティプル」記者ハリハル・シン・ラタウルが今日、釈放された。彼の拘束命令を出した軍との話し合いのために、「カンティプル」と「The Kathmandu Post」の両紙編集長、ネパール・ジャーナリスト連合幹事長らからなる5人のチームが昨日、ダイレクに到着。話し会いの結果、釈放されて、ラタウルはチームとともに今日ネパールガンジに向けて郡を出たという。

 午後、ジャワラケルからクポンドルにかけての道路を通ったら、明日のギャネンドラ国王の「パイダラ・ブラマン(徒歩訪問)」の準備で、あちこちに「jay,jay・・・」と書かれた歓迎の赤いバナーがかけられていた。明日は、市民から花を受け取りながら、ときに市民の話しを聞きながらこの通りを歩くのだろう。この国王は、本当にこうしたパフォーマンスを好む。

 筆頭閣僚Dr.トゥルシ・ギリの発言に対する非難が今日も各界からあがった。もともと王室であるはずのラシュトリヤ・ジャナシャクティ党党首のスールヤ・バハドゥル・タパ元首相も、今日開かれた党集会で、「現憲法を排除しようとしたら、王制も終わる」と、Dr.ギリの反憲法発言に強い反発を示した。タパ元首相は“パンチャヤト政治家”とはいえ、実は、王室に対する忠誠がそれほど強い政治家ではない。かつて、パンチャヤト時代に彼が首相を務めたとき、王室が彼を引き降ろす画策を図ったことが、まだわだかまりとなってある。1990年に民主化運動が最高潮に達した4月6日のデモの前夜、故ビレンドラ国王は元首相を集めて謁見し、当時のマリチ・マン・シン首相に代わって首相の席を引き受けてくる人がいないかたずねた。このとき、真っ先に国王の要請を「拒否」したのがタパだった。ビレンドラ国王が「助け」を求めたとき、彼を突き放したのである。彼の王室に対する‘恨み’は今も変わっていないはずだ。

 今日発売の週刊紙「ジャナアスタ」が興味深い記事を掲載していた。王室が国王が海外に行くときの専用飛行機(ボーイング757)を購入することを決めたのだという。もちろん、国王が個人で購入するわけではない。購入のための資金は、王室ネパール軍の兵士がPKOに参加した際、一部の給料を貯めておく厚生基金からやりくりするということで、軍参謀長とも話し合いがついたのだという。購入後は、飛行機があいているときには、これをリースして利益を得、厚生基金のほうに返すのだという。この記事の信憑性については何ともいえないが、「ジャナアスタ」は王室内と軍内の情報に関しては、特別の情報源をもっている。これが本当だとしたら、ネパールの国軍は国王の私有財産だと言われても仕方がない。

 一昨日の筆頭閣僚Dr.トゥルシ・ギリの発言に対する強い非難が各界からあがっている。ネパール弁護士連合は、Dr.ギリが「現憲法があるかぎり、国王の2月1日の宣言の目的は実現できない」「最高裁も政治の影響下にある」などと発言したことに関して、「憲法、最高裁、判事たちへの侮辱行為でる」として、ギリを法廷侮辱罪で最高裁に訴えることにした。ネパール・ジャーナリスト連合も「現憲法のせいで‘カンティプル’が政府を批判する記事を書きたいだけ書いても処分することができない。ジャーナリストを何年間か拘置したくても、保釈金を払って翌日に釈放され、また書きたいことを書く」などと話したことに関して、さらにメディアを統制する意図が見える発言だと非難した。

 ギャネンドラ国王が明日、ラリトプルのクポンドールからプルチョーク、マンガルバザールと、歩いてZonal administrationへ出向き、国王任命の行政長官らに‘指示’を下すことになったという。“人気”を誇示するパフォーマンスも結構だが、メイン道路がまた何時間も閉鎖されて交通渋滞となることを思うと迷惑至極である。

 一方、7政党はすでに‘ダサイン祭モード’に入ったようだ。今日、明日と7政党による「突破デモ」はお休みで、明日は午後5時からマイティデビでマサラ・ズルス(灯火デモ)が予定されている。政党側に聞いた話しでは、デサイン前には「党内プログラム」のほかは、大きな街頭プログラムは予定されていないという。

 最高裁のほうでは、明日、汚職統制王室委員会(RCCC)の合憲性を問う訴訟の弁論がある。今週中にも判決が出るという噂もある。「違憲判決」が下され、RCCCは解散されるだろうという予測も聞かれる。そうなったら、メラムチ飲料水プロジェクトに関する汚職で有罪となって拘置されているデウバ前首相とシン前建設相も釈放されることになる。

これからのネパール

 午後8時すぎ、記事を書き込もうとしたところで停電した。その後、約1時間にわたって停電が続き、午後9時ごろようやく電気がきた。どうも、「2月1日」以降、停電も増えたような気がするのだが、気のせいだろうか。困るのは、携帯電話が再開してから、とにかく聞き取りにくいことだ。通話の途中で突然、相手の声が聞こえなくなったり、ラインが切れたりするのは日常茶飯。あまりに聞き取りにくいために、最近は余程の急用でなければ、携帯電話は使わなくなった。国王の義理の息子がSPICEという民間会社を設立し、先日、携帯電話サービスを開始したが、もしかしたら、そちらに客を呼ぶための陰謀かしらとまで疑いたくなる。それほどに調子が悪い。

 昨日、今日と見には行かなかったが、今日も「突破デモ」のプログラムがあった。まず午後3時から、トリチャンドラ・キャンパスからNUTA(ネパール大学教師連合)のメンバーである大学教師たちが口を黒いバンドでしばって、モン・ズルス(沈黙デモ)をしようとして、キャンパス構内を出たところを逮捕されて連行された。午後4時からは、ディリ・バザールから7政党の女性組織の活動家たちの「突破デモ」があった。デモはバグバザールを通って、ラトナ公園まで到達した。

 東ネパールのスンサリ郡では、先日、国王が任命したサガルマタ地区のZonal Commissionerラム・クマール・スッバが同郡のCDO(郡行政長官)を殴ったことから、公務員が抗議のための運動を始めた。今日も朝10時から4時間にわたりストをしたと伝えられている。スッバは以前にも、ゲストハウスの部屋を掃除していないという理由で役人を殴り、問題となった人物だ。どうも、国王が任命する人物は概して品が悪い。

 さまざなま分野の人と政治の話しをしていて、必ず話題に上るのが、「これから先、ネパールはどうなるのか」という問題だ。誰もが、「国王はこんな前時代的なやり方を長く続けることはできない」ということで意見が一致するのだが、では、これからどういうシナリオが考えられるかというと、人さまざまな予測が始まる。よく言われるのが、「ネパールには3つの政治勢力がある。それは国王と議会政党、そしてマオイストである」ということだ。「2月1日」以降、「国王」対「議会政党とマオイスト」という構図がはっきりしたもの、国王のほうに妥協の余地がまったく見えないために、対立構造が強まっていることは確かである。パキスタンや中国などの一部の国を除けば、欧米諸国を中心とした国際社会は今のところ、議会政党側を支持している。しかし、議会政党とマオイストが国王の絶対王政を覆すことができるかというと、まだまだ頼りない。それは、一般国民のほとんどが立場をはっきりとさせていないからでもある。国王が国際的に孤立しても強権を発動させ続けることができるのは、王室ネパール軍というネパールで最強のinstitutionのバックアップがあるからだ。武器に頼るという意味では、国王もマオイストも同じである。結局、「予測は難しい」ということになるのだが、ネパールの場合、「不測の事態」が突然、歴史の流れを変えることがある。2001年6月1日の出来事を「不測の事態」と呼ぶべきか、それとも「図られた事態」と呼ぶべきかは不明だが、1990年の民主化運動を省みると、4月6日にカトマンズ中を埋めた「市民デモ」は、ある意味で「不測の事態」だった。歴史を変える転換点が必ず存在するはずである。
 
 ギャネンドラ国王が11月に北京を訪問することになった。その前にインドを訪問して、インド政府との関係を改善したいというのが王室の思惑らしい。ネパール政府が中国から武器を購入してから、インドとの関係はさらに悪化している。インド政府が国王のニューデリー訪問を受け入れるのかどうか、一つの見所といえる。

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