Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 どうやら、マオイストは全国レベルで連続襲撃を始めたようだ。オンライン・ニュースによると、今日午後7時すぎ、西ネパールのカイラリ郡ダンガディ市にある軍兵舎や警察署、銀行などをマオイストが襲撃した。被害の詳細は不明だが、同市は今晩停電だったと伝えられている。マオイストはネパールガンジと同様、ダンガディを何度か襲撃対象としてきた。一方、昨夜、襲撃されたネパールガンジでは、今晩もマオイストが市内で治安部隊に襲撃を仕掛けて交戦となったという。

 マオイストの人民解放軍には現在、7つの師団があるが、カトマンズ盆地を含む「特別中央コマンド」に駐屯する第3師団は先日のタンコット襲撃と、21日から22日にかけてのファファルバリ交戦を決行。昨夜のネパールガンジ襲撃は、ベリ・カルナリ地区に駐屯する第6師団が、そして、今晩のダンガディ襲撃はセティ・マハカリ地区の第7師団が実行したものと考えられる。東ネパールに駐屯する第1師団と第2師団は今のところ、大規模なアクションを行っていない。また、先日のシャンジャ郡マナカマナ村で数日間続いた治安部隊との交戦は、「中央ベース・アリア」であるラプティ県に駐屯する第5師団の一部と、ガンダキ地区に駐屯する第4師団が、掃討作戦を展開する治安部隊と行ったものだが、一番のエリート部隊である第5師団の主要部隊はこれまでのところ、大規模襲撃を行っていない。もし、各師団がそれぞれ大規模襲撃を決行する戦略だとしたら、今後、第5師団が(あるいは第4師団とともにラプティかガンダキ地区で)もっと大きな規模の襲撃を行う可能性もある。もちろん、東の第1と第2師団が、それぞれ東ネパールで襲撃を行う可能性も大きい。

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 昨夜のネパールガンジ襲撃では、これまでに少なくとも8人(一般人1人、警官2人、軍兵士1人、マオイスト4人)が死亡したことが明らかになった。1月初めにマオイストが一方的停戦を破棄して以来の襲撃パターンを見ていると、彼らの主要部隊が中央ベース・エリア(ラプティ県)から特別中央コマンド(西はゴルカ郡から東はラメチャップ郡の間の地域。カトマンズ盆地を含む)にかけての地域、特に平野部と山岳地帯のボーダー付近に集中していると考えられる。それほど大きく報道されなかったが、彼らの新戦略を探るうえで、重要な交戦が21日夜から22日にかけて起きている。マクワンプル郡ファファルバリで起こった交戦である。22日夜、私はこの交戦について、カブレ郡のある村でマオイストの機関紙「ジャナデシュ」の記者から聞いて知った。

 この日の正午すぎ、私は1人でカトマンズを発って指示された場所に向かった。目的地に着いたのは午後6時すぎで、指定された場所で私を含めたジャーナリストのグループを待っていたのがこの記者だった。着いてから知ったのだが、私のほかに地元新聞や週刊誌・全国紙など、10人近い記者が“招待”されていた。この“ジャナデシュ”の記者は、この夜、「カトマンズ盆地の近くでこれだけ大規模な交戦が起こったのは初めてだ」とファファルバリ交戦について話し、その後、一般人2人、マオイスト側に21人、治安部隊側に60人を超える犠牲者が出たと話した。カトマンズに戻ってから23日付けの新聞を見ると、政府側は「マオイスト22人、一般人2人、治安部隊6人の死者が出た」と発表している。交戦はマオイスト側が仕掛けたものだった。ファファルバリはカマル・タパ内務大臣の実家がある村だ。治安部隊は、マオイストの大きな武装部隊がシンドゥリ、ラリトプル、マクワンプル、ラウタハトの境界付近に集結しているという情報を得て、掃討作戦に出かけたと伝えられている。これをマオイストの人民解放軍第3師団が迎え撃ちしたようだ。マオイストによると、交戦は8時間続いたという。犠牲者の数からしても、大規模な交戦だったことがわかる。

 さて、23日にマオイストの集会が開かれると聞いていたのだが、指定された村にはすでに、集会に参加するために大勢の人が集まっていた。ほとんどが学校の教師で、「強制的に参加させられたのですか?それとも、自分の意思で来たのですか」と聞くと、「興味があるから見に来たのだ」と応えていた。さらにしつこく「なぜ来たのですか」と聞くと、「アグニ・サプコタが演説すると聞いたからだ」と答えた人もいた。“カンチャン”ことアグニ・サプコタは、2001年に当時のデウバ政府とのあいだで開かれた最初の対話のマオイスト側対話団メンバーで、東ネパールのリーダーのなかではトップ・レベルのリーダーだ。シンドゥパルチョーク郡で最初の高校を設立した教師として、この地域では一般の村人のあいだで、今でも尊敬されている人物である。サプコタには、2001年10月の停戦中に、カトマンズでインタビューをしたことがあった。今回会うことができれば、5年ぶりの再会ということになる。私たちは、22日の夜を、ガウリシャンカルやジュガル・ヒマールが見える峰にある小さなバザールですごした。

写真はカブレ郡の村で、23日に開かれた集会のために建てられたマオイストのゲート

 21日夜に突然、連絡が入り、22日からカトマンズ盆地の東にあるカブレ郡へマオイストの取材に行ってきました。マオイストの取材はたいてい、行き先を前もって公にできないのだが、今回は突然の“招待”で、しかも首都圏に近いために、極秘行のような形になってしまいました。そのため、一部の方々に心配をかけてしまいました。今回はロルパとは違った意味で面白い取材でした。その内容については、後ほど、お知らせしたいと思います。

 さて、今日午後7時半に帰宅した直後、BBCネパール語放送で、「マオイストがネパールガンジを襲撃中だ」というニュースを聞いた。BBCの現地記者のネットラ・K.C.が中継で「今も銃声や爆発音が聞こえています」と伝えていた。マオイストはネパールガンジにある郡警察署や軍兵舎、銀行などを同時襲撃しているらしい。このあと午後10時すぎ、郡警察署の近くに住む友人に電話をしたところ、「襲撃は午後7時45分ごろに始まった。すぐにドアを閉めて家のなかで隠れていた。ずっと、連続的に銃声が聞こえていたが、数分前から静かになった」と話していた。マオイストがスローガンをあげる声も聞いたという。政府側もマオイスト側も、どれだけ被害が出ているのか、現段階では不明である。

 前にもこのブログで書いたが、ネパールガンジは地理的にも政治的にも、マオイストと治安部隊の両者にとって、極めて重要な町である。治安部隊のポストがバザールにあるにもかかわらず、日中からマオイストが堂々とバザールを闊歩しているような町だ。今年1月初めに、マオイスト側が一方的停戦を破棄した直後に、マオイストはネパールガンジ・バザールの北約4キロのところにある空港のチェック・ポストを襲撃。さらに先週には、バザールの真ん中にあるB.P.チョークのポリス・ポストとインドの国境警備のポリス・ポストを同時襲撃している。10日前にネパールガンジに行ったときには、停戦破棄後は毎日のように爆弾が爆発する事件が起きていると地元の人が話していた。B.P.チョークの襲撃のあと、政府側はバザール内の治安部隊のポストから、警官隊を撤退させている。その直後の襲撃である。「小さい規模の襲撃を連続させたあと、間をおかずに大規模襲撃」という、これまでとは違った戦略をとったようだ。襲撃の詳細の様子はまだ明らかになっていないが、タンコット襲撃にしろ、この襲撃にしろ、マオイストが2月8日の市選挙妨害のために、市部を主なターゲットにしていることは、最早明らかだ。カマル・タパ内務大臣はここに来ても、「選挙は予定どおりに行う」としているが、どう見ても選挙を実施できるような治安状況にはない。

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