Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 カトマンズとラリトプルの郡当局は今日、夜間外出禁止令をさらに1時間早めて午後9時からとした。毎日、1時間ずつ開始時刻を早めるとは、これも一種の心理作戦のつもりなのだろうか。

 午前中、トリブバン大学で開かれた「民主主義と平和のための運動」主催のプログラムに行った。知らせがあまり行き渡っていなかったらしく、会場のホールは3割ほどが空席だった。集会が始まる前に、シンボリックな場面を目にした。ホールの前面高くに掲げられていた故ビレンドラ国王と故アイシュワルヤ王妃の写真をはずしたのだ。実際には、長い竿ではずそうと試みて、王妃の写真は落ちて割れ、国王の写真はガラスが割れたあとに写真だけがはらはらと落ちてきた。パンチャヤト時代であれば、こうした行為は国家反逆罪となるところだ。集会のテーマは「選挙実施に反対する」というもので、政治学者のクリシュナ・カナルが提案書を読み上げ、それに関して、学者や弁護士、医師などの職業人・知識人が意見を話すというものだった。このあとに、別の予定が入っていたため、最後まで見ることはできなかったが、「共和制」を明確に打ち出したカナル教授の提案書に対して、ネパール大学教員連合のメンバーが「われわれの連合は、共和制に関しては明確な決定をしていない」と発言していた。

 午後には、医師で文学者の友人夫妻の家で、身体障害者の女性のコラムニスト、ジャマック・ギミレさんを囲む個人的な集まりに参加した。25歳になるギミレさんは、2,3年前から、日刊紙「Kantipur」に毎週コラムを掲載しているが、恥ずかしいことに、昨日、友人から連絡を受けるまで、このコラムニストが女性で、しかも身体障害者であるということを知らなかった。ギミレさんは重度の小児麻痺にかかってから、歩くことはもちろん、両手を使うことも話すこともできない。しかし、鋭い聴覚と研ぎ澄まされた頭脳にめぐまれ、左足の指にボールペンをもって文字を書くことができる。こちらが質問をすると、ギミレさんが足で文字を書くと言う形でコミュニケーションをした。何を聞いても、答えが限られた文章に濃縮されて返ってくる。5,6歳のときに、「ラーマーヤナ」にとても興味を示し、自分で小さな枝を足の指に持って、地面に文字を書き出したとちう。すでに6冊の詩集や本を出版しているギミレさんに、「好きな本はなんですか?」と聞くと、「どの本にも良いところと悪いところがある」という答え。彼女が描いた絵を見せてもらったあと、「好きな色は何ですか?」と聞くと、「どんな色も好きです」という答え。ここまできて、こう言う類の質問を彼女にすることが、いかに馬鹿げているかがわかった。そして、「今の国の状態をどう思いますか?」と聞くと、「国家もビドロヒ(反逆者、つまりマオイスト)も、国民に独裁体制を若いている。7政党は自分の見解をはっきりさせていない」という答え。まったく、そのとおりである。「ネパールの将来は?」と聞くと、「流血の事態となる。そのあとに浄化される」という答えが返ってきた。

 内務大臣のカマル・タパは、レポーターズ・クラブで開かれた記者会見で、「(7政党が集会を決行した場合)治安維持のために厳しく対処する」と発言した。明後日、集会が開かれた場合、政府側に制圧に出ることを示唆したことになる。

 夕方、タクシーでナヤバネスワル付近を通りかかったところ、長い渋滞で車がまったく動かなくなった。あきらめて歩き出したところ、700メートルほど先で、治安部隊が1台ずつ車を止めて、チェックをしていた。非常に非能率的なやり方だった。バスの乗客も皆、バスを降りて歩いていた。

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 昨夜、緊急合同会議を開いた7政党は、政府が発令した首都圏における「デモ・集会禁止令」を無視して、20日の集会を決行することを正式決定した。一方知識人、市民グループも動き出した。今日は午前11時から、キルティプルのトリブバン大学で、Dr.ディベンドラ・ラジ・パンデ率いる知識人のグループが集会を予定している。これに対して、政府側がどんな反応を示すか興味が引かれるところだ。

ある1人の少女の話

 何年かマオイストの取材をしてきて、さまざまな“死”に出会った。息子2人を警官に殺害されてマオイストになった母親。結婚したばかりのマオイストの夫を襲撃で亡くし、「国が憎くてしかたがない」と話した19歳の女性。連隊コマンダーの夫を交戦で亡くし、残された1人娘を連れて、活動を続けるマオイストの女性。マオイストの夫を爆弾の事故で亡くした直後に妊娠がわかり、一人で娘を産んだマオイストの女性。そして、息子2人をマオイストに殺害されて、村に住めなくなり郡庁所在地に移り住んだ老夫婦。・・・・・・襲撃直後の取材では、無造作に埋められたマオイストのいくつもの遺体や、川を流れてきたマオイストや警官の遺体を目にしたこともあった。自宅でパソコンの前に座っているとき、あるいは道を歩いているとき、突然、こうした記憶が甦り、知らず知らずのうちに涙が流れてくることがある。また、マオイストに関係した雑誌や新聞の記事を読み、涙を抑えきれなくなることがある。

 今週日曜日に発売された週刊紙「Nepal」の記事を読んだときも、そうだった。記事は、1年半前にダディン郡で王室ネパール軍の兵士に連れ去られ、殺害されて近くの村に埋められた16歳の少女の話だった。少女は、たまたま祖父の家に泊まった夜、やってきた治安部隊に連れ去られ、それ以降、行方がわからなくなった。1年前に妻を亡くしたばかりだった少女の父親は、あちこちの人権団体を訪れて娘を探したものの、見つからなかった。父親の弟も、キルティプルの借部屋から治安部隊に連行されたあと行方がわからなくなっている。少女が連れ去られた同じ日の夜、「軍の者だ」と名乗る数人が、近くの村の村人の家の戸をたたいて、スコップを寄こすよう要求した。怖くて拒否することができなかった村人は、戸を開けずに窓からスコップを渡した。その数日後、彼の家の近くから腐臭が漂ってきた。軍が誰かを殺害したあとに遺体を埋めたのではないかという疑いが生じたものの、彼や付近の村人は治安部隊が怖くて口を閉ざしたまま過ごした。しかし、少女の父親がこの話を耳にして、国家人権委員会が調査に乗り出した。少女の行方がわからなくなってから1年半たった先週、検死医を連れた同委員会のチームがその村を訪れて、少女の祖父や父親が見守るなか、「そこだけ草の生えていない地面」を掘ったところ、白骨化した女性の遺体が現れた。祖父は服の残骸や髪をしばるゴム、サンダルなどが、孫のものであると確認した。

 少女はマオイストのプログラムに何度か参加したことはあったものの、マオイストではなかったと彼女を知る村人何人かが証言している。これは、治安部隊に拘束されたあと、行方がわからなくなった無実の人たち、何百人にもおよぶケースのなかの一つにすぎない。畑仕事を助けてくれる少女をいつも「カーリ」という愛称で呼んで、本当の名前も知らなかったという71歳になる祖父は、孫の遺体が見つかったあと、「Nepal」の記者に対して、こう話した。「こんなことをするなんて、悪魔が支配する国のようだ。人間が支配する国であれば、こんなことをするはずがない」

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