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午後6時に外出禁止令が解かれた直後、市内のあちこちでデモが出たようだ。日中も、リングロードの外にあるキルティプルやガンガブでデモがあった様子がカンティプル・テレビで放送されていた。ガウサラにあるダラムサラからは、集会に参加するために地方から来たネパール会議派の活動家ら大勢が逮捕された。一方、7政党は今日開く予定だった集会を明日午後2時から、バサンタプルで開くことを明らかにした。政府は今日と同じ措置に出るのだろうか。 |
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2006年01月20日
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午前11時半。さすがに家の外に出て歩く人の姿は見えない。首都がこんな状態にあるというのに、政府の“長”であるギャネンドラ国王は東ネパールへの“非公式訪問”を中止する気配を見せていない。政府系メディアは毎日、トップニュースで「国王がどこそこで一般国民と話をした」と伝えている。政府の強硬姿勢をディスプレイするのは、もっぱらカマル・タパ内務大臣の役目となっている。タパ内務大臣は、1990年の民主化運動当時も情報大臣として、メディアと接触する役目を果たした人物である。昨年の「2月1日」以降は、国王派の“ハードライナー”の姿勢を明確にしだし、先日は国民民主党のパシュパティ・シャムシェル・ラナ党首と対立して袂を分かったばかりである。2001年の“王宮事件”で、故ディペンドラ皇太子の恋人として注目の的となったデビヤニさんはラナ党首の次女である。ラナ党首は「2月1日」以降、いまだに国王の動きを公式に支持していない。国王派でも、将来の政治生命を見通せる“常識派”のほとんどの政治家は、明確な国王支持を示すことを避けている。それにしても、国王はなぜ、この時期にわざわざ3週間にもおよぶ東ネパールの“非公式訪問”に出かけたのか。その理由を示唆する記事が、先週発売された週刊誌「サマヤ」に掲載されていた。占星術師が国家を占った記事である。詳細はここには書かないが、この記事には、ネパール月のMagh月(1月14日から2月12日まで)は、国王にとって良い時期ではないことが明記されている。昨年12月の悪評高い「アフリカ外遊」も占星術師からのアドバイスに従ったものという噂もある。 |
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半時間前から外出禁止令が始まったが、拙宅の近くでは、子供たちがまだぱらぱらと道路を歩いている。今日は学校も休校になったようだ。今朝は6時に起きて、ブレックファスト・ミーティングのために近くのホテルに行った。誰もが、午前8時に外出禁止令が開始する前に買い物をすませておこうと考えたようで、いつもの朝よりも大勢の人たちが道を歩いていた。 |
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カトマンズとラリトプルの郡行政当局は明日、午前8時から午後6時までのあいだ、リングロード内で外出禁止令を発令した。これで、明日の集会決行は不可能となったことになる。学生らは、それでもゲリラ的デモをするといっているが、外出禁止令のなかで、果たしてどれだけの効果があるのだろうか。これで、政府はとりあえず明日の衝突は避けることができたつもりなのだろうが、7政党側は今回に限っては、かなりの「やる気」である。衝突は先に延ばされただけとしか思えない。 |
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