Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 予想どおり、大勢の人が逮捕された。ネパール会議派のリーダーや活動家はバサンタプルの南にあるジャイシデワルの周辺に集合して午後2時ちょうどにデモを出すことになっていると聞き、午後1時少し前にジャイシデワルに向かった。1人で道を歩いていると、「キヨコ」と呼び止められた。振り向くと、この情報をくれた当の本人だった。こうして、運良く、彼らがデモを出す前に集合することになっている隠れ家に連れて行ってもらうことができた。4階にある部屋に招き入れられ他の人が来るのを待った。午後1時半前には、ネパール会議派の青年組織であるタルン・ダルの会長・副会長を含む10数人が部屋に集まった。1時45分、すでに付近でデモと逮捕が始まったという情報が入り、彼らも部屋を出ることになった。バサンタプルに通じる道はすでに両側に警官隊が陣取っており、いずれ逮捕されることは明らかだったが、スローガンをあげながら、旗を掲げてデモを始めた。数百メートル歩くと、バサンタプルのほうから来た警官隊にまず、タルン・ダル会長のビノド・カヤスタが拘束された。このころになると、あちこちの小路からいろいろなデモがではじめ、ネパール会議派の元大蔵大臣マヘシュ・アチャルヤが拘束されてトラックに乗せられ、さらに、人民戦線ネパールの女性リーダー、シャシ・シュレスタも逮捕された。

 バサンタプルの広場に行くと、人民戦線ネパールのガネシャム・パウデルが寺院の階段に上って短い演説を始めた。警官隊が止めようと近づくと、周囲にいた活動家が一斉にスローガンを上げはじめた。パウデルも逮捕されて連れ去られると、今度は南からデモ隊が広場まで進んできた。このデモ隊を警官隊が警棒で追い返すと、今度は警官隊に向かって投石が始まった。警官隊が催涙ガスを撃つ。強烈なガスをかいで涙と鼻水が出てきた。近くの店の2階から見ていた人がタオルに水を注いでくれる。私がバサンタプルを去った午後4時すぎまで、投石・催涙ガスのやり取りは続いていた。デモ隊制圧に借り出されたのは警官隊と武装警察隊だったが、バサンタプルの広場には軍も配備されていた。

 オンライン・ニュースは今日のデモで約200人が逮捕されたと伝えている。今日の平和的デモに対する弾圧に抗議して、7政党は今日開かれた合同会議で、26日にネパールバンダ(全国ゼネスト)を決行することを決定した。

写真上から、スローガンをあげてデモをするタルン・ダルのリーダーたち。左から2番目が会長のビノド・カヤスタ。

2番目は、逮捕されたあと、スローガンをあげるカヤスタ会長(左)

3番目は、スローガンをあげる活動家と人民戦線ネパールのパウデル(右から2人目)

4番目は、催涙ガスが充満する小路

5番目は、バサンタプルで道路を遮断する武装警察隊

 7政党は今日午後2時からバサンタプルで集会を開くと宣言したが、政府は今のところ、外出禁止令を発令していない。携帯電話が使用できず、しかも、デモを組織する学生や政党活動家の多くが、逮捕を避けるために自宅を離れているため、とにかく連絡がとりにくい。それでも、昨夜から今朝にかけて、ネパール統一共産党(UML)の学生リーダーとネパール会議派のリーダー何人かと電話連絡がとれた。彼らの話によると、いずれの政党も当初の集合場所の予定を変えて、バサンタプル近辺に直接集まり、短いデモをすることに決めたようだ。しかし、バサンタプルやニューロードの近辺には、大勢の警官らが配置されると予測される。あるいは、集会が始まる前に大勢の活動家が逮捕されるかもしれない。

 「Kantipur」紙に「クンサン・カカ」の名前で定期的にコラムを掲載していた、作家のカゲンドラ・サングラウラがしばらくぶりに同紙にコラムを書いた。昨年12月に、中国からの武器輸入に関するコラムが編集側から“ボツ”にされたあと、しばらく筆を休んでいたのだが、その後、「クンサン・カカ」の名前で書いていたコラムはもう書かないことを宣言するコラムを掲載。今日のコラムはその後に掲載された最初のものである。内容はもちろん、ここ2,3日の政治展開を取り上げたものである。「ロクタントラ(民主主義)の太陽が昇る朝は遠くない」とある。サングラウラはまた、「Kantipur」紙が昨日掲載した記事にも触れている。この記事は1990年の民主化運動後、民主化運動を制圧しようと試みた“犯人”の顔ぶれが、現在、政府の主要ポストに返り咲いているというものだ。たとえば、当時情報大臣だったカマル・タパ現内務大臣、当時内務大臣だったニランジャン・タパ現法務大臣、当時カトマンズ郡行政局長だったケサブラジ・ラジバンダリ現選挙委員会委員長、そして、当時の教育大臣で民主化運動を制圧するために発足した報復委員会のメンバーだったパラシュ・ナラヤン・チャウダリは現在、王室評議会の議長を務める。また、「2月1日」以後の発足した汚職コントロール王室委員会のバクタ・バハドゥル・コイララ委員長は当時、内務次官代理だった。こうした顔ぶれを見れば、現政府の民主化運動勢力に対する強硬姿勢が理解できる。実は、カマル・タパ、ニランジャン・タパ、そしてパラシュ・ナラヤン・チャウダリには以前、民主化運動の本を書いたときに、90年当時に関するインタビューをしたことがある。両“タパ”は非常にdiplomaticな応対をしてくれたが、チャウダリ氏はこちらがした質問すべてに“黙秘”で返答をされ、非常に困った記憶がある。90年に関しては、よほど後ろめたいことがあるのかと、思わず疑いをもったものだ。

 マオイストの動向が気になる。BBCネパール語放送などのニュースによると、今日午後6時ごろ、西ネパールのネパールガンジでマオイストが2箇所のポリス・ポストを襲撃して6人の警官が死亡したという。1箇所はネパールガンジのバザールの真ん中にあるBPチョークである。ネパールガンジは面白い町で、マオイストが平気でバザールのなかを闊歩しているらしく、日中、“寄付”を集めに堂々と店にやってきたりする。先日も、バザールから4キロほど北にある空港のチェックポストをマオイストが襲撃したばかりだ。爆弾テロも頻繁に起きている。政府側治安部隊にとっても、マオイストにとっても、これだけ大事な拠点であるにもかかわらず、王室ネパール軍は国王の一声で、この地域の主要部隊をネパールガンジからスルケットに移した。

 治安部隊の関心がカトマンズ盆地に集中しているあいだに、マオイストが隙を縫って、どこかで大規模襲撃を決行するのではないだろうか。実は、タンコット襲撃の直後に、マオイスト自身が「21日以降に襲撃をする」と“吹いている”と聞いた。ターゲットは「ダート(背骨)」なのか、あるいは「タウコ(頭)」なのか不明だが、西ネパールの人民解放軍の主要部隊が東に移動していることからも、彼らが大きなアクションを計画している可能性が強い。地方からのニュースにも気をつけていたい。

 

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