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トラックバック・スパムにやられたようだ。今朝からこれまでに500近いトラックバックが書き込まれている。どういう経路で入ってくるのか知らないが、ここしばらくかなり忙しく、対処している時間的余裕がまったくないので、しばらくこのまま放置させていただきたい。気持ちのいいものではないが、ご容赦ください。 |
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2006年06月13日
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先週、某私立病院に入院しているマオイストの学生リーダー、クリシュナK.C.をお見舞いに行った。K.C.は3年前の2度目の停戦が終わってすぐに、週刊紙「ジャナアスタ」の記者と一緒にいるところを、治安部隊によりカトマンズ市内で逮捕されてから、ずっと行方が不明になっていたのが、妻ドゥルガの努力でゴルカ郡の軍施設に拘留されていることが明らかとなり、昨年、最高裁により釈放命令が出たものの、最高裁の建物のなかに私服の治安部隊が入り、警察が再逮捕していった。これについては、私自身が最後まで見届け、このブログにも書いたことがある。K.C.は拘束されてすぐに、マハラジガンジにあるバイラブナス大隊の兵舎に連れて行かれ、拷問を受けた。先日、国連の高等人権弁務官事務所が公表したレポート(49人がいまだに行方不明だ)のなかで、生き残って貴重な証言をした一人である。K.C.からは、最初に最高裁に連れてこられたときに、直接、拷問の経験を聞いたことがあるが、その後、彼は「拷問の経験を話すのはつらすぎる」とメディアにも話すことを止めたと聞いた。その後、K.C.はナックー刑務所に移されたのだが、先月、突然意識を失い、病院に運びこまれた。その後、10日間ほど意識不明の状態が続き、ICUに入れられていたのだが、お見舞いに行ったときには意識が戻っていた。家族によると、日本脳炎だったそうである。拷問から逃れたあとの病、何よりも家族の苦労を思うと心が痛む。 |
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