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ラハンで始まったマデシの暴動は、ビラトナガル、ビルガンジ、そしてジャナクプルの各市に広まったようだ。ビラトナガルでは、マデシ・ジャナ・アディカール・フォーラムのメンバー(それと、フォーラムのゼネストに反対する市民も出てきたと報道されている)が手に棒などの武器を持って家々を襲ったり、「パハリヤ」(山岳地帯出身のネパール人)を殴ったりしたという。状況を沈静化するために同市では午後4時から外出禁止令が出された。ジャナクプルに住む人(パハリヤのメンバー)の話によると、同市ではパハリヤが経営する「ラマ・ホテル」が襲われたり、バヌ・バクタの銅像が壊されたりしているという。パハリヤ・コミュニティーのメンバーは身の危険を感じて、ほとんどの人が外に出られずに家に閉じこもっていると言っていた。どうも、暴動に参加しているのは、「フォーラム」のメンバーや国王派だけでなく、マオイストに反感を持つネパール会議派などの他政党の若者たちまで混じっているらしい。メディアが伝えるよりも、状況はもっと複雑なようだ。 |
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2007年01月25日
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ラハンとシラハの状況は今日になって落ち着いたようだ。今回の暴動を起こした張本人であるマデシ・ジャナ・アディカール・フォーラムの会長ウペンドラ・ヤダフは元マオイストである。2004年にニューデリーで、マオイストのリーダー2人(マトリカ・ヤダフとスレシュ・アレ・マガル)が逮捕され、その直後にネパール側に引き渡されたとき、実はウペンドラ・ヤダフも2人と一緒にいて、インド警察に逮捕されている。しかし、インド政府はなぜか、ヤダフはネパール側に引き渡さず、数日間勾留しただけですぐに釈放している。当時はウペンドラ・ヤダフがスレシュ・アレ・マガルのシェルターをリークして、2人のリーダーを逮捕させたのではないかという噂も立ったが、その後、マオイスト内部の調査で、ヤダフは無実であることがわかった。しかし、ヤダフはその後、マオイストを離党して、このフォーラムを結成している。このヤダフが、昨年12月にインドのゴラクプールで開かれた、ヒンドゥー・ファンダメンタリストのセミナーに出席していたことが、ネパールのメディアで報道された。プラチャンダ党首は今日、首相官邸で開かれたお茶会の席で、メディアに向かって、これについて触れていた。ウペンドラ・ヤダフがこのセミナーに出席していたことが、彼が国王派で、この暴動の背後に国王派がいるという証拠になるという論理である。ヤダフだけでなく、東タライで武装活動を続けるジャナタントリク・タライ・ムクティ・モルチャのゴイトもズワラ・シンも元はマオイストである。マデシとジャナジャティの問題は、マオイストが自らまいた「紛争の種」と言える。 |
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