Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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連邦制度の導入を宣言

 ネパールが連邦制になることになった。今朝までの8政党の会合の結果、コイララ首相が今日午後3時から国民へのメッセージとして伝えたものだ。連邦制度の導入は政治・経済のカトマンズ盆地中央集権に歯止めをかける唯一の策として、マオイストやジャナジャティ(少数民族)が以前から導入を主張してきたものだ。昨年の政変後、統一共産党を含めた多くの政党が連邦制度を方針として打ち出していたが、ネパール会議派、つまりコイララ首相はそれほど積極的ではなかった。今回の暴動で、マデシ・コミュニティーもこれを要求事項に掲げていたのだが、これを受け入れる形で制憲議会選挙後、連邦制度を導入することを宣言したわけだ。マオイストとジャナジャティはかなり前から、これを主張してきたのだが、連邦制度の導入がこれほど簡単に決まるとは、正直言って驚いている。しかし、これは非常に大変なプロセスを伴うことになる。まず、何に基づいて連邦を区分けすることになるのか。昨年のヘリコプター事故で亡くなったハルカ・グルン博士も連邦制度を主張して、独自の区分け方について提案をしている。当然、各地のジャナジャティやマデシはかなりの自治権を求めてくるはずだが、将来樹立されることになる中央政府に、これをまとめる能力はあるのだろうか。今以上にさまざまな問題が生じることは間違いない。

 今日のコイララ首相の演説は、非常にわかりやすく聞く者の心を捉える語り方だと思った。「自分の年齢と健康から、これが最後の国民へのメッセージとなるかもしれない」とまで語ったコイララ首相は、先日のノナ・コイララ(コイララ首相の兄嫁)の死去でかなり心を痛めていると伝えられている。コイララ首相を長いあいだ支えてきた人が急にいなくなったのだ。その衝撃は想像がつく。しかし、コイララ首相にはここで踏ん張ってもらわないと、6月の制憲議会選挙開催は不可能となる。(すでに、かなり厳しい状況だが。)今回、タライで起こったような暴動を各地で起こし、治安が乱れたところをねらって、ネパール軍がクーデターを起こす可能性があるという噂もある。タイミングを計るとしたなら、コイララ首相がいなくなり、7政党をまとめていたたがが緩んだときだろう。個人的には、あまり好きな政治家とはいえないのだが、今コイララ首相がいなくなったら、想像以上の混乱が起こる可能性がある。コイララ首相には何とか、頑張ってほしい。

 マデシ暴動に関連して、今日発売の「Himal」に興味深い内容の記事があった。シラハ郡ラハンでの暴動は、明らかにマオイストの発砲により点火したものだが、その後、ジャナクプルやビルガンジなどの人たちの感情を煽った原因の一つに、あるVCDがあったというのである。昨年12月にネパールガンジで起こった暴動を撮影したビデオのCDで、警官隊の目の前で明らかにパハリ(山岳地帯のネパール人)とわかる顔つきの人たちが、マデシが所有する店を襲って破壊しているシーンを映したものだという。このCDが東部タライから中部タライに出回っており、今月21日にはサプタリ郡カンチャンプルで500人を集めて上映会まで開かれたのだという。このCDはネパールガンジ暴動の直後から話題になっていたもので、事件の直後にネパールガンジに行った私の友人も当地で見ている。「Himal」の記事には、このCDを見たマデシ・コミュニティの人が「このCDを見たマデシ・コミュニティーには間違いなく火が付く」と話したと書かれており、何者かがこのCDを意図的にタライに配った可能性を示唆している。

 今日開かれた8政党会議は、「連邦制への移行」と、「人口に比例した選挙区の設定」で合意し、明朝、コイララ首相が国民にこの決定を伝えることになっている。今回の暴動の真相は、現地に行かないと不明なところがたくさんある。今日はビラトナガルで警官の発砲により、一人死亡しているが、この男性はマオイストのマデシ自由戦線の地元リーダーであると同時に、マデシ・ジャナ・アディカール・フォーラムのメンバーでもあったと伝えられている(Kantipur FM)。このフォーラムはもともとマオイストのシンパでもあったウペンドラ・ヤダフが1998年ごろに結成したグループだが、それほどメンバーが大勢いるわけではない。以前もブログに書いたが、ヤダフは2004年にニューデリーでマトリカ・ヤダフとスレシュ・アレ・マガルがインド警察に逮捕されたとき一緒に逮捕されたが、二人とともにネパール側に引き渡されずに釈放された人物だ。当時の週刊誌で読んだ記事によると、ヤダフはパンチャヤト時代からの「共和制支持者」であるラムラジャ・プラサド・シンと近い関係があり、当時インド警察にコネクションがあったシンの働きで釈放されたと言われていた。その後、ヤダフとマオイストの関係は切れている。(このときの逮捕の具体的な様子を聞くために、私は当時ナックー刑務所に勾留されたいたスレシュ・アレ・マガルに会いに行ったことがある)。70代半ばのシンは、昨年の政変後ネパールに戻り、マオイストとも一時近い関係にあったのだが、平和協定に至る一連の動きについてマオイストが「妥協した」という見方をしており、最近はマオイスト批判までするようになっている。今日ふと目にした記事によると、今度は、カルナリ地方の人たちやヒマラヤに住むジャナジャティのグループまでもが自身の権利を求める声を上げだした。マオイストは最近、水面下で(報道もされていない)ジャナジャティ系の戦線や地域の党員に対して「政治トレーニング」を与える活動に忙しい。東ネパールのタライは、もともとマオイストの基盤が最も弱かった地域だが、マデシやジャナジャティのさまざまなグループが最近上げる声を聞いていると、暫定憲法作成時に、「マオイストも結局、自分たちの権利を守ってはくれなかった」という、一種「落胆」の反応も含まれているような気がする。もちろん、それだけではないが。何度も言うが、これは国王派が煽ったという単純な構造で起こった出来事ではないのだと思う。マデシ・コミュニティーのカトマンズの人たちに対する深く長い恨みの感情が爆発したと言ってもよい。今朝、FMラジオで聞いたジャナタントリク・タライ・ムクティ・モルチャから分派した元マオイスト、ズワラ・シンが、「軍にはモンゴル系の人ばかりが雇われ・・・」と、モンゴル系のジャナジャティに対する恨みともとれる発言をしていた。マデシに対する差別感情はカトマンズの住民を見れば一目瞭然だ。これは歴史的に深い根を持った感情の爆発なのだと思う。

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