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OHCHR(国連高等人権弁務官事務所)が今日午後に開かれた記者会見で公表した報告書は、非常に衝撃的なものだ。マオイストの紛争に関連した行方不明者の数が最も多いのは、西ネパールのバルディヤ郡である。OHCHRに報告されただけでも、200人以上の人がいまだに行方不明となっている。OHCHRは、このうち170人のケースに関して独自の調査を行った。このうち156人が政府側治安部隊に拘束されたあと行方がわからないケース。14人がマオイストに拘束されたケースである。
バルディヤ郡には当時、3ヶ所に王室ネパール軍の兵舎があったが、156人の行方不明者は、これらの兵舎に駐屯する軍あるいは軍が率いる治安部隊により拘束されている。興味深いのは、ほとんどの人が、国家非常事態が宣言されて国軍がマオイスト掃討のために全面展開された2001年12月から、第二回停戦が宣言される2003年1月のあいだの約14ヶ月のあいだに拘束されていることだ。OHCHRの調査によると、ほとんどの人が治安部隊により自宅から拘束され、多くの場合、その直後に殺害されている。被害者のなかには11歳の少女も含まれる。
バイラブナス大隊での大量行方不明者のケースと異なるのは、いくつかのケースでは、軍側が明らかな違法殺害を隠そうともしなかったことだ。当時、軍兵舎に拘束されたあとに釈放された人たちの証言のなかに、彼らの目の前で「見せしめ」のために、軍の士官が他の拘束者を射殺するところを見せたというものがある。殺害は軍施設内だけでなく、村で被害者を拘束したあとに、それほど離れていないところで射殺したケースもある。
レポートのなかには、バルディヤ国立公園内に駐屯する部隊の敷地内で、マオイストに関する情報をとるために、拘束した人たちに対して、組織的な拷問を加えていたとする事実も書かれている。心が痛むのは、政府側による行方不明者の85%がタルーの人たちであることだ。12人の女性被害者と21人の子供の被害者の全員がタルーである。それ以外の被害者も、すべてが貧しい村人である。しかも、OHCHRは被害者の大半がマオイストではなく、一般人であったとしている。
OHCHRは、「反マオイスト掃討作戦」の名のもとに、明らかに組織的に行われた拘束・拷問・殺害などの違法行為に関わった2人の軍士官の実名をあげている。このうち1人はすでに軍を辞めて海外で働いており、もう1人は軍内で昇進してインドで訓練を受けているともある。2人が関わった事に関しては、罪を逃れることができないほどの確たる証言があるようだが、果たして、彼らを罰することができるのか。マオイスト政府にその意図があるのか。被害者のほとんどが非マオイストであることは、さらなる事実究明と加害者である軍・警察関係者への処罰を困難にするのか。さまざまな疑問が浮かぶ。(続く)
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