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今後マオイストが成功するか否かは、彼らが「党」を優先した政治ではなく、本当に国民のためを思った政治をすることができるか否かにかかっている。今回の選挙では、私が尊敬するマオイストが何人か当選した。こういう話をすると、「あなたはマオイストに近すぎるからだ」と信じてくれない人もいるが、マオイストのなかには他の政党のリーダーよりも、私欲がないという点で、ずっと大きな可能性をもつ人物が大勢いる。
たとえば、ダン郡3区から当選したクリシュナ・バハドゥル・マハラ(現情報通信大臣)。ロルパのリバンの高校教師だったマハラのことを悪く言う人は、ロルパにはまずいない。マハラが貧しい家庭の子供たちの側に立って、彼らを支えてきたことは、他党の人でさえ認めている。ロルパから大勢の“優秀な”マオイストが生まれた背景には、マハラが大きな役割を果たしている。和平プロセスに入ってから、マオイストのリーダーがカトマンズで贅沢な暮らしをしていると党内外で批判が出たときにも、マハラは以前と変わらぬスピリッツを見せていた。ダン郡でも、彼の人格に信頼を置く支持者が党外にも圧倒的に多く、当選確実と見られていた。
そして、ロルパ1区から圧倒的多数の票を得て当選したジャヤプリ・ガルティ・マガル。マオイストの女性組織の会長であるジャヤプリは、党内の女性のなかでパムファ・ブサルとヒシラ・ヤミに注ぐ3番目の地位にある。内戦中、パムファとヒシラは戦闘に参加することなく、ほとんどの時間を安全なインドで過ごしたが、ジャヤプリは地元ロルパやダンで党組織の責任ある地位にある党員として、常にフィールドで活動してきた。ある大規模襲撃で、人民解放軍の部隊を率いた唯一の女性でもある。
ジャヤプリは人民解放軍の政治コミッサーだった夫を、戦闘で亡くしている。内戦中に一人娘を産んだのだが、娘が2歳になるまで、娘を背中に負ぶって、ロルパやルクムのジャングルのなかを歩き回った。ロルパやカトマンズで、私は何度かジャヤプリとさまざまな話をしたことがあるのだが(インタビューではなく、個人的な話として)、このときの無理がたたって、ジャヤプリと娘は健康を害した時期があったと話していた。
私がジャヤプリを人間的に信頼しているのは、彼女に私的な野心がなく、本当にネパールの女性の発展のことを思っているからだ。マハラとジャヤプリに共通していることは、二人ともロルパの貧困家庭の出身であることだ。「子供のころ、お腹一杯ご飯が食べることができればというのが唯一の望みだった」とジャヤプリが話していたのを思い出す。彼女は、ダン郡ゴラヒから数日間を歩いて、何十キロもある村のサフ(店主)の荷物を担いで、稼いだお金で学校に通っていた。そもそも、ネパール会議派のスジャータ・コイララなどとは、育った背景がまったく異なるのである。今回の選挙では、二人と同じ境遇にあるマオイストが大勢当選している。彼らが、本当のネパール国民のための政治をしてくれることを期待したい。
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