Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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 ネパールをフィールドとされた文化人類学者の川喜田二郎先生がご逝去されたというニュースを見た。心からのご冥福を祈りたい。

 川喜田先生には一度だけお会いしたことがあった。何年か前に日本に帰ったさい、大阪での講演会に呼んでいただき、マオイストに関する話をさせていただいたのだが、このときに、わざわざ東京から足を運んでくださったのだ。突然、お1人で会場に入ってこられたときには、一堂、驚いてしまい、講演会が終わったあと、皆で食事にお誘いしてお話をうかがった。

 実は、私が今こうしてネパールに住み、ロルパにこだわって調査を続けている動機となった背後には、高校生・大学生のときに読んだ、京都大学の山岳部・探検部系の学者の方たちが書かれた本の影響がある。とくに強く影響を受けた本のなかに、生物学者である今西錦司の一連の本、アフリカをフィールドとする伊谷純一郎などの類人猿学者が書かれた本、そしてネパールをフィールドとする川喜田先生の「鳥葬の国」などの本がある。当時はとくにアフリカに興味があったのだが、未知のフィールドで動物や人間を対象に新しい知識の体系を作り出すという作業に深く憧れた。ずいぶん遠回りをして、ロルパにたどりついたわけだが、何十年も前に、こうしたモティベーションを与えてくれた川喜田先生にお礼を申したい。 

 昨日、ひと区切りついて、ほっとしたと思ったら、どうも今日は体調が良くない。夏バテとでもいうのだろうか。気温の変化に身体がついていっていない気がする。ほぼ毎日雨が降っているせいか、空気がきれいである。スワヤンブーのお寺もいつもよりはっきりと見える。山の緑がすがすがしい。わが家の小さな庭の植物も生き生きと育っている。以前、庭の植木にあげる水の節約のために台所で使った水をあげていると書いたら、あるブロガーの方に「贅沢だ」と書かれた。植木も育てている者にとっては大事な生き物である。枯らさないように水の心配をするのは当たり前のこと。こんなことまで批判の対象にされてはたまらない。

 さて、今、ネパール社会で起こっている現象のなかで、どうも理解できないのが、“集団リンチ”の続発である。子供の誘拐が頻発していることと絡んでいるのだが、ここ1週間ほどのあいだに、カトマンズ盆地内だけで「子供を誘拐に来た」と疑われた人が地元の人たちに殴られる事件が3件続いた。一昨日は、バクタプルで4人の若者が集団リンチに会い、2人が死亡、2人が重傷を負っている。地元の人たちは、彼らが子供を誘拐に来たと疑って殴られたのだろうと話しているが、警察はすでに彼らは誘拐とはまったく関係がないことを明らかにしている。死亡した被害者は2人とも10代の学生。2人は“ミートゥ(一生の親友)”を誓った友人だったそうである。2人が住んでいたコテスワール地区では、今日も朝から2人の殺害に抗議して学生や関係者がチャッカジャムをしている。

 昨日のニュースによると、誘拐に来たと疑われて集団リンチに会い殺害された人の数は13人に上る。最初はタライで頻発したのだが、警察によると、大半の被害者は無実であるそうだ。先日は、マナン郡でゴルカからヤルサグンバを採集に行った男性7人が、地元民に攻撃されて死亡した事件があった。こうした事件が続発したことを懸念して、内務省は昨日、国民に対して「冷静になるよう」呼びかけた。

 これはどういう現象なのだろうか。何か起こると、コミュニティの人たちがすぐに団結して、対抗しようとすることは私もあちこちで目撃したが、今起こっている現象は、その極端な行動とみるべきなのだろうか。それにしても、集団で棒やナイフなどの武器をもって外部者を襲撃する行為は、健康な社会で起きるものではない。アナーキー(無政府状態)の表れなのか、あるいはこの国の社会秩序の崩壊が進んでいるのか。

 同じコミュニティーのなかで、“敵”に属する人をグループで殺害する行為は、私が調査地としているロルパでもめずらしいことではない。マオイストが人民戦争を始める以前から、いくつかの村でそうした事件が起こっている。というよりも、そうした事件がマオイストの紛争の“種”となっている事実が複数の村で見られる。ネパールという社会を深く見ようとしないと、つまり、この国の人と深く関わらないと、なかなか見えてこないことなのだが、今起こっている現象は、こうした過去の現象と同列で考えるべきなのかどうか、私にもわからない。

 日本の社会も、そして、ネパールの社会も変化している。どんな人間の社会も、変化するのが当たり前である。私は、「昔は良かった」とノスタルジーに浸るタイプの人間ではないので、今起こっていることに興味があるが、それにしても、バンダやチャッカジャムを頻繁に起こす心理(他人に迷惑をかけて、自分に降りかかった問題の代償をさせるという心理だろうか?)、外部者を容易に殺す行為の増加は、日本とは違った意味で、この国の社会が病みつつあるのだろうかと心配になる。もし、そうだとしたら、ネパールの場合、その原因は明らかに政治、すなわち政治家にある。
 
 (お知らせ)岩波書店の月刊誌「世界」8月号に、ネパールの和平プロセスに関する記事を書きました。ご興味のある方はご一見ください。
 

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