Kathmandu Journal

東日本大震災の被災者の方たちの復興を祈って

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師走の夜に

 静かな夜だ。日本にいたならば、師走だ、クリスマスだ、正月だと、年末年始行事に振り回されているところなのだろうが、こちらに住むようになってからは、こちらの暦に従っているので、ほとんど関係がない。年越しそばもおせち料理もない年末年始。最初のころは、日本のお正月を懐かしく思ったものだが、最近は、そんなこともなくなった。楽でいいなと思っている。

 そういえば、昨年の今頃は、女性ジャーナリストのツアーを連れてロルパに行っていた。そのときのメンバーのなかには、この1年のあいだに出産をした人もいれば、職場を変わった人もいる。ロルパのリバンを早朝暗いうちに出て、深夜カトマンズに着くまで、車のなかで歌合戦をしたことを思いだす。ロルパではマオイストの駐屯地を訪ねたが、彼らは1年後の今もそこにいる。和平プロセスは結局、この1年ほとんど進まなかったということになる。新憲法制定までに与えられた時間はあと5ヶ月。歴史的にネパールの春は“暴動・政変の春”であるとも言われるが、さて、ネパールはこの春を無事に乗り切って新生することができるだろうか。

 計画停電の時間が増えている。現在、毎日4時間の停電だが、明後日から毎日8時間と7時間、週に51時間の停電となるそうだ。日刊紙Naya Patrikaによると、1月15日からは毎日12時間の停電だそうである。この報道が真実だとすると、前年よりも早い速度で停電時間が増えていることになる。「今年は停電時間は日に10時間以内にする」と政府は約していたが、早くも10時間の大台に乗りそうだ。一応、パソコンとキッチン、仕事部屋の電灯だけはインバーターでカバーできるようにしているが、12時間以上の停電に間に合うだろうか。念のために、このあいだ日本に帰ったときに、内臓電池で10時間以上稼動できるノートブック・パソコンを買ってきた。今年の春には最長で16時間まで停電時間が増えたが、政府が何とか対策を立てないと、同様の事態となりそうだ。

 さて、政府は先日、ネパール会議派のコイララ党首を、来年のノーベル平和賞の候補者として推薦することを決めた。ネパールにおける和平プロセスで、コイララ党首が果たした貢献を鑑みてということのようだ。確かに、コイララ党首がいなかったならば、ネパールは共和国にはなっていなかっただろう。コイララ党首は最後まで、できれば王制を残したい考えだったが、最終的に彼が国王を捨てなければ、王制廃止は実現しなかっただろう。マオイストと他党との関係をここまで維持してきた背景にも、コイララ党首の貢献が大きい。しかし、コイララ党首のネポティズム、独裁的な舵取りは、最終的に過半数の党員に受け入れられなかった。ここにきて、自党内でコイララに対する支持がどんどん下がっているのは、とくに、和平プロセスに入ってからのコイララの行動のせいである。

 ネパール首相は現在、中国を訪問中である。まっすぐに北京には向かわず、ラサを経由して行った。昨日は、ネパール駐在のインド大使ラケシュ・スードがプラチャンダに会った。そもそも、プラチャンダが先日の演説で「インドと対話をする」と問題発言した背後には、プラチャンダがインド側の感触を探るために派遣したある人物に対して、スードがマオイストに対する嫌悪をあらわにしたからだと言う報道もある。そのスード大使にプラチャンダは、「マオイスト軍をネパール軍に集団で統合するな」という先のインド軍チーフの発言がインド政府の見解なのかどうかを公にするよう求めたという。プラチャンダと会ったその日に、スード大使はニューデリーに発った。

 第4段階の抗議運動を開始すると宣言したものの、マオイストはその具体的な内容を公にしていない。突然、議会妨害も一方的に止めてしまい、大統領問題もあいまいになってしまった。それだけでなく、インド政府がネパール軍への軍事援助再開を決めたこと、シン少将の昇進(とともに、ネパール軍の新兵募集がまもなく始まると報じられている)など、マオイストの主張・要求が無視されて、「包括的和平協定に反する」と彼らが主張することがなし崩し的に起ころうとしている。

『凍』を読んで

 日本から帰ってきて一番楽しみなことは、あちらで買ってきた本を読むことである。とにかく量を読むという、日本にいたときからの癖で、じっくりと時間をかけて楽しみながら読むということがなかなかできない。面白い本だと、読み出したら一気に最後まで読んでしまわないと気がすまないのである。そのため、新しく買ってきた本も、大抵はすぐに読み終わってしまう。今回は、帰ってすぐに原稿を書く仕事があったために、読みたい気持ちを抑えて、うずうずしながら我慢していた。

 原稿を書き終わって、まず、沢木耕太郎の本を2冊続けて読んだ。『無名』と『凍』である。前者は作者が自身の父親を介護したときの体験を書いたもの。後者は世界的なクライマーである山野井泰史さんと妙子さん夫妻を書いたノンフィクションである。とくに、『凍』は前から読みたいと思っていた本で、読み始めたら止めることができず、昨夜、一気に読んでしまった。この本の山場は、2人がヒマラヤの難峰として知られるギャチュンカンに挑んだときの描写である。山岳史に残るほど過酷な登山行(クライミング)が、実に詳細な描写で再現されている。2人の心理描写などがあまりにも詳細であるために、文字を追ううちに、まるで自分がクライミングを経験しているような錯覚にさえなる。

 かつて、ヒマラヤを舞台にした山岳ノンフィクションばかり、何冊も集めて読んだことがあった。そのなかに、サガルマータ(エベレスト)で起こった大規模遭難事件をとりあげた2冊の本がある。1冊は『Into Thin Air(日本語のタイトルは『空へ』)』、もう1冊はタイトルを忘れたが、やはり、サガルマータで複数の隊のメンバーが大勢遭難したときの日本の登山隊の動向を再現したノンフィクションだった。いずれも、『凍』と同様に、その登山行を再現したドキュメンタリーである。『凍』がこの2冊よりも面白かったのは、山野井夫妻という2人の稀有なクライマーの人物描写が傑出しているからである。

 私は登山そのものには、昔も今もまったく興味がない。それでも、山岳ノンフィクションを何冊も読んだのは、山に登る人に興味があるからだった。何かに取り憑かれたように山に登り続ける人たち。その行為の源がどこにあるのか、今でも興味は尽きない。それにしても、沢木耕太郎の取材力にも圧倒される。ある出来事を再現するために、過去に体験したことについて、詳細を聞き出すという作業は私も何度かしたことがある。それが、いかに難しい仕事か。根気と、そして、話しを聞きだす能力が必要な作業である。こんな本をいつか書いてみたいものだと、今でも思う。

シン少将の昇進問題

 今日はクリスマスで公休日。すべての宗教を平等に敬う新方針により、共和制になってから公休日に指定された。昨夜は、わが家に同居する子供の誕生日とクリスマスのプレゼントを買うために、久しぶりにバートパテニに買い物に行った。その後、タメルに夕食に行ったのだが、大変な人出だった。この時間帯に出歩くことがあまりないので、クリスマス・イブのせいなのか、それとも、いつもこうなのか不明である。それにしても、バートパテニの物資の量と賑わいを見ると、ネパールの経済が危機にあるなどとは信じがたい。ここで買い物ができるネパール人はごく限られた人たちと思っていたが、その層が確実に広まっていることを感じる。

 政府がネパール軍のトランジャン・バハドゥル・シン少将を中将に昇進することを決めた。これでシンは正式にネパール軍のナンバー2になったことになる。シンは紛争中の2003年にバイラブナス大隊兵舎から49人が行方不明となったケースで、指揮官としてこれに関わった疑惑があり、国内外の人権団体や欧米政府はネパール政府に対して、昇進をするなという圧力をかけていた。この件が原因で、昇進を求めるバンダリ国防大臣とそれを拒絶するネパール首相の関係が悪化したという経緯があった。しかし、ネパール軍のグルン参謀長がインド訪問から帰国した直後に、いとも簡単にシンを昇進する決定をしている。当然、この件についても、インドからの圧力があったのではないかという疑いがわく。

 マイナ・スナールさんの殺害に関わったバスネット少佐の件といい、シン少将の件といい、現政府はネパール軍の民主化改善にはまったく関心がないようだ。バスネット少佐については、バンダリ国防大臣が「(カブレの地方)裁判所に引き渡すことはない」と名言している。シン中将の昇進に関しては、「今後のネパール軍への援助に響くこともありえる」と米大使館の関係者がコメントしているが、現政府にとってはインドからの指示が最優先であることが明らか。インドからの干渉が強まっているというマオイスト側の言い分を、最も身にしみて感じているのは、実はネパール首相ではないのだろうか。

 一昨日の演説でプラチャンダが話した、「今後はネパールの主人であるインドと対話をする」という発言が物議をかもしだしている。発言の言葉の意味をそのままとると、外国勢力、とくにインド政府による干渉を強く批判してきたマオイストも、結局はインドの言うことを聞くしかないのだととれる。統一共産党をはじめとする与党リーダーだけでなく、日刊紙Nagarikなどが、この発言はますますインドの干渉を招くことになると、プラチャンダ発言を強く批判している。この発言の背後には、インドのネパール政治に対する干渉が強くなっていること。そして、ネパール会議派と統一共産党がインドの言いなりになっているという現実があるのだが、主要与党を批判する論調はあまり見られない。

 週刊紙Jana Asthaによると、プラチャンダは中国訪問から戻って以来、インド訪問を試みていたが、インド側からいっこうにお声がかからないことが、この発言の裏にあるのだという。「UMLやNCと対話をしても無意味だ。彼らのマリック(主人)と対話をすべき」という発言で思い出すのは、紛争中、2005年2月1日に当時のギャネンドラ国王がクーデターを実行し、自身の政府を樹立したときのことである。マオイストはこのときも、国王の操り人形である政府と話し合いをしても意味はない、彼らのマリック(主人)である国王と直接対話をするという表現を使って、国王との対話を求めた。

 今回の発言も、「口からでまかせ」ではなく、インドと本当に話し合いをしたいという意図を含んだものなのだろう。プラチャンダの中国訪問以来、マオイストとインドの関係は冷え切っている。ますます孤立の度を深めるプラチャンダの本音が含まれる発言であることは間違いない。

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