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それにしても、すごい人出だった。2001年6月の王宮事件でビレンドラ国王一家が亡くなったとき、そして、2006年の4月革命のときのデモを思い出させる群集だった。1990年の民主化後、歌手のナラヤン・ゴパル、政治家のガネシュ・マン・シン(NC)、マンモハン・アディカリ首相(UML)、そして王宮事件で亡くなったビレンドラ国王に次ぐ、5人目の国葬である。マダン・バンダリ、ガネシュ・マン・シン、そしてビレンドラ国王一家と、私もネパールに住んだ17年の間に、さまざまな政治家の“葬送”を見てきたが、昨日のギリジャ・バブの葬送は、間違いなく、これまでで最も多くの人が参加したものだった。コイララ党首の政治家としての“偉大さ”を改めて感じた最後だった。
新聞各紙がさまざなま追悼記事を掲載しているが、いずれもコイララ党首が「民主化のための不屈の闘志」であったことを讃えるものである。「ネパールの保護者」がいなくなったことで、この国の将来がどうなるか憂える記事もある。昨日、葬送行進を見に行って、道端で会ったコラムニストのC.K.ラールに「ギリジャ・バブを一言で言うと、どんな政治家だった」と聞いた。少し考えたあと、彼はこう答えた。「決して諦めることのない政治家。そこが、他の政治家と違っていた」。多くの人がコメントしているように、ギリジャ・バブがいなければ、この国は共和制になることはなかっただろう。彼は最後まで王制維持を試みたが、共和制実現に不可欠の貢献をしたこともまた事実である。最後に、昨日の葬送行進でネパール会議派の支持者が叫んでいた言葉をギリジャ・バブに捧げたい。
ギリジャ・バブ、アマル・ホース!(ギリジャ・バブよ永遠に!)
シャンティ、ラ、サンミダーン!(平和と憲法を!)
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2010年03月22日
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