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さて、政治はどうなっているのか。このブログの本来のテーマを書かなくてはならないところだが、どうも書く気が起こらない。つまり、ロルパに行く前からまったく前進していないと言っていい。ネパール首相は、主要3政党のあいだで次期首相に関する合意が成立したら辞任をするという心積もりであると報道されている。では、なぜに前進しないのかというと、各政党内、とくにマオイストとネパール会議派内で、次期首相をめぐって足の引っ張り合いが行われているからである。
マオイストは現在、政治局会議が進行中だが、プラチャンダは自身が首相になる可能性がなかった場合、野党にとどまるという方針案を出している。一方、バブラム・バッタライ派は他の首相候補者も考慮すべきと主張。プラチャンダとバッタライの対立はますます深まっている。
マオイストが次期政権取りに失敗した場合、最大有力候補となるのはネパール会議派だが、同党内でも新首相候補として、ラム・チャンドラ・パウデル副党首とシェル・バハドゥル・デウバ元首相の2人を担ぐグループが対立している。NCのこれまでの慣習からすると、議員リーダーであるパウデルが首相に就任することになるが、デウバ派はこれを阻止するために、8月に予定されている党総会が終わるまでは現政権を解散すべきではないと主張している。
要するに、現在、中央政治の舞台で行われていることは新首相の席取りゲームにすぎない。しかも、トップ政治家の個人的なエゴに基づく足の引っ張り合いという、非常に低レベルな争いで、憲法のことも和平プロセスのことも、彼らの念頭にあるとは思えない。こうした中央政界のごたごたは、当然、地方の党組織、そして地方の政治にも大きく影響している。私は今回のロルパ行きのあいだ、それをあちこちで目撃した。つまり、ネパールの地方は、少なくともロルパの村々は“アナーキー”な状況にあることを知った。ロルパでさえそうなのである。他の郡の村々の状況は推して知るべしである。
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2010年06月24日
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タバン村へのアクセスは紛争中と比べるとだいぶ容易になった。今回は行きと帰りで別のルートをとったのだが、両方のルートとも途中まで車道ができており、歩かなければならない距離は約半分になっていた。西周りの行きで1日半、東周りの帰りは1日だけ歩けば良かった。車道は多くの村人が最も望んでいるものである。今回、タバンの村は果実の季節で、桃やプラム、りんごからサクランボまで出回っていた。なかでもプラムはかなりの量採れるようで、あちこちでたくさんご馳走になった。こうした果物やタバン名物のジャガイモなども、車道ができれば、村の外に売って現金収入とすることもできる。病人を病院のある町まで運ぶことも容易となる。しかし、すでにダン郡からの車道が完成しているガルティガウン村のバザールの変容を見ると、村の景観や環境を考慮しない車道建設には、「本当にこれでよいのか」という疑問を抱かずにはいられない。
マオイスト主導政権のとき、タバン村は“モデル村”に指定され、これまでに900万ルピーの特別予算が計上されている。予算の大半は最大集落であるトゥーロガウンの石畳の敷設に使われた。集落内の道に石畳を敷くことで、村のなかはかなりきれいになった印象をもった。今回は、ブーメ祭という、カーム・マガールにとっては最大のイベントの間の訪問だったせいもあるのだろう。紛争中に海外に出稼ぎに行った村人が祭りを祝うために大勢村に帰ってきていた。なかには、人民解放軍のコマンダーらも休暇をとって、ノコバンゲ・ナーツを踊りに来ていた。
マガールだけでなく、ダリットの人たちも民族衣装を身に着けて、老人から子供まで5日間踊りつづけた。タバンの人たちは本当にこの踊りが好きである。私もこの踊りが大好きである。ダマイの人たちが鳴らす太鼓の音を聞くと、自然と身体が動きだしてしまうのである。
写真はタバン村のトゥーロガウンの路上で休む老女2人とボテ・ククル。紛争中はほとんど見かけることがなかったボテ・ククル(チベット犬)の数も増えているような気がする。
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