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新年になったら、新しいブログを始めようと思っている。といっても、かしこまったものではなく、政治とは異なる日常のことを書いてみたいと思っている。このブログではネパールの政治のことばかりを書いてきたが、実は他にも書いてみたいと思うことがたくさんある。とりあえず、このブログは政治ブログとして残したいと思っているが、将来的には新しいブログのほうに吸収されるかもしれない。そのへんのことは、なりゆきに任せたいと思っている。
今年は(今年もと言うべきか)、身の回りでいろいろなことが起こった1年だった。プライベートな生活でも変化があった。というか、今も変化の最中にある。来年は意図をもって、いろいろと新しいことに挑戦をしたいと思っている。あるいは、政治からは少しずつ離れていくことになるかもしれないという予感があるが、その辺も成り行きしだいである。もともと計画性のない人生を送ってきた。1年後、どれだけ変わっているのか私にもわからない。
今年最期の我が家の大きなイベントは、子犬を拾ってきたことだった。一月ほど前、自宅の前の空き地に野良犬が7頭の子犬を産んだのだが、1週間ほど前、この空き地と犬が出てくる奇妙な夢を見た。翌朝、家の前の道路で母犬とばったり会ったため、ミルクとご飯をあげた。その後、家にいる子供たちに子犬の食べ物を持たせて空き地に見に行かせたところ、2頭の子犬が死んでいるのを見つけた。このところの寒気で凍死したのだろう。それを聞いて、すぐに一番弱そうな子犬を1頭連れてくるよう子供たちに頼んだ。できれば、生き残っている子犬と母犬も引き取りたいところだが、我が家にはすでに2歳になる先住犬がいる。狭い庭しかない我が家では、2頭を飼うのが精一杯である。
子供たちに聞くと、食べ物を持っていったときに、一番走るのが遅かったので、この犬を連れてくることに決めたのだという。確かに、後ろ足が少し弱そうである。ということで、初めて雄の犬を飼うことになった。子犬の世話をするのは10数年ぶりである(今の先住犬は1歳のときに自国に戻るアメリカ人の知り合いから引き取った)。しつけは先住犬に任せようと思っている。夜は私の部屋と同居している子供の部屋に交互に寝かせている。昨夜は夜中に、いつも私の部屋に寝る先住犬と子犬で運動会をやっていた。毎夜、夜鳴きがひどく、寝不足気味である。と、新しいブログにはこんな話も書いてみたいと思っている。新ブログのURLは、年末にお知らせしたいと思う。よろしくお願いします。
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2010年12月24日
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マオイストがここにきて、突然、UNMIN(国連ネパール政治ミッション)の引きとめ工作を始めた。とはいえ、彼らの試みが成功する可能性は大変低い。9月に最期の任期延長が決まってから、国連政治局のB Lynn Pascoe氏がすでに2回ネパールを訪れて、UNMINは来年1月15日にネパールを去ると釘をさしているにもかかわらず、土壇場に来ての延長要請はあまりにも遅すぎる。軍統合特別委員会内の話の状況から、1月15日までに統合の問題が解決しないことはわかっていたはずである。「何とかなる」と思っていたのなら、それは国際社会を甘くみすぎていたことになる。
マオイストを取り巻く状況は、ますます悪化している。今日は特別国会が始まる直前に、マオイストが提出した動議を撤回し、1週間以内に通常国会を開くことで合意した。プラチャンダ以外のリーダーの演説を聞くと、彼らは野党にまわる覚悟ができたようだ。それはつまり、彼らが人民反乱の準備に入ることを意味する。その意味するところは、来年5月28日に制憲議会の任期が切れて、議会は解散となることである。こうしたシナリオは、インドの思惑通りといえるのかもしれない。旧王制派の週刊紙ジャナサッタに掲載されたスールヤ・バハドゥル・タパ元首相のインタビューを見ると、それを示唆するコメントがたくさんあって面白い。
タパ元首相は、今でもインドが最も信頼する政治家である。彼の発言はインド政府の思惑を反映している可能性が高い。彼が以前から「結託して前に出てくるべき」と主張しているネパールの「民主勢力」とは、すなわち、ネパール会議派と彼の政党を含む旧パンチャーヤト系政党のことである。そのなかにはマオイストも含まれなければ、統一共産党のカナル議長派も含まれない。タパ元首相は今年5月28日、ネパール軍の将軍の家に待機して、制憲議会が解散になった場合、ネパール軍と大統領を前面に出したクーデターを謀っていたという噂がある。真偽のほどは不明だが、今の状況を見ると、そうしたことが起こりえないともいいきれない。
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