|
ゼネスト4日目。ネパールの人たちは2006年4月に19日間のゼネストを経験している。当時と比べると「まだ4日目」ということになるが、街頭にいる人たちにはすでに疲労が見える。私が見ていても、あと何日続けられるのだろうと疑問に思う。耐久戦になった場合、不利になるのは間違いなくマオイストの側である。政府に対する圧力をかける目的で始めたゼネストだが、対話(譲歩)に対する圧力は、むしろプラチャンダに強くかかっている。これだけの人を都市部に集めてきて、容易に譲歩することはもちろんできない。
一方で、地方から来た人たちを長期間、とどめることが困難であることも明らか。まず、金がかかる。何万人もの人たちの食料だけでも、1日に何百万ルピーもの金がいる。これだけの人が集団で滞在するということは、大量のごみと、そしてトイレの問題があるということ。我慢しなければならない地元の人は、当然、マオイストに反感を持つ。プラチャンダらトップクラスのリーダーは自分の家で安楽に暮らしているなかで、不衛生な水を飲んで、チュウラを食べて、街頭で日にさらされているのは、一般党員と彼らが連れてきた支持者。「自分たちはプラチャンダを首相にするために苦労をしている」ことに気づいて、そして、この非合理に反発を感じる人たちはゼネストが長引くほど増えることになる。
プラチャンダは、もちろんこうしたことに気づいている。政府の側もこれがマオイストの弱みとなることを知っている。しかし、インド政府からの強い支持に支えられたネパール首相はもちろん、容易に辞任する意向はない。むしろ、この状況を逆手にとって、マオイストに譲歩をさせようと試みる可能性が高い。いや、彼らの今の態度を見ていると、強硬姿勢を変えずにマオイスト側に譲歩を求めてきている。
今日になって、バクタプルとダンクタでYCLとYouth Foceの衝突が起こっている。バクタプルでは発砲もあった。マオイスト指導層は、一両日中にも大きな決断をしなければいけない状況になりそうだ。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
ゼネスト3日目。今日の“目玉”のプログラムは午後5時からの“リング・ロード”を人の輪でつなぐというものだった。午後になると、街頭に集まっていたマオイストはリング・ロードに向かって移動を始め、私が家をでた4時ごろには、市街の街頭にはほとんどいなくなっていた。プラチャンダらトップ・リーダーはバラジュから参加すると聞いたが、わが家から歩いていくのはさすがに遠いので、家から近いエカンタクナに行くことにした。
ジャワラケルをまっすぐ南に下りてリング・ロードに出ると、まず、列を作る指示を出しているロルパ選出の制憲議会議員のジャヤプリ・ガルティに会った。ジャヤプリは女性組織の会長であるとともに、マオイスト議員のwhipでもある。すでにマオイストは郡ごとのグループに分かれて輪を作っていた。ジャヤプリと一緒に歩いていると、列のなかの何人かに声をかけられた。なんと、ロルパから来たマオイストのグループで、かつて彼の地で何度も会った人が何人もいる。余程ロルパと縁があるようだ。ロルパからは124人がカトマンズに来ているそうである。他のマオイストはほとんどがダン郡のゴラヒに行っているそうだ。
リング・ロードは全長が27キロある。1人で1メートルとしても、27,000人以上の人がこの人の輪に参加したことになる。午後6時ごろになると、サートドバートのほうから、プラチャンダやバブラム・バッタライ、キラン、バーダルらが乗ったトラックがやってきた。バラジュからリング・ロードを1周したようだ。
さて、今日はネパール会議派と統一共産党の会合が開かれたが、「マオイストはまずゼネストを中止すべき」とする方針を再確認している。明日、3政党の会合が開かれることになっているが、マオイスト側は明日から街頭運動を強化することを決めている。マオイストが商店や銀行を襲ったり、地元民がマオイストと衝突したりする出来事も報道されている。明日・明後日が山場となるのだろうか。
写真は上が昨日夕方、スンダラで開かれた集会。下は今日、リング・ロード上に作られた“赤い人の輪”。
|
全1ページ
[1]





