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今日はバイティカ、ティハール祭最後の日だ。ギャネンドラ国王はナラヤンヒティ王宮事件後、1人だけ残った(2人の姉は事件の犠牲者となった)妹のソバ王女からティカをもらい、コイララ首相は91歳の姉からティカをもらうために今日午後からビラトナガルに行くのだという。2日間滞在して“休養”するそうだが、「ティハール祭が終わった直後にサミット対話」と言う話しはどうなっているのだろうか。コイララは首相になった後にも、機会を見つけては頻繁にビラトナガルを訪れている。もう当地で引退生活を送ったほうがよいのではないかと思ってしまう。 |
ロルパ取材記
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前回の記事に対して、大勢の方からの励ましのコメントをいただき、ありがとうございました。昨夜、半年ぶりのロルパ取材から戻った。昨年もダサイン祭のあいだはロルパのタバン村で過ごしたが、今回もティカの日を含めた四日間をタバン村で過ごした。今年のロルパはこれまでとはまったく異なる様相で、これはこれでとても貴重な体験をした。昨年はちょうど、タバン村の隣にあるチュンバン村でマオイストが中央委員総会を開いている時期にあたり、タバン村には東ネパールから遠征に来ていた人民解放軍の2小隊の“ビダイ(送別)”の会や人民解放軍兵士のカップルの結婚式を見ることができた。今年のロルパはとにかく“閑散”としていた。南部で人民解放軍の特別部隊が道路改修工事をしているほかは、ほとんど活動をしていないようだった。村人のほとんどがマオイストのタバン村など一部を除くと、ほとんどの村で郡レベル以上の党員に会うこともなかった。“空っぽ”と言っていい状態なのである。ほとんどのマオイストがカトマンズを含めた都市部に“外出中”なのだそうだ。4月の政変以後、こういう状況なのだと村人が言っていた。「留守にしても大丈夫」というマオイストの自信があるせいなのだろうが、それにしても半年前とのあまりにも異なる状況に驚いた。 |
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ロルパ取材から帰るといつもそうなのだが、カトマンズの生活になじむのに数日かかる。ロルパで見たこと、経験したことがあまりにも刺激的で、心をあちらに残したまま、体だけカトマンズに戻ってきた感じなのである。特に今回は、長年の望みだった人物へのインタビューを果たすことができ、しかも、この人物が期待していた以上に魅力的だったため、なかなか心が戻らずにいる。この人物だけでなく、今回は、マガラト自治共和国人民政府の教育相クラナンダ・ギリから非常に興味深い話を聞いた。ギリはもともとネパール会議派の支持者だったが、ロルパ郡出身の人として初めて修士号を取得したあと、同郡では名の知れた教育者としていくつかの高校の校長を務めていた。しかし、2年前に、ある事件がきっかけでマオイストになることを決心。集会でそれを宣言してマオイストに入党した。この出来事は全国紙でも報道されたため、私も知ってはいたのだが、今回、彼が入党するに至った詳細な経緯を聞くことができた。詳細をここに書くと長くなるので省略するが、直接のきっかけとなったのは、彼の姉の夫とその息子2人が政府側治安部隊に殺害されたことだった。これまでに大勢の人から似たような話しを何度も聞いてきたものの、彼の話を聞くうちに、私は不覚にも涙が止まらなくなり、顔を上げることができなくなった。カトマンズの人たちのなかには、彼らをまるで狂信者集団のようにとらえる人たちがいるが、それは間違いである。なかには、確かに狂信者のような言動をする人もいるが、彼らの大半は話してみると、ごく普通のネパール人とまったく変わりない。多くの場合、マオイストになるか、ならないかは、彼らが置かれた状況の相違でしかない。カトマンズの政治家が、彼らがなぜマオイストになったのか、その理由をきちんと把握しないかぎり、マオイスト問題は解決しない。 |
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昨日、取材から戻った。まずは、留守中も定期的にこのブログを見てくださっている方々に感謝をしたい。カトマンズ盆地などで経済封鎖が進行中のあいだ、マオイストの“首都”タバン村で過ごした。道路が封鎖されて市民が困っているニュースや、マオイストがラビンドラ・シュレスタとマニ・タパを党除籍処分にしたニュースをBBCの短波放送で聞いた。一番近い車道から徒歩で少なくとも2日はかかるタバン村で、道路封鎖のニュースはどこか遠くで起こっていることのように感じた。この間、タバン村では元常備委員会メンバーのデブ・グルンや、マガラト自治共和国の“首相”サントス・ブラ・マガルを主賓に、同共和国に属する5つの郡から選手が集まって、初めてのバレーボール大会が開かれていた。タバン村はマオイストだけでなく、バグルン郡やミャグディ郡など遠くから来た大勢の選手たちでにぎわっていた。バレーボール大会の後には、各地から集まったカルチャー・グループの集会があった。外国人として初めて、マオイストのコミューンを訪問することもできた。実は、今回の取材目的は、以前から最も会いたいと思っていたあるリーダーにインタビューをすることにあったのだが、ジャーナリストとして初めて、この目的も達成することができた。このインタビューに関しては、時期が来たときに明らかにしたい。 |
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今日はルクム郡ルクムコット村について。今回の取材では、この村に2泊した。マオイストがロルパのババン村で「民主化人民デモキャンペーン」の最初の集会を開いた4日後の12月14日、同じようなプログラムが今度はルクムコットで開かれた。ビプラプ、プラバカール、スダルシャンの3人の中央委員メンバーが、この集会でも演説をした。ババン村での集会が峰にあるオープンなスペースで開かれたのとは対照的に、ルクムコットでは外から見えないように、くぼ地で開かれた。集まった人もババンと比べると、かなり少なかった。 |




