藤岡の政治

日本の地方政治の現状を診る・・・

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

選挙の思い出

イメージ 1

朝早く電話のベルが鳴った・・・

私は10年前の藤岡市はじまって以来の議会の不正事件「口止め汚職事件」
に義憤を感じて補欠選挙に立候補した。

「貰わない、求めない、贈らない」選挙標語の通りの闘い、
全国でも初めての「合同演説会」を企画した。
NHKも注目し取材に来た。
しかし私を含めて4人しかさん参加者がいなかった。
9割の参加が実現できたら全国放送になっただろうに・・・。

私は中傷誹謗(北海道に帰る人間に票をいれるな・・・)
結果最下位落選となった。。。。



以下 56年の軌跡 自伝   自伝より抜粋
http://www.tetsuaki.net/jiden700/new-jiden-1.htm

31・ 義憤にかられ、市議選に立候補
2月、私は自薦で市議会に立候補する決心を固めた。
家族はびっくりしたが、言いだしたら実行することを知っていて、まもなくあきらめる。
この事件を生んだ土壌をに対して、市民の多くは、議会や議員批判の言葉のわりには、
それ程深刻さを受け止めていないように感じた。

民主主義とはなんなのか。相対的価値観を中心に構成された社会が皆で造った汚職事件。

市民の本音が何処にあるのか、自らリトマス試験紙となって、
問題の本質を市民の前に明らかにしようと立候補した。
選ばれる側の人間が何を思い、何をしようとして立候補するのか、
積極的に自らを開示しなければ有権者に選択肢あたえられない。

当選は結果であり、大切なのはプロセスであること。
運動として自らの理念政策を市民に向かって発し、共感共鳴者、
理解者を得るかが戦いの全てであった。街頭演説を中心においた
運動員も、ウグイス嬢もいない、手弁当の人々が支えてくれた。


32・ 結果は一二五三票最下位落選
 一九九七年三月九日。
「藤岡市議会議員口止め汚職」世間注目の補欠選挙は終わった。

一二五三票最下位。私の戦いの結果である。
数人の人から「あなたは選挙の前も後も全く変わらないそんなひとを見たのははじめてだ」
何故そのような印象を持ったのか考えてみると、殆どの立候補者が、当選しても落選しても選挙の洗礼を受けると精神に多大な影響を受けて、人間性が変わるものらしい。私自身、当然のことながら選挙前も後も現在も、内面も外面の変化も起こらない。

何故なら、自分の正しいと思う行動を正直に実践して得た結果であり、
選択するのは私ではなく、有権者一人一人だからだ。
落選しようが当選しようが私自身の存在の価値が、自分のなかで変わるはずも無いことは分かっていた。
一二五三人もの方が私の行動に共感してくれたことに、
藤岡は根っこまで腐っているわけではないと、かえってホッとし希望を抱いた。

続く

開く コメント(0)

全1ページ

[1]


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事