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私にはDVというのは無縁なもので、教会生活の中でチラホラと噂に聞く程度でした。
それが、Facebookキリストの手紙で交わりを持たせていただいて、親しくさせていただいてる姉妹を通じて知るようになりました。 教会関係の集会で会えば特にそういったことは話さないですけど、SNSでは口に出せない悩みを書けたりもするので、頻繁にメッセージのやり取りをさせていただきました。 と言っても、私は適切なアドバイスもできず、もっぱら聞き役でしたが・・ ある日、そのメッセージをブログに書いてみたらいかがですか?となり、私が全部セッティングしますよということで、新しい姉妹のブログが始まりました。 将来的には電子書籍にできるといいのですが・・・ 今はキリストの手紙ブログからFacebook、そしてFacebookの中でも躓いている方のサポートができればと思っています。 来月にはキリストの手紙のポータルサイトを作成して、それで私のネット活動もオシマイ総仕上げの予定です。 その姉妹のDVブログの記事に「暴力の衝動」のことが書かれていました。 先日発売された、1997年に起きた事件、神戸連続児童殺傷事件の元少年Aの手記に関する記事です。 私の知りえない世界を経験してこられた方なので、同じものを見てもやはり捉え方が違うので学べました。 元少年Aの暴力の衝動、その衝動がDVの本質なのかな、と。 |
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クリスチャンブログについて。
クリスチャンがブログを書くとき、考え方を勘違いしてしまうのは「優れたことを書けば伝道できる」という認識に立ってしまうことと思います。 また優れた神学的なことを読ませれば、読者のスキルも上がるだろうと「書き下ろす」ことは読者は嫌ってしまうのです。 なぜならそういうものを検索して探す人はブログではなく、キリスト教サイトを求めるからです。 しかし、伝道(実質的な教会への招き)までをブログでしようと思うなら、そのブログに訪問してくる読者さんを絞って記事を書いていく必要があると思います。 このブログに関しては、徹底して教会を一時的に離れている方や、信仰の小さな灯を何とか消さないように歩んでいる方をターゲットに「こんな私でもクリスチャンだから大丈夫!」という姿勢でした。 また、そういうようなクリスチャンブログがありませんでしたので、多くの読者さんに恵まれました。 つまり書きたいことを書くのではなく、読者さんの求めるものを書くことに、その先の主の栄光を見ることができると思います。 そしていま多くの同労者の方々と共にFacebookで実働的なコミュニティーを作り、ブログではより多くの目に留まるようにWordpressでキリストの手紙を作成しました。 このブログのターゲットをしている国は韓国、NAVERです。 彼ら彼女らの信仰に劣ることはないとは思っていますけど、一番近い隣人隣国のキリスト信仰に触れてみたいと思っています。 なのであまり文字を多くせずに伝える方法を採用してみました。 Facebookを通じて韓国在住のクリスチャンブログ主がメッセージをくださいますが、ハングルが分からないので自動翻訳が面倒くさいので一方通行になっていますが、インターネットの可能性はまだまだ残されてると思います。 |
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私のSNSの始まりがYahooブログであって、 順序が違えば、全部ダメだったと思っています。 未熟な私が、たくさんのYahooブロガーさんのお陰で、 多くの恵みを授かれています。 主の憐れみと共に、あらためて心から感謝いたします。 = マイ SNS マップ = Yahooブログ キリストの手紙
Facebookグループ キリストの手紙
( 共同管理 ) Facebookページ まぐだら屋のマリア
WordPressブログ もうひとりのマリア
( 共同執筆 ) 2テモテ4章2節
みことばを宣べ伝えなさい。
時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。 寛容を尽くし、絶えず教えながら、 責め、戒め、また勧めなさい。 お気軽に、ご覧・参加くださいませ。 |
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原田マハさんの、知られざる名作! まぐだら屋のマリア。 「人生の終わりの地で、やり直す勇気を得る。」 以前の記事でも、ご紹介させていただいたのですが、 http://blogs.yahoo.co.jp/net_chapel/7071825.html 「尽果」というバスて亭にある小料理屋の女将さんがマリア。 テーマは「贖罪、償いと赦し」 ☆ 読書メーター あらすじ ☆ これまで多くの皆さんとのリフレクションで、 Facebookキリストの手紙が育まれてきて、 Facebookグループ・キリストの手紙 https://www.facebook.com/groups/Christ.Letter/ ( お気軽に、ご覧・ご参加ください ) あらためて視覚・ビジュアルで伝えられる トラクト姉妹ページをと。 私自身も・・・もっともっと、 従来のイメージ・殻を破るような、 まぐだら屋の女将さん路線で「贖罪は愛」ということを、 お伝えできるようになれれば。。。 って、今ごろ新年の抱負みたいですけど。w |
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フランス画家のジョルジュ・ラトゥール作 「悔い改める、マグダラのマリア」 一般的にキリスト教で知れ渡る人物は、 もちろんイエス・キリスト! 次が、聖母マリア、天使? その次ぐらいに知られているのがマグダラのマリア。 罪深い女性が回心する女性の筆頭として広く愛されています。 いつか実物を見たいと思っている作品です。 ( ルーブル美術館でしか見れません )
---------------- † ---------------- *先日、洗礼記念日だったこともあり、牧師資格を得る条件のひとつ、
按手礼を受けることになりました。 一般に牧師になるには、ある日突然「私は牧師です」と宣言すれば、 他の人がどう思おうと、その人は牧師です。 普通は2通りありまして、神学を学ぶための機関で修了する。 (神学大学・神学校など) もうひとつは、所属する教会で訓練を受けるです。 突然の牧師宣言はさておき、いずれのコースを履修修了しても、 按手をしてくれる先輩牧師がいないと、牧師にはなれません。 (免許皆伝のイメージで、こっちが重要なことです) 社会人としての学びは、挫折に挫折、途中でブン投げ中(≧ヘ≦) そんな私が、幸いなことに按手を授かることになりました。 自動車の免許で例えますと、仮免許なしで本免許を授かった感じです。 何より多くの支えがあって、今があることを常に胸に刻みながら、 最も低い者として(残りの訓練も)献身していきたいと思います。 マグダラのマリアのように・・・ ヨハネ福音書20章16節 彼女は振り向いて、ヘブライ語で、 「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。 |



