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 ドラマ『あなたのことはそれほど』第9話。

 ある朝、渡辺美都(波瑠)と涼太(東出昌大)の住むマンションのいたるところに、何者かによってこんなビラが貼られていた。

  「301号室の
   渡辺美都は
   W不倫の最低女。
   バカ女に制裁を。」

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 マンションの住人たちは、出勤する美都の姿を見て口々に何事か囁き合っていたが、後から追いついた涼太が美都と手をつなぎ、
「みっちゃんは今まで通りにしてて。
 今出て行ったら認めたことになる。それは僕もキツイ」
 と美都に言い、部屋を出て行くことを考えている美都をなだめつつ、
 二人のことを訝しげに見る人たちに
「おはようごさいまーす!」
 と挨拶し、努めて仲が良いことをアピールした。


 美都が勤務先の眼科医院に着くと、そこにも同じようなビラがあった。

  「武蔵野眼科は
   不倫女渡辺美都を
   平気で働かせる
   最低の不潔病院」

 朝、医院の入口に貼られていたらしい。
 ネット上にも何者かによって同内容の書き込みがされていた。



 涼太は、有島光軌(鈴木伸之)の妻・麗華(仲里依紗)と会い、麗華にビラを見せるが、麗華はビラを貼った人物に心当たりはないと言う。

「卑怯ですね。こんなことしても、なんにもならないのに…」
 と麗華は言った。

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 涼太は、有島家には今のところ特別変わったことはないと麗華から聞いて、
「それならよかった」
 と言う。

「 “よかった” ですか?」と麗華に言われると、
 涼太は
「正直なところ、ご主人のことは許せませんけど、妻のことも許せません。
 でも……別れる気は……。そちらは?」

 と麗華に訊いた。
 麗華は少し考えてから「わかりません」と答える。



 そのあと、麗華はマンションの自室の前で待っていたらしい同じ階の住人・横山皆美(中川翔子)に
「よかったら ちょっとウチに寄って行きませんか」
 と声をかけられる。

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 麗華と同じように小さい子供を抱える皆美は、以前から何かにつけて、麗華に子供のお
もちゃをあげたり、自分で焼いたと言っては市販のクッキーをラッピングし直して持ってきたりして、麗華と友達になりたがっているようだった。

 気の進まない様子の麗華が黙っていると、皆美が淋しそうに帰ろうとしたので、麗華は
「少しだけなら…」と言う。
 すると
「ほんとー?」と言って とても嬉しそうに皆美は喜んだ。

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 自宅に麗華を招いた皆美は
「あ、そういえばこの前、朝、ご主人の同級生の女の人? マンションの前で会ったけど、眼科で受付してるんだね。浮気…されてるんでしょ?」
 と麗華に言った。

「あの人とご主人が一緒にいるところ見ちゃった。
 気づいてるんでしょ?
 かわいそうに。有島さんも有島さんで大変だったんだね。
 辛いことあったら何でも言って」
 と皆美が遠慮もなく話すので、
 麗華は「夫婦のことですので…」と少々困惑気味だった。

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 それでも皆美が
「ご主人モテそうだもんねー。
 有島さんいい人だから何にもできないんでしょ?
 あの女、家まで来て──」
 と しつこく話を続けたので、
「その話はもう…」
 と言って麗華が話をやめようとすると、
 皆美は
「あ、これ…」
 と言って、マンションと眼科医院に貼られていたビラを麗華に見せた。

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「あの女のマンションに配ってきた。病院にも!
 ああいう悪い女にはこれくらいしてやらないと!
 あー住所はね、名刺もらって病院行って、家までつけて…。
 あの子連れてコンビニ行ってファックス送ったりって大変だったけど、有島さんのため
なら全然っ!」
 と言って皆美はさも得意そうに笑う。

 麗華は少し驚いて
「私のため…?」
 と戸惑った様子。
「だって友達だもん!」
 と言って皆美はまた嬉しそうに笑う。
「私は有島さんの味方だから」
 と皆美は言い、
「あ、そうだ。ネットにも、ほら、いろいろ…」
 と言ってスマホを操作し始める。


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「私たち夫婦のことは、私たちで話し合うので、もうやめてください」
 と言う麗華に、皆美は
「天罰よ天罰!」
 と言ってホントに嬉しそうに笑い続ける。

「あの人への天罰を、横山さんが下すんですか?」
 と麗華が言うと、皆美は
「そういう意味じゃなくて…」
 と弁解しようとするが、麗華は言った。
「気づいてます? あなた、さっきからずっと笑ってるの」
 それを聞いて、皆美は笑顔のまま固まった。

「人を罰するのは、爽快ですよね。私のためじゃない──」
 と麗華が冷静に言うと、皆美はようやく笑顔が解けて、
「正しい。そう。ストレス解消…。
 でもいいじゃない! それであの女が痛い目に会うなら!
 浮気されてるクセに正論吐いてバカみたい!」

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 そう言うと皆美は泣き出して、
「有島さんといると苦しくなっちゃうの。
 やさしくて子煩悩なダンナさんがいて、私が愚痴ると、学級委員みたいに当たり前なこ
とエラそうに!
 “ダンナと話し合え” なんてわかってる!
 でも、自分といやいや結婚した人と話し合うのが怖いの!
 有島さんには、こんな気持ちわからないでしょ!
 わからないだろうね!」
 と言った。
 そして皆美は、今度は大きな声をあげて泣き始めた。

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「横山さんを傷つけていたならごめんなさい。
 きょうは失礼します」

 と言って麗華が子供を抱いて帰ろうとすると、玄関のところで途中から二人の話を聞い
ていた皆美の夫と出食わし、黙って会釈して別れた。
 麗華が帰った後も、皆美は大声で泣き続けていた。

 部屋を出た麗華の頭の中で
「学級委員みたいに当たり前なことエラそうに!」
 と言った皆美の言葉がこだまする。



 皆美はきっと今まで、“夫は自分といやいや結婚した” という考えにずっと苦しめられてきたのだろう。誰にも心のわだかまりを伝えられないまま孤独な結婚生活を送ってきた。
 だから友達が欲しかったし、やっとできた “友達”の麗華のために美都を懲らしめることで自分の心を満たしたかった。

 自分が夫もママ友もいる いっぱしの奥さんであること、友達にお菓子のおすそ分けをしたり、子供のおもちゃを譲ったり、自分の部屋に上がってもらったりする、ごく普通の世間的な暮らしをする主婦であることが、皆美にとっては大切に思えたに違いない。*注1
 それが押し付けがましい態度だったとしても、自己満足のための “ままごと” だったと
しても、皆美の心の充足のためにはそれが必要だった。

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 不倫した美都を罰したことは、麗華が言うように皆美自身のためでありストレス解消のためだったかもしれないが、なにより麗華という“友達”が自分の世界に関わっているという 仮りそめの充足感が皆美にとっては必要だったのだと思う。

 夫との関係や、自分を孤独と感じる気持ちが解消されないかぎり、たとえどんな振る舞いをしたとしても、本当のストレス解消になんてならないだろう。
 それはきっと皆美自身も知っていて、知っているからこそ麗華のことを責めたんだと思う。
 正論をふりかざして自分が作った “仮りそめの生活”を壊さないでくれと。



 さて、皆美の部屋は、マンガ本がたくさん並んだいわゆるオタクっぽい部屋になっていたが、それも皆美の人間関係を築く上での不器用さを物語る要素として用意されたものかもしれない。

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 ただ私たちは、単純に“マンガ本がたくさん”と思ってしまうのだが、
 皆美を演じる中川翔子が、皆美の部屋について書いた文章を見ると、

「生活感あふれる雑多な感じ う〜ん ギャルズとかふしぎ遊戯とかスラムダンクとかダイの大冒険とかある、ジャンプ、なかよし、りぼん、ガンガンあたりで育った気配ある。
 横山皆美さん宛てのサイン色紙に注目」
(『しょこたんぶろぐ』2017年6月14日付「みなみのおへや」より)

 と書いていて、さすがに蔵書に関する考察も鋭い。



 さて、第9話では、結局美都は涼太とのマンションを出て、新しい部屋へ引っ越してしまうのだが、有島の子を妊娠したと思っていた美都が、じつは妊娠していなかったことが最後にわかってしまう。
 美都は力なく新居の畳の上に寝転んで、
「選ばれなかった。私は選ばれなかった」
 と心でつぶやく。美都の母
(麻生祐未)が “子供は親を選んで生まれてくる”と言ったからだ。

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 そして、
 美都のお腹の子を自分の子として育てると言った涼太に対しては、
「私を唯一選んだ人──父親になりそこねたね」
 とつぶやいた。

 また、有島が帰宅すると家には誰もいない。
 テーブルの上には「実家に戻ります」と書いた麗華のメモが残されていた。


 次回最終話に向けて事態は急転回。
 まぁ結局、中終盤については全然書かなかった『あなそれ』だけど、普通に面白かったと思うし、普通の人間の怖さを存分に描いていたと思うこの「問題作」。
 バカみたいな世間のバッシングが虚しく思えるほど、ストーリーの重心が二転三転する抜群の面白さだったと思うんだけどなぁ。

 ということで最終話!
 まぁるくおさまるのかねー?

 全然想像つかないけど、今日はここらで ごきげんよう。



 *注1) もっとも、そういう世間一般の習わしは、皆美の本来の価値観からすれば、真に価値のあるものではなかったと推察されるが。(2017年6月25日追記)

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 吉岡里帆主演の映画『ハッピーウエディング』(2015年、片島章三監督作品)は、彼女がまだ無名だった頃の2014年に撮影され、そのままお蔵入りとなっていた作品で、2016年11月になってようやく東京と横浜の2つの映画館で劇場公開されたものだ。*注1
 今回、6月10日に地上波のKBS京都で放送されたので、私も見ることができた。




 吉岡里帆が演じたのは、新米ウエディングプランナーの相川愛子。
 
 小さい頃に従姉妹の結婚式に出席して以来、“結婚式を作る仕事”に憧れ、式場を運営する「オールハピネス株式会社」の採用試験を受けるが、一次面接で落とされる。

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 しかし、ひょんなことから事情を知ったオールハピネスの会長(ミッキー・カーチス)に
人柄を見込まれて、補欠入社する(愛子は会長のお陰で入社できたことを知らない)。


 愛子は、物事を深く考えないところがあり、仕事でもドジは踏むけれど、何事にも一生懸命なのが取り柄だった。
 職場へは毎日自転車で通勤する庶民的なキャラクター。
 実家は横浜で三代続いている釣り船屋で、遅刻しそうになれば、ボサボサの髪のままト
ースト1枚を持って、父親(菅原大吉)の釣り船に自転車ごと乗せてもらい、近道して出勤する。釣り船のお客とは みんな顔見知りだ。

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 しかし、愛子は入社半年目に大きな失敗を犯してしまう。
 いったんはクビを覚悟した愛子だったが、そこは会長の肝煎りということもあって、上
司は愛子の退職を慰留。
 “結婚式をもう一度勉強してこい” ということになり、式場内の各部署を巡って、その道のプロたちの仕事を見習いながら、相変わらずのドジを重ねる毎日を送っていた。

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 吉岡里帆が自身のキャラを地で行くようなヒロイン愛子であるが、
 ただ庶民的で屈託のない明るいキャラというだけなら、よくあるパターンだし、他の役者でも充
分こなせる役だと思う。
 でも吉岡里帆が演じる愛子のいいところは、設定としての人となりだけでなく、映画で
あればこそのフィクショナルで型破りな行動力の部分まで、吉岡里帆が素のイメージで通しているような気分になれるところだ。

 もちろんこれは吉岡里帆がブレイクした今だから言えることかもしれないが、あの謙虚さの奥に隠し持っているだろう問答無用な大胆さや、見た目の印象では計り知れない常識との微妙なミスマッチといったものが、演技の中にも度々顔を覗かせるのだ。


 “入社半年目の失敗” を早速ネタバレしてしまうことになるが、
 映画の冒頭、マリッジブルーに陥った花嫁を(良かれと思って)式場から拉致する場面で見せた愛子の強引さ ──あれは吉岡里帆その人の性格の延長線上にあるものだ。

 花嫁(奥村佳恵)と一緒にタクシーに乗り込んで逃走する愛子の、まだ興奮冷めやらぬこの表情(↓)を見よ! 縄張り争いで敵を追い払った後の猫のようではないか。

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 このあと花嫁から
「来てくれたん? そやけど こんなことして大丈夫なん?」
 と訊かれて言ったのが
「はい! 花嫁様のしあわせが一番ですから
 という あの迷ゼリフだ。


 愛子の上司の支配人(大谷亮介)は 会長のところへ行き、
 相川愛子は熱くなりすぎて理想と現実の区別がつかなくなるのでウエディングプランナ
ーの仕事には無理があると進言するが、
 会長は
「現実ばかりを受け容れてる社員なんて面白くもなんともないだろう! だって俺たちは
さぁ、夢を売る商売だ。
 まぁもう少し待っててみろよ。必ず面白いことをやるから。
 なにせあのコには愛があふれてるから…」

 と言うのだった。


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 その会長の前に相川愛子が初めて姿を現した場面は、この映画の中でいちばんの見せ場の一つだったと思う。
 ジャズバーで演奏に興じる老紳士の前に、就活用のスーツを着た愛子が突然繰り出
して、声をあげながら曲に合わせて踊りだす。もちろんその老紳士が、面接で自分を落とした会社の会長だとは知るはずもない。
 不採用の通知を受けた直後だから、かなりヤケクソ気味に派手に踊りまくるのだが、そ
の一幕がとてもよかった。


 極私的に言わせてもらえば、
 この映画のいちばんの肝は、ヒロインを演じる吉岡里帆の、動きが見たい、表情が見
たい、言葉が聞きたい、と観客に思わせる役者としての魅力だ。

 それは演技というより、前演技的な要素には違いないが、観客は演技指導者ではないのだから、純粋な演技の技能ではなく、思わず目を耳を引き寄せられるような人間のアピールを期待して作品を見ているはずだ。
 演技の源泉として、吉岡里帆は観客を煽情する力を持っている。
 その必然の結果としてあるのが、現在のブレイクだ。


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 映画後半では、ウエディングプランナーの愛子のもとを越田という婦人(阿部朋子)が訪ねてくる。
 その越田の娘・玲花(長谷部瞳)は近々結婚するのだが、娘は結婚式を挙げないつもりだ
という。

 愛子は、娘の花嫁姿が見たいという玲花の母に
「やりましょう、結婚式。私にお任せください!」
 と宣言する。

 愛子は、結婚式を挙げましょうと直接玲花を説得するが、あっさりと断られてしまう。
 玲花の父・泰男(山中敦史)にも会って話をするが、父親も式を挙げることには反対だっ
た。

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 この時点では全く実現不可能に思えた玲花の結婚式だったが、事態は思わぬ方向へ進み始める。
 越田親子が抱える事情とは? 玲花の結婚式は実現できるのか?
 
 「愛があふれてる」とまで会長に言わしめた愛子が、職場の仲間たちと力を合わせ、ちょっとした(?)裏技まで使って実現させた夢の形は、誰もが想像していなかったものだった。
 きっと愛子自身、最初はこんなことになるなんて思いもしなかっただろう。



 映画『ハッピーウエディング』は、結婚式の夢を描いた物語だが、それと同時に 理想を実現しようと努力する人間の強さを描いた物語でもある。

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 ウエディングプランナーは数多くある生き方の一つであるにすぎないけれど、既存の価値観に捕らわれず、目の前の現実を見据えた上で、自分に何ができるのかを考え、理想を目指して、人の心を動かし 世界を変えていく人間の姿を見るのは、悪くはないものだ。
 そしてその原動力が愛であれば、きっと多くの人が幸せになれることだろう。
 この世界から、人の心から、夢と希望が消えてしまわないよう、相川愛子には これからも愛にあふれた生き方を続けてほしいと思う。



 *注1) もともとブライダル業界向けの試写のためだけに製作された映画で、一般向けに公開される予定はなかったらしい。
 映画完成後の打ち上げの席で、吉岡里帆は「仕事を頑張って有名になって、この映画を絶対に上映します」と宣言したという(←2016年11月7日付『withnews』の記事を参照した)。(2017年6月21日追記)

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 さまざまな思想、あるいは理想や正義と呼ばれる「観念」に、人間は時として取り憑かれてしまうことがある。

 Jungle Smile『翔べ! イカロス』(2000年2月)には、そうした観念に取り憑かれた人間の、ひとつの生き様が描かれている。



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(画像↑をクリックすると、大きな別窓で動画が開きます)



   イカロスは羽ばたいたよ
   ひとり風を受けて
   卑怯と呼ばれても 羽ばたいたよ
   死ぬとわかってても…

   光に続く階段を 僕らは見てしまった
   気づけば闇に とりつかれている
   自分を守るためになら なんだってしたんだよ

   仲間を裏切っても 目を伏せて生き延びている

   七色の光が錆びついた翼を
   溶かすように刺すよ
   進むほどに…

   どこまでも続く道の先で何を見るの
   僕ら乗せて行く時代(とき)の風に 心ゆだねている
   行き着いたその場所には 何が待っているの
   たどりつけなくても 幻でも 僕らは行くしかない
                 僕らは行くしかない


   僕が声まで失って 落ちぶれた時に
   同じように君を抱けるかな…
   いっそここでこの翼を切り落としてほしい
   それでふたり永遠(とわ)になれるなら

   君を奪う影が 僕を狂気に変えて
   ふたり引き裂くよ
   愛しすぎて…

   どこまでも続く道の先で何を見るの
   僕ら乗せて行く時代(とき)の風に 心ゆだねている
   行き着いたその場所には 何が待っているの
   たとえ別れでも 絶望でも 僕らは行くしかない

   イカロスは羽ばたいたよ
   ひとり風を受けて
   卑怯と呼ばれても 羽ばたいたよ
   死ぬとわかってても…

   果てしない闇の中で僕らは愛を知るよ
   翼が折れても 風が止んでも
   この手を離さないで
   すべて失っても
   僕らは行くしかない
   僕らは行くしかない




 Jungle Smileの代表的な作品とも言える『おなじ星』(1998年)や『翔べ! イカロス』といった曲を聴くと、そこに登場する主人公たちにとって、この現実世界は、いつも極めて不寛容で居心地が悪く、大きな苦難に満ちた場所であるということに 誰もが気づくことと思う。

 『翔べ! イカロス』の中で、「果てしない闇」と表現されているものが、おそらくこの現実世界なのだろう。



 本作『翔べ! イカロス』では、鳥の羽根を蝋で固めて作った翼で 太陽に向けて飛び立ち、熱で翼を溶かされて堕ちて死んだというギリシア神話のイカロスの姿と、自分たちの生き様を重ね合わせながら、目的さえ定かでない場所を目指す主人公たちの破滅的な志向と、そこに見出だされる悲壮な愛が歌われている。



  光に続く階段を 僕らは見てしまった
  気づけば闇に とりつかれている

 ある時、彼らは「光に続く階段」を見てしまう。
 それは彼らにとっての理想や正義との出会いだったのかもしれない。

 「気づけば闇に とりつかれている」というのは、
 実際に客観的な世界のあり方が変化したわけではなく、
 「光に続く階段」を見たことが、現実世界を生きる自分たちの生き様をあら
ためて自覚するきっかけになったことの表現だと捉えるべきだろう。


  自分を守るためになら なんだってしたんだよ
  仲間を裏切っても 目を伏せて生き延びている

 これも、「光」を見てしまった後の生き方ではなく、
 今まで気づかずに生きてきた彼ら自身の人生を後悔と共に振り返った時の言葉であり、おそらくは汚辱にまみれた忌まわしい過去として語られたものだと思う。

 生き延びるために尽くしてきた努力が、実は彼ら自身の “世界”を失わせる行為の積み重ねにすぎなかったことに、彼ら自身が気づいてしまったのだ。



 作家で評論家の笠井潔『テロルの現象学』(1984年、作品社)という著書の中で、
「人間が観念的な存在だというのは、世界喪失の経験こそが人間を定義することのいいかえであるにすぎない。」と主張し、
 物質的な貧困や差別された体験、あるいはある種の戦争体験といったものを契機に、よりラディカルに世界喪失の経験を感受してしまう型の人間が存在することを指摘している。

 そして、
「全的に世界を喪失してしまった人間は、既に破滅を強いられた存在である。ただ彼には、ゆるやかな、窒息するような破滅か、急激で劇的な破滅かの選択しか残されてはいない。
 完全に世界を喪った者にとって、生の一瞬一瞬が世界喪失の追体験であり、間断のない苦痛であり、受苦である。
 彼は、世界をリアルなものと感じることができず、苦痛を分厚い生の存在感のなかで現実的に受容することもできない。
 世界はいつも、他者たちのよそよそしい世界であり、彼はそこから永遠に追放されている。」
 と述べている。
(改行は引用者による。原文は改行なし。以下も同じ)

 さらに笠井は語る。
「彼は喪失した全世界を奪い返すこと、真実の自己回復、究極の自己救済を夢想する。そして発見される自己回復、自己救済のための方法は、世界の観念的な私所有に他ならない。(中略)
 正義という観念が不正と虚偽に満ちた世界にとってかわる。理想という観念が世界の現実にとってかわる。彼は、受苦的な現実を観念において解消しようとするのである。」

 つまり、「全的に世界を喪失してしまった人間」が正義や理想といった「観念」を追求し、奪われた世界を回復しようと企図するのは、彼にとっての必然だというのだ。




 『翔べ! イカロス』に登場する「僕ら」は、べつに貧困や差別といった定型的な特異体験をしたわけではないかもしれない。しかし私たちが生きている社会では、ごく当たり前な日常の中に、人間が疎外され抑圧される要素が数多く存在している。
 作中の彼らもまた、宿命的に「既に破滅を強いられた存在」と言えるかもしれない。


 上に引用した笠井潔の著書は、「よりラディカルに世界喪失の経験を感受してしまう型の人間」に対して批判的な論調の内容となってはいるが、何らかの形をとった “世界喪失”は誰もが経験することだと思うし、鋭敏な感受性ゆえに世界からの疎外感をより強く受け止めてしまう本作の登場人物の生き様に、幾ばくかの共感を持つ人も おそらく少なくないはずだ。


 彼らは、自分たちが生きてきた現実世界のことを「果てしない闇」と呼んだ。
 そして彼らは、その「果てしない闇」の中で愛を知るという。


  行き着いたその場所には 何が待っているの
  たとえ別れでも 絶望でも 僕らは行くしかない

 彼らが目指している「光」が何を意味するのか、それは彼らにもわからない。
 しかし、その「光」が愛そのものとは無縁な存在であり、むしろそれが自分たちを引き裂
くものであるかもしれないことを 彼らは知っているのだ。


 ギリシア神話のイカロスの逸話は、人間の傲慢さを象徴したものとも、勇気を讃えたものとも言われるが、自分たちをイカロスに重ね合わせた『翔べ! イカロス』のふたりは、周囲が彼らをどう評価しようとも、もはや宿命的に破滅を強いられた存在だ。
 そして、彼らの愛もまた、彼らを疎外し続けた生活現実に癒しをもたらすこともなく、彼らを破
滅の道へと導くように互いを硬く結びつけている。


 現実と幻想の間で 破滅と愛を夢想する『翔べ! イカロス』は、現代を生きる私たちに対して、最も過激にして甘美、そして最も絶望的に純粋な生き方を呈示している




この動画(↑)は、Jungle Smileが活動休止中の2012年3月、高木郁乃の歌唱による『翔べ! イカロス』。



・『翔べ! イカロス』作詞:高木郁乃、作曲・編曲:吉田ゐさお

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 NHK大阪放送局の平日夕方6時10分からのローカルニュース番組『ニュースほっと関西』も、4月からキャスターの顔ぶれが変わり、すっかり落ち着いた雰囲気になりましたね。

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 4月からの新キャスター、近田雄一アナウンサー石橋亜紗アナウンサーです。


 気象情報のコーナーは、前年度から引き続き気象予報士の坂下恵理さんが担当しています。
 6月2日(金)の放送では、大阪放送局前からの中継がありました。
 この日は風があり、半袖だと肌寒いくらいだったようです。

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 さて、ここで問題です。6月4日は「虫の日」なのですが…
「そこでこの漢字! ある虫なんですが、何と読むでしょうか?」

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石橋アナ「ヤゴとかしか浮かばないんですけど…」
近田アナ「タガメ!」
坂下さん「正解は、“あめんぼ” でしたー! 皆さん読めましたでしょうか」


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 そして、番組終盤の気象情報のコーナー、今度はスタジオから。
 外は綺麗な夕陽です。

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 さて、週間予報では6月7日(水)に傘マークが付いていて、
もしかしたら近畿地方の梅雨入りがあるかもしれないとのこと。
 ただし その場合、木曜日・金曜日は晴れで、さっそく梅雨の中休みになってしまうか
もしれません。

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 ただ、もし7日(水)に梅雨入りがない場合、近畿の梅雨入りは10日(土)以降ということになりそう……とのことです。


 予報が終わったあと、坂下さんは再び「水馬(あめんぼ)」のボードを出してきて、
「まだ問題に続きがありました。
 水馬(あめんぼ)の名前の由来は何でしょう?

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 1.雨の時期に見られる
 2.前脚が編み棒みたい
 3.飴のようなにおいがする
  さあ、どれでしょうか?」
 と、もう一度出題です。

 ここで石橋アナは
「6月に入ってこの問題出すってことはぁ、1…?」
 と自信なさげな答え。
 で、
「まぁ、ね、普通にいったら、そうですよね」
 と坂下さんが言ったところで、突然 画面の外にいた近田アナが手をあげて答えます。

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近田アナ「3番!」

「3番はないでしょう」
と言う石橋アナでしたが、

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イメージ 10 正解は、なんと3番!

「捕まえると水飴のような匂いがするから “あめんぼ” というそうです」
 と坂下さんが説明します。



 番組ラストになって、
「漢字わからなかったんですけど、匂いがするっていうのは知ってたんです」
 と話す近田アナ。
 さらに たたみかけるように
「ちなみにタガメも、オスは繁殖期になると青リンゴのような甘〜いホントにいい香り
がするんで、なかなかいないですけど、見つけたら嗅いでみてください」
 とウンチクを語る近田アナウンサー。

 そのあまりにマニアックな情報に、思わず “満面の失笑” を浮かべる坂下気象予報士。

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 そして 近田アナの
「では、よい週末をー」
 の声とともに番組はそのまま終了しました。

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 近田雄一アナウンサーの鉄道好きは有名みたいですが、
 番組HPのプロフィールに書かれた趣味・特技が
「鉄道、史跡巡り、虫探し、ゲーム(RPG)、演劇・落語鑑賞」というだけあって、何気に博識でマニアックですよねー。

 これからも、そんなビックリ豆知識が番組の中でどんどん披露されていくのかもしれません。

 『ニュースほっと関西』のあなどれない新キャスター陣の今後の活躍に期待しつつ、きょうはこのあたりで失礼したいと思います。

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 NHKドラマ10『ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜』第七話「話せなかった思い」を見た。


 第七話の冒頭、鳩子(多部未華子)は「むぎカフェ」の店長・守景(上地雄輔)から、彼の妻が死んだ時のことを打ち明けられる。
 守景の妻は3年前、娘の陽菜(新津ちせ)を連れてスーパーに買い物に行った時、何の面
識もない男に突然刺されて死んだのだ。

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 陽菜は無事だったが、その時の記憶が残っているのか、今でもスーパーの話をすると、陽菜は怖がるという。
 そういえば以前、鳩子が “今からスーパーへ行く”と何気なく話すと、
「スーパー行くの? だいじょうぶ?」
 と陽菜は怯えたように尋ねていた。

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 鳩子は、想像もしなかった守景の過去を知り、言葉を失う。



 旧暦の2月3日(今年は2月28日)に行なう手紙供養のために、ツバキ文具店には全国からたくさんの手紙が届き始めていた。

 そんな頃、手紙の代書を依頼する女性(平山さとみ)が来店し、絶縁状を書いてほしいと鳩子に告げる。
 その客は名前を名乗らず、差出人は「元・姉より」と書いてくれればいいと話した。

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 絶縁したい相手の女性とは、周りから姉妹のようだと言われるほど仲の良い大親友だったというが、その仲を「斧でぶった切ってほしい」とその客は鳩子に言ったのだ。


 その客 “匿名さん”の気迫に負けて、いったんは代書を引き受けた鳩子だったが、「誰かの幸せのために役に立ちたい」というのが代書屋の心意気だと考えていた鳩子は、
(それなのに相手を傷つけるような手紙をあえて書く必要があるのだろうか)
 と思い、今回の仕事に戸惑いを覚えるのだった。

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 たまたま訪ねてきたバーバラ婦人(江波杏子)にそのことを訊いてみると、バーバラ婦人は
「絶縁するっていうのは、それだけ相手に執着があるっていうことよね」
 と言う。
「見方を変えれば、絶縁も愛情の証しかもしれない」
 とバーバラ婦人は言った。

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 それを聞いた鳩子は、先代の祖母のことを思い出す。
 祖母のことに嫌気がさして自分が家を飛び出したのも、一種の絶縁みたいなものだったと鳩子
は思った。


 絶縁状のことで悩む鳩子のもとを、ある日、以前から鳩子のことを探し回っていたらしい “怪しい外国人” (鳩子がミスターXと呼ぶ男)が訪ねてくる。

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 その外国人(アレックス・JD)は、アンニョロという名のイタリア人だった。
 アンニョロの日本人の母・静子と 鳩子の祖母・カシ子はペンフレンドだったらしく、彼はカ
シ子が母に向けて書いたたくさんの手紙を鳩子に渡すよう 母から頼まれて日本にやって来たのだった。

 手紙には鳩子のことばかり書かれているとアンニョロは言ったが、鳩子は先代の手紙をすぐには読む気になれなかった。



 また別の時、出版社に勤める鳩子の元カレの武田(松澤傑)が訪ねてきて、作家の竜崎先生にまた逃げられたと愚痴をこぼしたが、ちょうどそこへ男爵(奥田瑛二)が現れる。

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 男爵の姿を見た武田は驚いて、「竜崎先生!」と呼んだ。
 “高台に住んでいるお金持ち”というくらいにしか町の人たちにも知られてなかった男
爵の正体が、じつは作家の竜崎彦馬だったとは 鳩子にとっても驚きの事実だった。



 後日 鳩子は、絶縁状を依頼した客に電話をかけ、依頼を断りたいと申し出た。
 再び来店した女性に鳩子は、
「親友だった方に絶縁状なんて出してしまったら、“匿名さん”が幸せになれないような気がして…」
 と話す。
 依頼主が好きでなくても、相手が依頼主のことを好きだったら絶対に傷つくはずだと言う鳩子に対して、依頼主である客は
「それって、片想いってこと? 片想いは上手くいかないに決まってるじゃない!」
 と言い、
「あの女は、陰ではずっと私のことを嫌ってたの。親友のふりして。
 あの女は自分に嘘をついて生きてきたの。私のこと嫌いなら嫌いって、はっきり言って
くれればよかったのに!」
 と怒りを顕わにした。

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 自分の心をごまかし続けていれは、今までどおりの関係は続けられるかもしれないが、
もうごまかすのはイヤだと、その客は言った。今のままでは、あの女だって幸せにはなれない、と。


 結局、鳩子は代書を引き受けることになるが、どう書いていいのか迷っていた。
 そこへ いつものように守景の娘の陽菜から手紙が届く。
 ひらがなをまだちゃんと覚えていない陽菜は、いつもところどころ左右
が逆になった字を書いていた。

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「鏡文字…。これだ!」
 と鳩子は閃く。

「 “匿名さん”の裏返った想いは、こうでもしなければ表現できない」
 鳩子はそう考えた。

 鳩子は下書きした文章を、鏡を使って左右反転させて書き写し、それを羊皮紙に清書して絶縁状を書きあげた。



  これは、私からの絶縁状です。
   ……
  あなたのことが、好きでした。
  今も好きです。
  でも、嫌いです。
  私はあなたが、大嫌いです。
  もう後戻りは、できません。
   ……


 できあがった手紙の文面を見た依頼主の女性は、たいそう納得した様子で、
「これで私、前に進めるわ」
 と
少し涙ぐみながら鳩子に言った。



 苦心した絶縁状の代書も終わり、手紙供養の準備をしている時、観光ガイドの白川(高橋克典)がやって来て、母が亡くなったと告げる。
 鳩子は、亡き夫からの手紙を待ち続けていた白川の母のために、夫からの最後の手紙を
代書したばかりだったのだ(第六話)。

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 白川は、父が母に向けて送ったたくさんの手紙を、手紙供養のお焚き上げの際に焼いて
くれるよう鳩子に頼んだ。


 また、お焚き上げの最中、隣家のバーバラ婦人が、一緒に焼いてほしいと言って1枚の封筒を持ってきた。中身は、ずっと前に亡くなった自分の娘の髪の毛だという。
 バーバラ婦人は
「いつかは思い切らないと、前に進めないでしょ」
 と言って、封筒を火の中に投げ入れた。

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 鳩子は
(みんな、心に刺さって抜けないトゲがある。それは、私にとっては先代なんだ)
 と思い、ようやく先代の手紙を読むことにした。



 先代の手紙──
 最初の頃のものは、まだ幼い鳩子を慈しむ内容の手紙だった。
 鳩子のおやつに今お芋をふかしているところだとか、このあいだ鳩子が生まれて初めてチーズ
を食べたとか…。

(こんなくだけた調子の手紙を先代が書いていたことは驚きだ。
 この手紙には私の知らない先代がいる)

 と鳩子は思う。


 しかし、手紙は年が経つにつれ、鳩子との関係を憂うものが増えていく。
 代書屋になるための教育に反発する鳩子のことを嘆き、
「鳩子ならきっとわかってくれる。そんな甘えがあったのかもしれないですね」
 と打ち明けて、
「私は厳しくすることこそが愛情だと信じてきました。そのことが鳩子を長年にわたって苦しめてきたかと思うと、本当に心の底から情けなくなります」
 と綴っていた。

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 そして最後の手紙は、病院から一時帰宅して書いたものだった。
 そこで先代は告白していた。
 自分はずっと嘘をついてきたのだと。

 鳩子の母が家を出て行くとき、鳩子も一緒に連れて行こうとしたのだが、先代がそれを
させなかった。自分が一人になりたくないばかりに、娘の手から鳩子を引き離した。

 そもそも先祖代々続いたという代書屋の家業の話も、作り話だった。
 代書屋は先代がツバキ文具店で始めた仕事にすぎなかったが、鳩子は先代の嘘を素直な心で
信じたのだ。

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 今は心から鳩子に謝りたいと思っているが、どこにいるかさえもわからない。
 人生はままならないものだ。自分は何もなしえなかった。人生はあっという間だと、先
代は綴っていた。
 そして先代は自分の死を予期し、これが最後の手紙になるかもしれないと記していた。



 手紙を読み終えた鳩子は、
(どうしてわからなかったんだろう、先代の愛情を。
 自分の人生のすべてを捧げて、こんなにも私を愛してくれていたのに。私はそんな先代をひとりで死なせてしまったんだ)
 と後悔の念に駆られて、ひとり泣き続けた。

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 その日以来、鳩子はすっかり意気消沈してしまい、代書の仕事の依頼が来ても、まったく何も書けなくなってしまう。
(始めから私に代書屋の資格なんてなかったんだ。人の心を預かる資格なんて…)
 と憔悴しきった心で鳩子は思った。 


 ちょうどそんな時、鳩子は「むぎカフェ」の店長・守景から、陽菜を連れて鎌倉を離れ、実家に戻る
ことになったと告げられる。





 『ツバキ文具店』第七話を見て、私が思ったこと──。

 もし先代である祖母のカシ子が、イタリアに住むペンフレンドと 心の裡を綴った手紙のやりとりをしてなかったら、鳩子が祖母の本当の気持ちを知るすべはなかっただろう。

 鳩子は祖母とのわだかまりを解きたいという気持ちもあって祖母の手紙を読んだのだが
、結果的に じつは自分が祖母から深く愛されていということを知り、強い後悔と自責の念にさいなまれることになった。

 それほど強く自分を責める必要があるのだろうかと、正直私は思ってしまったのだが、鎌倉に戻ってすぐの鳩子ならいざ知らず、他人の気持ちに寄り添いながら代書屋の仕事を続けてきた今の鳩子にとっては、祖母の告白は心に重たく響くものになっていたのだと思う。


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 私はべつに、どんな家族にも嘘偽りのない愛情があるなどとは思っていない。
 むしろ逆に、肉親どうしの感情ほど、心底真剣に理解し合うのは難しい場合が多いので
はないかと思っている。

 先代が鳩子を母親から引き離したことや、代書屋の家業が代々続いてきたものだと嘘をついていたことを知ってもなお、鳩子が先代の心を思いやって、かえって自分を責めるような気持ちになったのを見ると、それはあまりにも自分の存在を卑下しすぎているように思えるが、結局それだけ鳩子はやさしい心の持ち主だったということなのだろう。


 今でこそ、SNSなどを通じて、自分の気持ちを文字にして書きとどめる人たちが増えてきてはいるものの、本当に正直な気持ちを表現できる場というのは、現在でも少ないのではないかと思う。

 ましてやドラマや小説のように、劇的に他人の本心を知り、それが自分の人生に大きな影響を与えるなどということは、きっといつの時代でも非常に稀有なことなのだと思う。


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 価値観や考え方は みんな人それぞれ違うのだと口では言いながら、その実は内面の多様性など少しも信じていない貧しい心の持ち主ばかりが世の中に幅をきかせているとすれば、誰の本心が明かされようと、何がどう明らかになろうと、一度人間の心に巣喰った他人に対する憎しみや侮蔑の感情はいつまでも変化することはないに違いない。


 だからこそ私たちは、たとえばこの鳩子のやさしい心に救いを求める。
 そして鳩子がその失意の中からどのようにして立ち上がるのか、それを見届けずにはいられないのだ。



なお、ドラマの中で鳩子が代筆した手紙の文面は、NHK『ツバキ文具店』公式サイトの「次回予告(次回・各回のあらすじ)」のコーナーで公開されている。

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