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ご存知マイケル・サンデル氏の著書。
大学講義をベースにまとめられた本とのことです。
 
過去の著名な哲学者たちの思想を概観でき、門戸の広い入門書的な
テキストとしても楽しめる著書ですが、全体を統一するテーマとして、
著者の関心領域である「正義とは何か」という枠の中で括られてしまっ
ているため、テーマの範囲を超えて各哲学者たちの思想が全面展開され
ることはありません。話の流れとしても、自身の立場であるコミュニタ
リアニズムの方向に収束されていってしまうため、思想の概観書として
は、やや物足りなさを感じるところがあるかも知れません。
 
 
 
序盤から早くもリバタリアンや功利主義の考え方についての紹介がなされ、行き過ぎた個人の自由に
ついて、特に自己所有権の無限適用や、費用便益分析に代表される全体的幸福の数値化など、市場
的な価値規範を社会のあらゆる方面に全面展開していく考え方について、その限界点や疑問点が提示
されています。
その後、議論の軸は、カントやロールズの道徳的正義のあり方に原点回帰。人間的価値や自由の源泉が、自然界の物理法則や因果律とは一線を画した、理性を持つ人格的尊厳にあることを確認した上で、その立場から社会的正義、特に分配の正義のあり方について、理論を再構成していきます。

分配の正義や公平性について、ロールズは、正義のあり方を名誉や徳、善といった価値との結びつき
から解放して、選択と合意に基づく徹底した平等主義を志向していますが、著者はアファーマティヴ・
アクションの問題点や、アリストテレスの厳格な実践と適性の目的論的正義論の視点を持ち込んで、
ロールズの価値中立的なリベラル思想の現実的な限界点を浮かび上がらせていきます。そして、そも
そも正義と権利の問題については、共同体が推奨する善や美徳、社会制度のそもそもの目的など、
本質的部分に関わる議論を避けて通ることはできない、通ることが非常に難しいものであると論駁し、
コミュニタリアンの共通善の論点へ話を展開させます。
 
しかし、このように、正義に先立って共同体としての美徳や善良な生活の中身を定義してしまう考え方は、魔女裁判に象徴されるように、個人の自由に対して抑圧的に働くという決定的な問題点を抱えています。この点に関して著者は、人間は、人生の物語の解釈の中で自己を位置づける存在であり、その物語を引き受ける限りにおいて、社会の立場と帰属に結びつけられた存在である、という折衷的な考え方を持ち出して、妥協を迫ります。
 

負荷なき自己か、位置ある自己か。
リベラリズムの寛容的な発想は、確かに道徳的倫理的本質についての熾烈な論争を中和する緩衝材とし
ての役割を果たしてきましたが、その一方で、自身の拠って立つ道徳的立場を巧妙に隠す欺瞞的なテクニックに過ぎないという批判もあるところです。二つの大戦を経た20世紀後半という時代には、価値の衝突から中立であろうとするリベラリズム哲学は、時代の緩衝材として確かに一定の役割を果たしてきました。
しかし、自由主義が社会のすみずみにまで浸透し、価値意識が逆転して無秩序の自由原理主義やグロー
バリズムが拡大するに至った現状においては、価値の本質に立ち返るコミュニタリアニズムの発想に新しい緩衝材としての役割が期待されるのかも知れません。
 
 
 
≪抜粋≫
公共の領域に入るにあたって道徳的・宗教的信条を忘れることを民主的国民に
求めるのは、寛容と相互の尊重を確保するための一法に見えるかもしれない。
だが、...達成不能な中立性を装いつつ重要な公的問題を決めるのは、反動
と反感をわざわざつくりだすようなものだ。本質的道徳問題に関与しない政治
をすれば、市民生活は貧弱になってしまう。偏狭で不寛容な道徳主義を招くこ
とにもなる。リベラル派が恐れて立ち入らないところに、原理主義者はずかずか
と入り込んでくるからだ。
 

『これからの「正義」の話をしよう ― いまを生き延びるための哲学』
                          マイケル・サンデル 2010年 (早川書房) 

閉じる コメント(8)

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今これ読んでるかた多いですよね〜〜。最初このタイトルみたときはトンデモ系に感じたんですが、至ってまじめに論じられてるようですね!機会があったら読みたいです^^

2010/12/2(木) 午後 11:58 チルネコ

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僕も最初は、手に取るのも気恥ずかしかったのですが、読み始めてみるとぐいぐいと引っ張って
いってくれますね。^^ きっと、著者の中でテーマがはっきりしているからなのだろうと思います。
こういう本が受けるのは、資本論や蟹工船が読まれるのと似た理由なのかな、と考えると、ちょっ
と複雑な気もしますが。。

2010/12/3(金) 午前 0:03 LaND

書店でよく見かけますね。「正義」って言葉は個人の立ち位置によって変化するので結局哲学的になってしまうんでしょうかね。日本人としては気恥ずかしさを感じてしまう言葉ですが、考える事は大事ですよね〜

2010/12/3(金) 午後 1:06 [ テラ ]

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この本を読んだ後、サンデル教授が東大で行った講義をテレビで見ました。
あの授業スタイル、哲学に対する楽しさや、考える楽しさを伝え、
それに今ではこっ恥ずかしさを感じる正義について改めて教えるものだと思っていましたが、
所詮は自説の押し付けに過ぎないことに唖然としました。
いや、本はまだいいんですよ。もうちょっと概論的な方がよかったとは思いますが。
東大で行った講義でも「あなたはリバタリアンですか?」の問いかけに驚いてしまいました。
あれじゃ何のために議論させているんだかわかりません。
自分の本を読んできていることを前提に、自説を展開させているだけなのですから。
大学生たちに熱く議論させる授業スタイルはとっても素晴らしいとは思うのですが、
講義を目にして(それまでハーバードでの講義は未見でした)
なんだか拍子抜けしてしまいました。
ともあれ、私の記事をTBさせてくださいね。

2010/12/3(金) 午後 2:22 [ 鉄平ちゃん ]

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>テラさん
日本では、深いところまで価値観を語り合うことにまだまだ抵抗感がありますよね。
正義のあり方を含めて、何が社会としてあるべき姿かを考えていける環境が育たないと、
文明国として今後ますますジリ貧になっても仕方ないのかも知れませんね。

2010/12/5(日) 午後 5:33 LaND

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>鉄平ちゃんさん
サンデル教授の東大講義番組、僕も終わりの方を少しだけ見ましたが、教授の念頭にある
着地点に誘導しているだけで、議論と呼べるような感じではなかったですね。発言した学生
も、教授の都合のいいようにカテゴライズされてしまって、不完全燃焼だったように感じられ
ました。本場ハーバードでの講義録の方は見ていないですが、大人数での講義では、あれが
限界なのかも知れませんね。
本の方も、コミュニタリアニズムというゴールに向けて論じられているという感じでしたね。
その分、流れがはっきりしていてわかりやすくはあったのですが。
過去の思想家たちの考え方を近年のトピックと絡めて概観できたのもありがたかったです。
もっと他に厚く論じてもいい部分があったようにも思いましたが、その辺りは、別の本で補う
しかないようです。 TBありがとうございました^^

2010/12/5(日) 午後 5:42 LaND

私も読んでみたわ

2010/12/28(火) 午後 10:16 naomi_shararan

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はじめまして。ご訪問ありがとうございます。

2010/12/29(水) 午後 11:27 LaND

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