鉄の表情ぎゃらりー

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新潟の名工・江川清宗

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こんばんは。

腹痛も回復し、フリマで上々の収穫品をゲットしてきたAlcesどんです。

その代わりにお財布が寒くなったとです。(苦笑)


さて二日も間が空いてしまいましたが、今日も一日に掲載した道具の中からまた一つ紹介してみたいと思います。


今回紹介するのは新潟の名工・江川清宗(本名:江川民蔵)の鉋です。

千代鶴だの石堂だのという有名工の名前は、大工道具ををあまり使わない方でも打ち刃物に興味がある方であれば、一度くらい聞いたことがあるかもしれませんが、江川清宗という名前はあまり知られていないのではないでしょうか。

しかしこの江川清宗の師匠・長谷川清広に始まる技術系統は、実は今日活躍されている他分野の有名工にも繋がるのです。


https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-68-91/new_alces/folder/7055/27/27437827/img_26_m?1452423367


これが江川清宗に関連した工人の系譜になります。


手道具や打ち刃物の愛好家の方は、この系譜の中に見慣れた名前を見つけられたかもしれませんね。

そう、剃刀鍛冶の第一人者である岩崎重義氏や、包丁鍛冶として有名な飯塚解房氏(作名重房)もこの系統に属するのです。

そのうえ若かりし頃の刀匠・天田昭次氏も鉋作りの指導を受けたということで、いよいよこの系統の重要性も高いものになりますね。

天田昭次氏は日本刀鍛錬伝習所の出身ですので、岩崎航介氏の後輩に当たり、ともに栗原彦三郎門下ということになりますが、終戦後刀剣作りだけでは生活してゆけなくなり、鉋製作にも励むことになりました。

その際に鉋作りを指導したのが長嶋宗則だったわけです。

長谷川清広から長嶋宗則に至るまでのこの系統は、その仕事内容の範囲から分類すると、一般的に野鍛冶のカテゴリーに収まると言えますが、その系譜が刀剣の人間国宝に繋がっていくとは希なことでしょうし、大変興味深いと思います。


この師弟関係の詳細は、ネット検索をかけると詳しく解説されている方のホームページがありますし、今回の本当のメインの話題は江川清宗についてですので、長嶋宗則より後の世代についての詳細な内容は省かせて頂き、話を江川清宗に絞っていこうと思います。(情報源の関係上、その弟子の長嶋宗則の話も多くなってしまいますが)


江川清宗について言及されている書籍は、私が見つけてこれたのは刀匠で人間国宝の天田明次氏の著書、「鉄と日本刀」くらいなのですが、氏に鉋製作を勧め指導をされた「長嶋宗則さん」(P240)という項目で僅かに触れられています。

これを以下に一部引用してみます。


《長島さんの刃物の師匠は、(新潟)県内の江川清宗という方です。この師匠のことを長島さんが「名人の中の名人」と言うのですから、大したものだったのでしょう。種類の違う鋼を10本ばかり並べておいて、小槌でコンコンと叩いただけで、これは鉈にいい、これは鉋だと、鋼ごとの最適な用途をたちどころに判別したそうです。昔の職人に学問のないのは当たり前ですが、それでいてコンピューターでも及ばないような勘が働くのですから驚きです。》


鋼に対する優れた鑑定眼を持っていた江川清宗ですが、その勘の鋭さは弟子であった長嶋宗則にも受け継がれたようで、長嶋氏は安来製鋼所で製造された鋼のなかでも、昭和10年〜11年製の桜ハガネが最高だと語り、その鋼を大事に使っていたそうです。

また長嶋氏については、書籍「刃物の見方」の著者で剃刀鍛冶として高名な岩崎航介氏も崇拝し、曲がらない包丁作りの名人として紹介されています。

包丁は作りたてこそ真っ直ぐでも、2〜3年も経つと鋼の側に曲がってくることが殆どです。

このように曲がることを屈(こご)むと言いますが、長嶋氏の作った包丁だけは何年経っても曲がらないというのです。


これらのことから、清広に始まるこの系統の職人達は、皆鋼の選別・熱処理などが、格段に上手かったということなのでしょう。

宗則については、その実力を遠く離れた九州地方でも高く評価されたようで、高級刃物として有名だったそうです。


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(写真上:実寸法55mm 写真下:実寸法69mm ともに江川清宗銘)


さて、ここで作品の方に注目してみましょう。


清宗は地元の顧客相手に下駄屋刃物を多く作っていたそうで、そのためか古物として出てくるのは下駄屋道具が殆どです。

たぶん、ある時期を境に下駄の需要が減少したことで、他に使い道の無い下駄屋道具ばかりが大量に残ったのでしょう。

しかし私が入手できたのは下駄屋道具ではなく、珍しい鉋の作品でした。

下駄屋道具とは違い、普通の平鉋は大工さんや建具屋さん、指物師の方などの仕事にも使われますので、実用の場が多い平鉋は使い切られてしまうことが多く、後世には残り難いのです。


この鉋の見所は何といっても刃味で、これがなかなかお目にかかれないくらい素晴らしいのです。

こんなこと文章で書いてみたところで、ブログをご覧頂いている方々に伝わるわけもありませんが、しかし上の下手な写真でも鋼の色が冴え渡っているのが分かるのではないでしょうか。

すごくいい加減な研ぎなのに、地金の青さと鋼の白さが際立ったコントラストを醸しています。


特に上の55mmの鉋については整形精度も素晴らしく、背中の抜きが深く薄手で、鋼回しも均一な厚みで見事な鋼の薄さです。

こちらの一枚は純粋な炭素鋼が使われているようで、火花試験で回転砥石に当てると綺麗なスパークが飛びました。

研いだ印象からすると、たぶん明治頃の輸入鋼ではないかと思いますが、非常に滑らかで下りやすい研ぎ味でしたので、玉鋼か現代鋼かの判断はできませんでした。

もしこれが玉鋼であるとしたら、歴史規模で考えてもトップクラスの実力と言って良さそうです。


一方の69mmの鉋の方は、刃味は55mmの方のと同様に素晴らしいものの、身がやや厚く、鍛接線も乱れているあたりに若干のヤボさがあります。

―が、刃味としてはこちらもかなり優秀ですので、実用的にもかなりの鋭さと持久力が期待できます。

こちらの鋼は種類としては炭素鋼に分類されそうなスパークが出ましたが、回転数を落とした状態の砥石に当てるとやや暗めで直線的なスパークになったので、焼入れ性が良くなるマンガンか何かの、耐久性の向上とは無関係な元素が添加されているのかも知れません。

最盛期には弟子の数は20名を数えたそうですし、もしかすると上の55mmの方は清宗本人が、下の69mmの鉋はその弟子筋が鍛った鉋なのかもしれませんね。


余談ですが、全盛期には大所帯だった清宗の工場も、終焉が近付くころにはやがて弟子達もいなくなり、おまけに経理を任せていた番頭に売り上げを持っていかれたことで、貧乏と病に苦しむ晩年となったそうです。

名人と言われる人種にありがちな仕事に一途な性格ゆえのことでしょうか・・・・・。

金勘定についてはどうもイマイチ意識が向かなかったようで、気の毒なことですね・・・・・。


イメージ 1


この鉋はヤフオクで落札しましたが、清宗の刻印以外にこれといって目立った刻印なども無いため、果たして本当に目当ての江川清宗の作品なのか、実物を手に取って見るまでは確信がありませんでした。

しかしこの背中の作りを見る限り典型的な新潟鉋なうえ、弟子の宗則の鉋にも作風が似ていますし、新潟に他に清宗の銘の鍛冶屋が見当たらないことから、目当ての江川清宗の鉋と断定して間違い無いと思います。

特に背中には綾目と呼ばれる独特な模様が刻まれており、この特徴は新潟出身鍛冶に見られるものです。

代表的な例としては清宗の師匠の長谷川清広の鉋も綾目の作品がありますし、確か弟子の宗則の鉋でも綾目の鉋を見たと思います。

そして新潟出身で東京に出た國弘や、長谷川廣貞なども、背中には綾目模様が刻まれます。


イメージ 2



この寸八(69mm)にも綾目の模様があります。

見え難いですが、鎬筋近くに綾目とも縄目ともつかない、55mmのとはまたちょっと違った綾目が刻まれています。


https://blogs.c.yimg.jp/res/blog-68-91/new_alces/folder/4615/77/27724177/img_23_m?1452174146


そうそう、それと清宗は近隣の職人を主な顧客としていて、そのため問屋相手の仕事はしていなかったそうです。

この寸八にはヤマ江の刻印も打たれていますが、問屋の刻印という可能性が無いとなると、この刻印の「江」の文字の意味は、江川清宗の名字の頭文字を意味している可能性が考えられます。(ヤマ〜といった刻印は通常問屋や道具屋の屋号が多いです)

出品者の地域が新潟だったことと、背中の綾目、そしてこのヤマ江の刻印が、この鉋の作者を推理する上での重要なヒントになってくれました。




今回の鉋は二つで2400円。

一個1200円なら資料として十分OKかな?

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このレベルになると トーシローの私などではよく理解出来る訳は無いのですが 良い刃物だというのは何と無く解ります
いい写真ですねぇ
本当は触って見たいと言うのが本音ですが 畏れ多くて憧れだけでイイです

2016/1/11(月) 午後 10:42 [ 2s305 ]

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2s305さんこんばんは、いつもコメント有り難うございます。
江川清宗、ホントに鋼の扱いが上手な方だったようですね〜。
ヘタクソな研ぎでも、写真写りはすごくイイです。(笑)
ネットから離れてリアルでお目に掛かれれば、どうぞどうぞ砥石に当ててみて下さい―ってところなんですけどね。
本当に研ぎやすくてイイ感触ですよ。

2016/1/12(火) 午後 6:00 あるけすさん


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