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こんばんは。 先日宣言したとおり、今日は今月6日に書いた三島の名工・宗近にまつわる話のなかで、書き損ねたエピソードを紹介してみます。 近年国内では、大企業の技術流出が頻繁に取り上げられていますね。 ニュースにもなった事例では、日本の企業に勤めていた人物が外国の企業に重要なデータの入った記録媒体を渡して逮捕されたような件が記憶に新しいですし、他にも退職した技術者を海外の企業が雇うことによる技術の流出なども珍しくないとか・・・・・。 このような話は一見すると、産業の高度化に伴って市場競争が激化し、技術的に劣勢な立場にある企業が高度な知的財産を狙って起きる問題のようにも見えますが、実はよくよく調べてみると、大企業という物が台頭する以前の職人間でも似たようなことが起きていた様子です。 明治の初期頃、江戸時代より代々刀鍛冶であった石堂家は、廃刀令により八代目石堂運寿是一(石堂寿永)の代で道具鍛冶に転向しますが、道具鍛冶として再出発した当初は農具作りは順調だったものの、鑿(ノミ)や鉋(カンナ)といった木工具作りでは、10点に1点ほどの割合で切れ味が良くないと苦情がきたそうで、思い通りの作品を作るのに苦労したようです。 刀鍛冶といえば、日本の打刃物について関心がある方はご存知の方も多いでしょうが、工業的に生産された現代鋼が流通する以前の伝統的な鋼材である「玉ハガネ」という素材を巧みに鍛える技術を有しており、日本の鍛冶業界の中では最も高度な技術集団の一つであると見なされています。 しかしそんな伝統素材の扱いに長け優れた刀剣類を作り出していた名工も、日々使用され厳しく切れ味を問われる木工具作りにおいては作刀の技術だけでは対応しきれなかったようで、木工具作りの分野で名工とされる國弘や義廣といった名工らの名声をしのぐことは容易ではありませんでした。 そんなある時、まさに道具作りにおいて目標とする名工・初代國弘の弟子の一人、宗近が國弘の許より独立します。 宗近は最終的には東海道・三島に仕事場を構え落ち着きますが、それまでにどこかでもう一修行でもしたかったのか、雇われ職人として石堂家で仕事をすることになります。 たぶん石堂家の側からすれば、まさに求めていた人材を迎え入れることは、刀鍛冶から道具鍛冶に転身してゆく過程ではそれこそ渡りに船だったでしょうし、宗近の側としても刀工として名声を誇る石堂家で、あわよくば作刀の技術を盗みたいと考えていたはずで、双方の思惑と利害が一致した結果だったのでしょう。 事実、石堂家の側に関しては確実に得る物を得ていたようで、当時まだ石堂家で修行をしていた千代鶴是秀は、宗近について「聞けば何でも教えてくれる優しい人柄であった」と語っていたそうです。 しかしこうなると当然、落ちるところから落ちるべくして雷が落ちることになります。 宗近が石堂家で働いているという噂はやがて國弘の耳にも届いたようで、國弘は石堂家に直に殴りこみ抗議をしたそうです。 現代でこそヘッドハンティングなんて開き直った言葉もまかり通っていますが、やはりやり方があまりに露骨すぎたために石堂寿永も有効な申し開きができなかったのか、結果的に宗近は石堂家を去ることになったようです。 職人の世界では「技術は教えられるものじゃねぇ、親方から盗むものだ!」なんて言われますが、それはつまり師弟関係に限定された話で、よそ様の技術をそのままパクるようなことはやっぱりNGだったみたいですね。(笑) そうそう、技術を盗むと言えば、次の記事で紹介する予定の鋸鍛冶の名工・仲や久作も、まだ焼き入れ方法を極めていなかった頃に、当時の別の名工・中屋平次郎の仕事場を訪問しようとしたタイミングで偶然に焼入れの技術を盗んだというエピソードが有名ですが、こちらはまた随分と大らかなもので、その後技術を身につけた久作はその技術の全てを公開し、「親方の技術を盗めないようなやつは、くたばった方がいい」とまで言い放っていたとの話もあります。 参考文献:土田昇著「千代鶴是秀」、鈴木俊昭著「日本の大工道具職人」 おまけ〜♪ 今回も写真を掲載した宗近の鑿ですが、ヤフオクで静岡の出品者の方から落札しました。 三島で活躍した名工ですのでまさにお土地柄!って感じですが、もう一つ地方色を感じさせる物があります。 それは口金で、全国的に一般的な口金からすると明らかに長い作りなのです。 また一般的な口金は板状の軟鉄をクルリと巻き鍛接により繋ぎますが、この手の口金は銅によるロウ付けというパターンが多いです。 この口金もまさに銅のロウ付けで繋いであり、よく見ると赤錆と紛らわしいような色の筋が雷状に通っているのが確認できます。 はたしてこのような特徴が本当に静岡辺りに限定された地方色なのかどうか、詳しい研究もされていなため立証も出来ませんが、このような作りの口金が静岡近辺の鑿に着いていることが比較的多く確認されているのは事実なようです。 それにしても、鑿柄は細く長い方が打撃力を無駄無く刃先に伝達させられるので、鑿を仕込む上では口金のスソはあまり広くない方が有り難いのですが、こうも口金が長いとスソが広くなって仕込が面倒くさい。 正直あまり有り難い仕様ではないですね。
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鑿(のみ)
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★BOO!さん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます♪
そうそう・・・・・というか、BOO!さんに差し上げたあの鑿ですが、
まさにこの宗近の鑿を落札した時に付いて来た鑿の内一本なのです。(笑)
2016/1/31(日) 午後 9:05
★2s305さん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます。
そうですね、でも袋小路に入り込んでしまった時とか、
ちょっとしたことでいいから、何かアドバイスを言ってくれれば良いのに・・・・・、
―と思うコトもありますし、難しいですね。
私は今は何かにつけ教わることばかりの立場なので気楽なものですが、
もし逆に教えるような立場になったら、どういうことまでを教えてイイものか、
相当に悩むことになるでしょう。
それと教えてもちゃんとやらない―というのもまた困った問題ですよね。
私の母も職場では似たような問題で頭を抱えるみたいです。
仕事の重要性というもの自体についてちゃんとした認識を持っていないと、
何を言っても右から左なんですよね。
2016/1/31(日) 午後 9:17
粋な話ですね。
職人とは、どの世界も厳しいもので昔は、特にその傾向が強かったんでしょうね。
うちの親分もいろいろと教えてくれますがスタンスがちょっと違い、オレのやり方を真似できるのならやってみろって感じで挑戦状を叩き付けてきます。
いろんな人がいるもんですね。
2016/2/1(月) 午前 8:22 [ ころんびあ ]
どの世界でも技術系は、教えても身に付かない盗んで繰り返しする以外ない様ですね(^^
2016/2/1(月) 午前 8:46 [ 仁淀の小鮎 ]
★ころんびあさん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます。
そうですね、技術を授ける側は弟子の遠い未来まで見通さないといけないし、
慎重になるゆえのことなのでしょうね。
作刀の焼き入れで、秘伝を知りたがった弟子が焼き入れ水槽に手を入れたところ、
安易な技術の盗み方にキレた師匠がその弟子の腕を切り落とした―といった、
今の時代からすると青ざめるようなことも大昔の刀工の話しにはありますね。
本当に職人の技術習得は、文字通り生きるか死ぬかの厳しさだったのでしょうね。
2016/2/2(火) 午後 11:52
★小鮎さん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます。
ハハハ、言葉で教えられてもいつも右から左の私は実感するところ大ですよ。(爆)
職人の中には秘伝は一代限りの物で、言葉は勿論、体感をもってしても、
他人の物はたとえ親子でも完全に伝えきることなんて不可能だと断じ、
ゆえに次の世代は自分なりに秘伝を再構築しないといけないと考える方もいます。
特に高度な技術ほど、個々人の試行錯誤がモノをいうということなのでしょうね。
2016/2/3(水) 午前 0:01
> あるけすさんさん
私の父親はマニュアルの旋盤(汎用とか普通旋盤ともいいます)の使い手なんですが 一緒に仕事をし始めた時に百年掛かっても追いつけないぞと思いました それでNC旋盤の方へ舵を切ったんです
人には持って生まれた才能の違いが厳然としてあります 自分で切り開いた道しか歩けないんですね 仕事は自分で覚えるしかありません
私のようなヘボでもその位のことは判ります その道の達人は悩みが深いと思います
2016/2/3(水) 午後 0:06 [ 2s305 ]
2s305さんこんばんは、いつもコメント有り難うございます。
どうやってもアレだけは真似できない・・・・・技術屋をやっていれば、
誰でもそういうことを経験することはありますよね。
いわば一種の超絶技巧といったところですが、才能ある人が努力してこそ為せる、
努力だけでは追いつけない領域のように感じますね。
人には皆自分に向いた分野があるし、技術系ではそれが特に顕著なだけに、
若い内に自分の得意な畑を開拓できるかどうかがが勝負ですし、
サポートする教育者も先見性が問われますね。
2016/2/3(水) 午後 11:42
こんばんは
突然 新参者が きまして、すみませんm(__)m
数年前から、砥取家さnの縁で ブログ いつも 見させてもらっていました。どうやっても あれはできない・・・、でもやってやる・・・と思って、忙しい最中の
現場で 少しやってみた・・・ その少しを するのに十数年が 経ったけれども、最近 おいら 出来たようなかんじ・・・です。でも、今は そのこと 教えてくれていたのか?と・・・、思う兄弟子は 静かに 墓の中で 静かに ねむってはります 合掌 チ〜ン m(__)m
2016/6/21(火) 午後 9:53 [ 国松 ]
国松さんこんばんは、初めまして!
いつも拙ブログをご覧頂いていたとのこと、有り難うございます。
その道の先達はどんな職業でも、ちょっと他の人間には真似できないような技を持っているって話は色々な方々からよく耳にしますね。
ある料理人さんの兄弟子さんは尺一もある柳刃包丁をペンのようにブンブン回していて、二の腕まで傷だらけ。
それだけでもちょっと想像もできない話ですが、実用的な技術においても流石に他の人間にはマネできない包丁技を幾つも持っておられるとか。
私などはものの飲み込みが悪いので、前の世代から教わったことは頭が言葉として記憶していても、技術力が付いていかないために体感というものが得られず、そのまま記憶の引き出しに仕舞われてしまいますね。
精進を重ねた末、いつか亡き先達の教えの意味を悟る、職人として人としてなんだかカッコイイですね。
2016/6/21(火) 午後 11:21
おはよう ございます m(___)m
おいらにとって その兄弟子という人は、二人いまして
そのお二人は 腹違いの義兄弟で、熊本の人吉のかたたちなんですが、兄貴は 型枠大工が専門、弟さんが左官が専門でそれ一筋でやってはったらしいのですが、大阪へ腕試しに出てきたとのことでした。そのお二人は、銘々 それぞれの道を、歩きました。弟さんが仕事の関係で、
ある植木屋の親方と 顔見知りになり、植木屋の世界に
まず はいりました。そのあと、弟さんの口利きで 兄貴さんも 植木屋の世界に 入りました。それから、数年後には その親方さんは 南大阪造園協会の会長に就任。そのあと 数年後・・・、おいらが のこのこ そんなとことは 何も知らずに よその植木屋から 入りました。
そのよその植木屋では 小番頭ぐらいの位置でしたが、親方のあまりのけちんぼさに 愛想がつきて 辞めました。そんな感じで、ハア〜 ひぃ〜 ふぅ〜 へぇ・・
ほぉ・・・の職場の幕が 開きました・・・
本日は このへんで・・・ m(___)m
2016/6/22(水) 午前 8:03 [ 国松 ]
読きです・・・。今日は なにか 手持ち無沙汰な日になってしまって、また お邪魔しています m(__)m
転職して、入った時、造園2級施工管理技士の資格を もっていたのが、功を奏してか?、 「明日から、こい!」と、親方から 静かに 強い口調で 言われました。弟さんほうから、始めます。簡単ですが、エピソードをひとつ。庭の剪定時、植木鋏を使って木を切ると言いますが、ここの植木屋は「切る」とは言わず、「抜く」と言いました。忌み言葉の「切る」は、御法度でした。この兄弟子さんは、枝を抜くとき、抜くと決めた枝を捕まえたら、鋏をそこへ持っていく。手をそこへ持っていったら、あとは 手が パチンと仕事をしてくれるので、手を眼で見る必要はないとのことでした。パチンと手が仕事をしてる間に、眼は 別のしごとをします。
そうです。次に、抜く枝を 捕まえに見つけるのです。このことが、延々と 剪定が終わるまで 続きます。ほんのひとつのエピソードです(弟さんです)
m(__)m
2016/6/22(水) 午後 4:47 [ 国松 ]
またまた、読きの続きです m(__)m
兄さんは、抜いていいとこは 手を抜いて、 押さえるところはガッチリ押さえて 剪定を進めていくことが抜群に上手で 見事でした、家の人には なにもわかりません。しずかに仕事は進んでいきます。家の御主人が大切にしている樹木を 早く見つけて、それに 時間と手間をかけます、家の人が 剪定作業を眺めていたら、ここが見せ場とオーバーアクションで急に大声でおいらを怒ったり、叱りつけたりしてはりました。ところが、これが おっとどっこい、これは 兄さんとおいらの演出でやってるんです。これを見て、植木屋の世界も きびしいなぁ・・と
お父さんは思い、お母さんはわが息子にこの日の走り回って庭掃除してるおいらのことを話す。おいらと兄さんは
帰りに 御祝儀で頂いた日本酒一本を三人で 一本ずつ手に入れて、家路を急いだことは数知れず・・・でした
m(__)m 終わりです・・・
2016/6/22(水) 午後 7:42 [ 国松 ]
おまけの追加です m(__)m
そして、二人の兄弟子さんに、そのことを
伝えていたのが あのうるさいおやっさん(親方さん)だと 知った時は、 腰が抜けたようでした。木に水をあげるときも することは、 ただひとつ 黙って やって来て、黙って土を 人差し指で がさがさがさと かきまわし、「土に しみこむまで やれ!やったうちにはいるか〜、これぐらいで!」・・・、ほんとに うるさいうるさい親方でした。でもでも 大好きなんです、あの男の人・・・・・ m(__)m 長々と失礼しました。
2016/6/23(木) 午前 9:09 [ 国松 ]
国松さんこんばんは、面白い職人噺しを有り難うございます。
剪定職人さんの間では切るという言葉を避けるのですか、勉強になります。
手を抜けるところは程々に、手間を要するところには十二分に手を掛ける・・・・・。
どこの職人の世界でも、共通の仕事の効率化かもしれませんね。
近年では手を抜いてはいけないところまで手を抜いてしまう職人が多いのが困りものですが、上手な職人さんほど仕事の手間の掛け方とか、手間の掛かる工程とそうでない工程での消費時間の配分とか、そういったところのメリとハリがしっかりしているような気がします。
それと、新入りに対する教育の考え方も、今の現場は大分変わりつつあるのかもしれませんね。
昔の徒弟制では理不尽なことで叱られることが多かった反面、怒る側には何かしらの意図するところがあり、後々の仕事に役に立つと思ってのことでしたが、今の時代はそのように後進の教育・技能習得に真剣に取り組んでいる職場は少なくなっているような気がします。
ヘンなことで親方がやけに怒鳴ってくる!って文化(?)だけはワリといまだに見られる光景な気がしますが。(苦笑)
2016/6/23(木) 午後 9:28
> あるけすさんさん
この「水やり」のはなしには、まだ 続きがありまして・・・。或る日、そんなおいらを不憫に思ってか、お兄さんのほうの兄弟子さんが、言いました・・・、「おい、、あと30分ほどは、だいじょうぶや。ホースを置いとけ。あとは、勝手に ホースから でてくる水が 仕事をする・・・、わかるか? 水の仕事の邪魔をすると、水が機嫌が悪くなる・・、水の言うこと聞いとかないと えらい目に あわされるど!」・・・???でしたが(コソッ・・・と、耳打ちです。)、・・・でも 言うこと聞いて そのとおりにしました。25分ほどしたら、親方がやってきて ゆっ〜くぅ〜り 土を人差し指でかき回しました。 その指を 顔へもってくる。ニヤリとしてる。おいらは、それを見て いつもと違う・・・なんだ、こりゃ・・・??? そのあと、親方が やって来て、水のやり方が わかったみたいやな。それでええと言いまして
これでも飲めと言ってお酒を一本 いただきました。うまいうまいお酒でした m(____)m
2016/6/24(金) 午前 8:42 [ 国松 ]
国松さんお早うございます、いつもコメント有り難うございます。
ちょっと忙しくてお返事遅くなりスミマセン!
兄弟子さんの言うことを素直に聞き、それが結果的に上手かったということですね。
世の中にはせっかく意味のあるアドバイスをされても、生意気になって自分がいいと思ったようにしかやらない性格の方もいますし、本当に人それぞれですが、親方さんもそういう国松さんの周りに耳を傾ける様子を見て「よしよし」ってコトだったんでしょうね!
まぁ、仕事が出来るようになっても教わった方は何で上手く出来るようになったのか良く分からないままのこともありますから、そんな時にはどういう意味のあるアドバイスだったのか教えてくれたらな〜と思うんですが。(^_^;)
2016/7/2(土) 午前 7:08
そうですね・・・、
そのあたりのことは、ほんとに 微妙ですね
ひとつのことを聞いても、人によって
聞き方が違うようですね。
でも、おいらは そういう時、相手が わかるまで伝え続ける・・と いうことは、止めました。とくに、年齢の高い方には・・・、あとに 続く弟子を持つ人に言ってみりしたら・・・、弟子からボロクソに 冷たい仕返しが・・、馬鹿馬鹿しいことばかりです。これが 人生のひのき舞台に立っている人間たちの正体なのか・・・、
本日は この辺で・・・ m(____)m
2016/7/2(土) 午前 9:50 [ 国松 ]
そうですね、年齢の上の方の人にはちょっと・・・・・。
逆に幾つになられてもどんな人間の言うことにも耳を傾けられる方って、尊敬に値すると思います。
これは歳の高い若いは関係無いことですが、たとえ間違っていることに対してであっても、どれだけ他人の言うことに耳を傾けられるかが、その人の延びシロなのではないかな?と思うんです。
2016/7/2(土) 午後 1:14
> あるけすさんさん
いいお話しを ありがとうございました。よく考えてみますm(_____)m でも、世の中には 若くても
眼の座ってる人もいるなぁ・・・と思う時もあります。おいらには、子供が いないのですが、この人間、面白い人だなあ・・と、感じた若者がいました。自身で青砥の採掘もされてます。ブログもされてます。天然砥石の良い仲間、先輩もおられるようです。若いというのは いいもんですねと思うこの頃です。その名は”ごまちゃん”です
このへんで・・・・・ m(_____)m
2016/7/2(土) 午後 5:17 [ 国松 ]