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こんばんは、年が明けても相変わらず「貧乏暇無し」のAlcesどんです。 元日に掲載したぎゃらりーの中から、今日は延國さんの鉋を掲載してみます。 と言っても、この鉋とその作者についてあまり長々と文章を書きたくはないです。 というのも、この作者については多くの研究者が詳細な研究、評価をしているので、「改めて私ごときがうんちくを書き連ねる必要無くね?」ってコトで、イマイチ気が乗らないのです。 そんなわけで、何を書こうという方針も定まらないので、とりあえず師匠筋の作品と並べてみました。 千代鶴延國(本名:落合宇一)は明治28年の生まれで、出身地は静岡県の三島とされています。 そのため地元の職人であった、三島の宗次が弟子入先だったようです。 ・・・・・と、ここまで書いておいて、肝心の師匠・宗次の作品が無いとか、ツッコミどころ満載ですね。(苦笑) もちろん探してはいるのですよ!探してはいるのです。 なかなか都内では見つからないですが・・・・・。 ところで、延國は戦前の不景気な時代、なかなか鉋刃が売れず廃業を考えていた大正14年に、涌井商店に千代鶴是秀を紹介されます。 それ以来、正式な弟子ではないものの、言わば通い弟子のような格好で度々指導を受け続け、昭和22年11月、正式に千代鶴三代目を襲名するわけです。 そして昭和48年に隠居しますが、この活動時期からも察しが付くとおり、延國の使用鋼は現代鋼です。 師匠筋の初代國弘はと言うと徳川末期〜明治初期の工人で、国内には現代鋼は流通していない時代でしたから、当然その作品は全て玉鋼製だったわけですが、こうなってくると使用鋼の切り替えはいつ?誰の代で?という疑問が湧いてきますね。 幸いこの辺りは土田昇著「千代鶴是秀」にある程度詳しく掲載されているため、大方の想像が付き、どうやら玉鋼で道具を作っていたのは宗近の時代の後期までで、宗次の時代からは現代鋼で道具を作っていたと考えられます。 これにはあるエピソードが関係しています。 以前の記事に書いたように、宗次の師匠・宗近は國弘の許より独立した直後の一時期、石堂寿永の許で雇われ職人をしていましたが、この頃の面識によるものでしょう、千代鶴是秀の独立後、是秀の工房を訪ねて来たことがあったそうです。 この訪問がどのような経緯かは分かりませんが、当然職人らしい世間話にも花が咲いたようで、宗近は是秀に対し徐々に良質な玉鋼が枯渇しつつある状況を嘆いたそうですが、師匠寿永より海外から輸入される現代鋼を用いるよう遺言され、その訓えを頑なに守ることで名工としての地位を築いていた是秀は、宗近に手元に残されていた貰い物の玉鋼を贈呈しつつ、玉鋼に見切りを付け品質の良い現代鋼を用いるよう、アドバイスしたそうです。 品質的な部分は勿論のこと、生産性においても圧倒的な輸入鋼こそ、常に厳しく切れ味を問われる木工具作りにおいて最適な素材である。 ―これは石堂寿永の生涯で最大の研究成果として導き出された結論であり、千代鶴是秀や石堂秀一を当時を代表する名工の地位にまで高めたキーポイントでもあるわけですが、かつて寿永の許で同じ釜の飯を食べ修行した間柄であったことも、是秀に前述のアドバイスをさせた一因かもしれませんね。 この点で千代鶴是秀と宗近の関係は、一つ前の記事で紹介した長谷川廣貞の関係とは対照的であったと思います。 千代鶴是秀は長谷川廣貞の工房正面に飾られた玉鋼の塊を見た際、廣貞の玉鋼信仰をなんとなく嗅ぎ取り面会を断念したわけですから、会う人会う人全員に輸入鋼の優秀さを説いたわけではないはずで、やはり親しい間柄だったからこそ、かつての兄弟子格であった宗近に対してでも、鍛冶屋の仕事について踏み込んだ発言ができたのではないでしょうか。 ともあれ、このアドバイスを受けた宗近は、輸入鋼について恐らく真剣に検討したのでしょう。 宗次の作品で玉鋼の物が確認されていないという話も聞いていますし、恐らく宗近→宗次の代替わりの頃に使用鋼が変わったと考えて間違い無さそうです。 國弘や義廣のように木工具作りにおいて圧倒的な功績を残した名工も、時代が変わり世代が変わる中で名声は衰えてゆくことになりますが、一方で時代の流れに逆らわず早い時期から現代鋼への切り替えを成し遂げた宗近の系統は、やはり後代まで使用者に支持され続けたようで、宗次も東海道の名工として道具史に名を残しているようです。 延國が鑿鍛冶である宗次の許より独立し、地元ではなく他所で鉋鍛冶として活動してゆくにあたって、地元で親方の地盤を侵すわけには行かないという旨の発言をしていたことからも、当時まだ宗次が東海道で大きな存在感を示していた事が推察されます。 千三代 寛寿銘、商標問題で千代鶴銘を名乗れなかった頃の作品でしょうか・・・・・。 千代鶴と明記されていなかったためか、昨年末頃のフリマで1000円でした。 ところで値段と言えば、延國さんの鉋、銘柄によって当時販売価格に多少の上下があったようです。 これについてはネット上でその理由について、様々な憶測がされています。 要約すると, 「使用鋼とか、切れ味が違ったってコト?」 「延國さんが手を抜いた作品なんて造るわけ無いでしょ!失礼なコト言うな!」 ―って感じの流れです。(笑) 実はこれについて、ある程度明快な答えが存在します。 確かに延國は活動時期によって使用鋼が異なるため、色々な憶測をよびやすい部分はあります。 しかし問題は鋼の種類ではなく、地金の種類にバリエーションがあり、その差によって値段が上下していたそうなのです。 鋼については宗近→宗次の時代に変わりましたが、延國の活動時期にはすでに良質な和鉄も枯渇しつつあり、そのため延國は和鉄のストックが殆ど無く、輸入錬鉄や、時に極軟鉄の一種さえ用いたようで、数少ない和鉄の作品は千代鶴是秀に貰った物を大事に使い製作していたとのことです。 そしてこれらの地金の種類のバリエーションだけでなく、和鉄の質もまた均一ではないという問題があります。 つまり、全く欠点の無い最上質な物もあれば、一部に大きなヒビなどの傷が出た、使用上の問題は無いにしても最上質の物と同じ値段を付けるわけにはいかない「ワケ有り」の物もあるので、当然その作品にも値段の上下が生じてしまうのです。 これは延國の作品群だけに言えることではなく、同じ和鉄を用いていた是秀にも当てはまることで、そんなわけで藤四郎銘のリーズナブルな鉋と、それより少し高めの是秀銘や夕日山銘などの鉋に値段の差があったようです。 もちろん、表面上は大きく見える傷も、使い減るうちに減退し痕跡を留めなくなることもあれば、表面上は見えなかった傷が後々出てくることもありますから、これらの差というのは個々の作品を見ただけでは分かり難く、数多くの作品を見ていると大体の傾向として初めて認識できることなようですが。 写真の延國の作品は寛寿銘で、延國の作品の中ではリーズナブルな方だったようです。 そんなためか地金は輸入錬鉄のようで、少し和鉄よりは研ぎ心地が硬いです。 全体的にサンドペーパーで擦られた傷が酷く、また裏も前所有者によって醜く研ぎ崩されているので、まだ仕上げ砥石に当ててもいません。 でもいずれはちゃんと修正して、糸裏の姿を披露したいものですね♪ ・・・・・あ、そうそう、察しの良い方は上から2番目の写真を見て、「藤四郎銘の鉋の隣の小鉋は何?」って疑問を持たれた方もおられるかもしれませんね。 これは昨年末のご挨拶ではちょこっとだけ掲載してみたものの、あえて新年の名品ぎゃらりーに掲載しなかった鉋で、正直言ってあまり言及したくない鉋です。 モノとしては大変素晴らしいのですが・・・・・。 というわけで、「勿体ぶらずさっさと掲載せーぃ!(怒)」ってよほどの圧力でも来ない限り、お蔵入りさせようと思っています。
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小鉋きになるやん!!(笑)
内緒でおせーて(笑)
ところであるけどん!!裏すきお願い出来ますか(^^)??
何枚か有るんだよね〜(●´ω`●)綺麗になおしたいの〜(●´ω`●)
2017/1/9(月) 午後 9:57 [ 天然砥石尚 ]
尚さんこんばんは、いつもコメントどうもですっ♪
裏スキ修正ですか、大丈夫ですよ!
何件か手掛けているので少し時間は掛かりますが、それでもよろしければです。
小鉋の正体は内緒コメントで〜!
2017/1/9(月) 午後 10:01
そこまでの研ぎテクニックに欠けております。
足の長い子は苦手です。
うちの子を依頼しようかって衝動に。
2017/1/9(月) 午後 11:22 [ 明庵 ]
延國さんの鉋は憧れのひとつです。
いろいろネットで調べたり本を読んだりし、千代鶴是秀からの名工の話やエピソードに胸熱くなりましたが、なかなか現物を見る機会がないのが悩ましいです(^_^)
2017/1/10(火) 午前 0:10 [ ヒゲちゃん ]
延國さんは、裏刃だけ持ってます(笑)。
裏刃もいろいろ物語るものがありますよね。
でもやっぱり鉋刃本体がほっしぃい!
2017/1/10(火) 午前 7:29 [ ころんびあ ]
のみの市で探してみようと思ったんデスが、
冬の間、のみの市がお休みでした。
春まで待たねばデス。
2017/1/10(火) 午前 9:25 [ 新潟まさや ]
★明庵さん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます♪
・・・・・と仰りつつ、実は相当研ぎ慣れているとお察ししております。(笑)
本当にテクニックが無いと、砥石に鉋刃は立ちませんよ〜!
2017/1/10(火) 午後 6:27
★ヒゲちゃんさん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます。
延國さんの鉋刃、ある所にはいくらでもありますが、いかんせん値段がガガガ・・・・・、って感じですね。
元々現役で生産されていた時は、そこまで高価な物ではなかったと聞いていますので、恐らく延國工房が焼失した後、使用者と販売者によって値段がだいぶ吊り上げられたのではないかと思います。
2017/1/10(火) 午後 6:31
★ころんびあさん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます。
延國さんの押金もまた手に入り難くなってきていますね!
以前近くのフリマで、馴染みの露天商に木工具の鑑定を頼まれましたが、三水の押えと八重霞の押えが混じっていました。
これらを含め、延國さんの押金も全銘柄で今は入手困難でしょうね。
2017/1/10(火) 午後 6:35
★新潟まさやさん★
こんばんは、いつもコメント有り難うございます。
そうですか、やはり雪深い土地柄、蚤の市もどうしても冬篭りは必要なのでしょうね。
ただ、蚤の市・骨董市が無い季節は、リサイクルショップを当って見る手はあるかもしれませんよ。
最近埼玉方面では千代鶴是秀の堀鑿や江戸・安部川町の中屋平治郎の鋸、新潟の深澤伊之助の鋸など、かなりの品々がリサイクルショップから発掘されているとの情報を得ています。
2017/1/10(火) 午後 6:40