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こんばんは、鋸を久々に挽きまくって全身筋肉痛のAlcesどんです。(笑) 今年に入って鑿、そして鉋と、國弘に関連した記事を書きましたが、今日もまた一日に掲載した道具を詳しく紹介していこうと思います。 今回は國弘の弟子、宗近の作品です。 國弘は初代の死後、代が下るにつれ鑿作りからは次第に遠ざかり、名声も衰えてゆくのですが、その頃になると本家である國弘とは逆に、弟子筋の工人が名声を得るようになったそうです。 國弘の実子であり、國弘以上に上手いと言われた國行については、初代の死後数年の内に後を追うように急死したため、國弘の次の世代を代表する地位を担ったという印象はありませんが、國道、國貞、国義らは上手な工人として評価されたようです。 そして三島で独立した宗近も、千代鶴是秀が「私の師匠です」と褒めるほどに上手な仕事をし、後の工人に大きな影響を与えました。 特に宗近は、宗近→宗次→落合宇一(千代鶴延國)と、代々優秀な工人を輩出する系統の工人であったというところに、特筆すべき点があるように思います。 宗近の弟子の宗次も優秀な工人でしたが、それ以上に宗近の孫弟子に当たる落合宇一が後々千代鶴是秀の求めに応じ三代目千代鶴を継ぐことになった歴史的なエピソードが、特にこの一門の印象を強いものにしているのかもしれません。 上の写真はヤフオクで見た画像です。 一見どうということの無い雑多な鑿の中に、銘は分からないものの、一本だけ際立って美しい姿の鑿が混じっています。 二枚の写真のうち下の写真、右端がそれです。 当初ヤフオクの画像では銘は分からなかったため、もしかしたら義廣系の技術者で、東海道一の名手と云われている遠州の武虎かなとも思ったのですが、届いてみたら宗近でした。 首から甲にかけてアップで撮影した写真に、断片的ではありますが、うっすらと宗近の刻印が捺されているのが確認できます。 アハハハ、Alcesどんダメだなぁ。(笑) 義廣系と國弘系じゃぁ、國弘系の方が鑿のセンスは良いとされているけれど、全然違いが分かってないじゃないか。orz それにしても、この太いコミ、無駄な贅肉も無ければ痩せ細りすぎている所も無い絶妙な肉置き、流れるような肩のボリュームなどを見て「美しい」と感じるのは私だけでしょうか。 やはり國弘系のセンスの良さが光っているように思います。 ・・・・・と、義廣系との違いが分かっていなかった私が言うのもなんなんですが。(汗) まぁ、興味無い人の目から見たらただの変態に映っていることでしょう。(笑) このコミを見たときはシビレました。(笑) 迫力のある太さ、洗練された砲弾型の形状、非の打ち所の無いボリューム感だからです。 ・・・・・ん? いま変態って言ったのは誰さ!(爆) 刃味も素晴らしい物でした。 鍛接線に近い位置に若干焼ムラがありますが、刃先には及んでいないので切れ味には影響は無いでしょう。 この焼ムラの状態を確認して玉鋼と断定できましたが、もしこの焼ムラがなければ現代鋼と区別が付かない程良く鍛えられており、また玉鋼にしては珍しく硬度も十分で強靭な刃味です。 鍛接線の状態を確認すると、鋼と地金の境は綺麗に分かれています。 加熱すると表面が濡れたようになりやすい和鉄や玉鋼は、鍛接が簡単で鍛接線もボヤけやすいというのが一般的な傾向ですが、ここまで綺麗に分かれるということはよほど温度管理が上手だったということなのでしょう。 流石に初代國弘の弟子の名はダテではありませんね。 ちなみに上手く撮影は出来ませんでしたが、地金は僅かに巣が点在する縞模様の出る和鉄で、衝撃を加えて使う鑿らしい硬さがあるにもかかわらず、砥石当たりが滑らかで研ぎやすい地金でした。 不要な鑿がもれなく10本も付いて来てしまったため、落札価格は4280円とかなり高額でしたが、状態の良さも総合して判断すると、もしかすると昨年で一番の収穫はこの鑿だったかもしれません。
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