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こんばんは〜。 今日は久々にフリマで鋸を買ってきました。 写真のがそれですが、これは「ブッキリ鑼(ガガリ)」と呼ばれる縦挽き鋸の一種です。 一般的な刃渡り方向と同じ向きに挿げられる直手(スグテ)の柄ではなく、ナカゴに対し交差する格好で柄を挿げることと、縦挽き鋸であっても板の背中が反らずに猫背に屈むのが特徴の鋸で、製材用の縦挽き鋸です。 今日はフリマ会場では友人のYさんが先に来ていて、「何も無いよ〜」などと話されていたので、軽く見回りだけして帰ろうと思って歩いている時にこの鋸を見つけました。 一見、姿だけ見て「関東鋸だな」と思いましたが、付属の鞘に鞘書きがあり、春日部と書かれていました。 天気が良く日光が強すぎたたことと、首付近が赤錆に覆われていたことにより、銘は判別が難しい状態でしたので、正体不明で見過ごされたのでしょう。 しかしよく目を凝らすと一文字だけ、「村」の文字が見えたんです。 このGIF画像なら分かるかな〜? まぁ、とにかく「村」と切られているんです。(笑) 関東系の姿に春日部の鞘書き、そして「村」の字がつく銘であれば買いです。 値段は当初3000円とのことでしたが、それで諦める素振りを見せたら2000円でいい―と。(笑) フリマではこういう駆け引きが効いたりします。(笑) さて、家に帰って錆を落としてみると、下から出てきた銘は狙い通りの「村山四朗」。 これは春日部風鈴さんが、ツイッターやブログで紹介している春日部の有名だった鋸鍛冶の銘ですが、関東の神輿職人などの間で好まれていた鋸なのだそうです。 露天商の話では彫刻家の方が大事にしていた鋸だそうで、もう一本置いてあった鋸は会津の中屋市右衛門の鋸でしたので、鋸についてそれなりにうるさい使用者によって使われていたのだろうと思います。 それにしても鞘書きを見ると昭和17年とありますので、その通りであれば時代は太平洋戦争の真っ只中の作品ということになります。 昭和17年というと、日本の戦況はミッドウェー海戦を境に暗転していた時期ですし、時代はすでに金属回収令が発令されていましたから、贅沢を敵視する社会の風潮もあったでしょう。 ということはこの鋸も、人目に触れないようひっそりと隠されていた時期があったのかもしれませんね。 そしてそんな時代性ゆえ目立てに出すことも憚られたのか、この鋸の歯の研磨はかなり下手な研磨がされており、鋸板も素人臭いヘタクソな歯槌の跡が全面に見受けられます。 たぶん使用者が自分で調整しつつ使っていたのでしょう。 この位の鋸であれば狂い取りに歯槌は不要で、縦槌・横槌、あるいは大工用の両口玄翁一つあれば十分可能なはずですが、鋸の狂い取りと言えば歯槌というイメージだったのでしょうか。 必要以上に歯槌を打たれ過ぎて板の腰が弱くなってしまっていますが、致命的な傷も見当たらないので、軽く腰入れをし歯を擦り直せば、十分使えるようになるでしょう。 ところでこの鋸、玉傷が一箇所あるので玉鋼製ですが、戦争中の時代にまだ玉鋼なんて残っていたんですね。
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