|
こんばんは。 なんだかんだやっていたら、こんな時間です。(汗) 昨晩寝過ぎたせいでリズムが狂っているな・・・・・。 ここ最近、頼まれてこんなのを切っていました。 なんとサルノコシカケです。(笑) 漢方用に、細粒化して煎じているそうです。 小さく砕くのが大変とのことなので、私が持って帰ってきたわけです。 まず鋸で挽いて、鑿で小さくしています。 もちろん木を切るのと違って鋸屑も使えますから、捨てる所もありません。(笑) たぶん古今東西、手道具をこんな用途に使った人間他にいないでしょう。(爆)
|
鋸(のこぎり)
[ リスト | 詳細 ]
|
真鍮板の切削で、換え刃の金ノコの切れ味にウンザリし、ついにやってしまいました。 え?新品の金ノコとならどっちの方が切れるかって? 当然この鋸が圧勝ですよ。(笑) でもこういう用途の鋸ではありませんから、刃の磨耗は激しいですね。 しかし使い捨ての鋸ではありませんから、再び目立てをすればいいだけのこと。 私にとってはこちらの方がコストが抑えられてしまうのです。(笑) さ〜、これで隅突き鉋の真鍮口の準備が出来ました。
|
|
先日、玉鋼の鋸の肌の色についての記事を掲載してみたとことろ、予想していた以上の反応があったので、もうちょっと続けて見ます。 今回は手入れの方法で、サビサビの汚らしいのを綺麗に整える方法です。 私の場合、鋸の錆も程度の重・軽次第で、手入れの方法を変えています。 程度が軽ければ、錆を使っていない鑿やマイナスドライバーなどでこそぎ落とします。 部分的に錆が膨れ上がっていれば、アサリ槌で叩き潰すのが良く、ポロポロっと取れてくれます。 逆に重症の鋸の場合、黒肌は出来るだけ落とさないよう、砥石で慎重に研磨し、多少黒肌が落ちれば黒染め液で復元する―といった方法をとります。 写真の世田谷ボロ市で21枚500円で買って来た鋸で実演して見ましょう。 銘は中や保造、根切り鋸という、枝の剪定に用いる鋸で、ナカゴなどの形からすると恐らく東京鋸でしょう。 明治以降の作品ですが、材質はもちろん玉鋼製。 手入れのし甲斐がある鋸です。 ご覧のとおり、とんでもない錆び方です。 枝切り用の鋸ですので、外で放置されたり、乱暴に扱われてきたのかもしれません。 たとえ雨などは当たらなくても、外で朝露に濡れることでもあれば、現代鋼だろうが玉鋼だろうが、赤錆は容赦なく襲ってきます。 砥石で研磨するので、躊躇わず濡らしてしまいます。 研磨に使うのは、写真の五十嵐砥のコッパ、札幌軟石の欠片です。 鋸の錆落しにはあまり硬くなく、泥が程々に出やすい中砥石が扱いやすく向いているでしょう。 このように真っ赤かの泥になりました。 当然ですが、錆が厚く層を成している箇所を重点的に研磨してゆきます。 今度は割れて小さくなった黒幕#1000に換えています。 小指の爪程度の大きさの砥石で、チョコチョコと擦るのが良いような場合もあり、砥石の大きさもいろいろ揃えるのが便利です。 満遍なく錆を擦り下ろし、所々銀色の下地が見えてきました。 こうなってしまった箇所についてはやり過ぎということですが、やむを得ない場合もあります。 ある程度は覚悟していたので、こうなった箇所は擦るのは止め、黒染め液で補修します。 黒染め前。 黒染め後。 元々周りが真っ黒なうえ、少々銀色の鋼が見えたといっても、小さい点錆などはたくさん残っている状態ですので、このように黒肌の落ちる程度が軽ければ、ある程度は黒染め液でカバーできます。 この状態で油を引いて手入れするのがミソ。 それで自然な色合い、艶が戻ってきます。 これで完成です。 「中や保造請合」の銘も読めるようになりました。 そういえば土田さんに聞いた話では、骨董市で銀色のテカテカになった鋸を買って来たことがあるそうです。 モノ自体は、先日掲載した鋸と同じ作者の仲や久作だったと思いますが、何ということか、露天のオヤジがせっかくの良い肌をした鋸の肌に、 嘘か真かは知りませんが、骨董市のオヤジが口をそろえて言うのは、「錆びたままより、錆を磨いて落とした方が高く売れる」という事。 しかし鋸という物は、板のあちらこちらが絶妙なテンション具合で成り立っていて、そのバランスで真っ直ぐな形を保っているわけですから、当然、板の一部が研磨され薄くなったりすれば、テンションも弱くなり平らな状態を保てなくなります。 これはたとえどれだけ平面精度良く保たれた砥石で試そうとも、同じ話。 平らな物で磨くのに、かえって平面が乱れるとは面白いものですが、鋸に限ってはそういうことが起きるのです。 ゆえに下手に砥石で磨かれたりすると、元々の品位を損ねるばかりか、手入れの手間まで余計にかかってしまうのです。 そしてその骨董市ではもう一枚、名品の鋸が出ていたそうですが、古物業者のオヤジ、今まさにそのもう一枚の鋸にもキングを当てようというところだったようで、土田さん、 「キングだけはやめろ、ちゃんと高い値段払って買ってやるから、とにかくキングだけはやめてくれ」 ―と言って、もう一枚の鋸はギリギリのところで救出して来たそうです。(笑) オヤジは最後までキングを当てたがっていたようですが。(爆笑) さぁ、ピカピカの久作、買って来たものの、どう手入れするかが大問題です。(笑) 昔とある大工さんが、鋸の肌が切削中に木材の中で詰まりやすいので、仕上砥石で磨いてみたところ、かえって詰まりやすくなってしまい、鋸をダメにしてしまったという話もあるくらいで、砥石を当てるのはタブーな訳ですが、少なくとも名品を資料として保管するのであれば、外見的にある程度の復元作業を施してみたくなるのは、当然のことと言えます。 特に一番気になるのは、やはり黒肌の再現なわけですが、古人の知恵とは面白い物で、そんな鋸は栗の煮汁で黒染めするのが良いそうです。 テカテカな境遇に置かれた鋸の肌を染める、丁度良い方法が編み出されていたとは驚きですが、そういう「過ち」を犯す、よく分かっていない輩は今も昔も変わらずいた、ということでしょうか。(笑) しかしこの栗の煮汁で染めると言う方法ですが、恐らくは栗に含まれるアクの類で変色する効果を利用した物でしょうが、とんでもなく時間がかかります。 煮汁を塗って、渇いては洗って再び煮汁を塗るという工程を、なんと何年も繰り返し、やっと自然な風合いに染められるそうです。 そのようなアクで同じ効果を狙うなら、ひょっとするとドングリなど、よりアクの強い物を使えば、復元にかかる時間は短縮できるのではないかと思いますが・・・・・。
ともあれ、今後またキングを使おうというチャレンジャーが現れないことを祈るばかりです。(苦笑) |
|
鋸と聞いて、皆さんはどんな色の物を思い浮かべるでしょうか。 新品の鋸であれば、当然金属的な明るい銀色で、真ん中に薄い茶色の焼色がついていますし、換え刃鋸などであれば、更に機械研磨の精密な研磨痕のテカテカの輝きの物が一般的でしょう。 錆びて赤茶けた鋸なんて、「汚らしい」と捨てられるに違いありません。 でも昔の職人さんの間で「美しい」とされた色は、そのどれでもありません。 昔の職人さんは、製作者も使用者も、切れなくなった鋸を研磨して刃を付け直す専門の目立て職人さんも、口をそろえて「青黒く艶やかに底光りする、茄子紺色の鋸が良い」と言っていたそうです。 今日では鋸作りは、工場で精錬され圧延された鋼板を、赤めて打ち伸ばしますが、現代鋼が普及する以前の時代は、タタラ製鉄で作られた「玉鋼」だけが、鋸を含めあらゆる鉄の道具の材料でした。 そして最も上品な青黒い鋸の肌は、玉鋼製の鋸で見られることが多いようです。 もちろん例外はあって、現代鋼の鋸でも、大事に手入れされ続け、鋸板にダメージを与えない程度の薄錆が蓄積した場合、玉鋼とはどこか違うものの、上品な良い色あいになったりもします。 逆に玉鋼製の鋸でも、粗雑に扱われ、雨ざらしにされていたような物は、見るも無残なオレンジ色になってしまいます。 そして上手な製作者が、昔ながらの方法でセンという道具を使い、丁寧に板をすいた場合、そのスキ痕を見ただけでうっとりしてしまうような鋸も、一部には存在しました。 この鋸は昨年末に、近くのフリーマーケットで、300円のシールが貼られていたのを見つけて来ました。 買って来た当初は、所々に赤い錆が噴出していましたが、丁寧に錆を落とし、油を拭いたら見違えるようになりました。 作者は東京・小石川の「仲や久作」。 千代鶴是秀や目立て職人の土田さんが、東京最後の鋸鍛冶の名工と呼ぶ工人です。 実は「ナカヤ 久作」と言う銘の鋸鍛冶は、当時やそれ以前に何人もいて、中には「相模国住中や久作」と銘切られた物も存在しますし、「ナカヤ」の部分も中屋だったり仲やであったりと様々です。 また久作銘の鋸も時代が下ると、久作の系統の他の鍛冶屋(籠町の中や鉄助)に問屋銘で代作させていたそうなので、久作銘の鋸も銘だけでは作者の判別は難しいですが、この鋸は15代目かもしくは16代目の通称「大さん」自身による作だそうで、銘ぶりも有名な笹葉銘の物です。 東京の鋸鍛冶といえば、有名な江戸・安部川町の中屋平次郎や、二見屋系の沖五郎、常五郎などの工人がいましたが、この仲や久作はそれら歴代の江戸・東京の鋸鍛冶の中では、外見的な作りにはやや問題があり、センスがどこか田舎っぽいというか、造形に洗練されたされたものが無いのです。 土田さんなどはハッキリ「田舎ノコ」と呼んでいますし、また三木の有名な鋸鍛冶である二代目宮野鉄之助も、 「形も板作りも、そう上手とは思えない。これで良く切れたということは、玉鋼の選別が上手であったと言うことか」 と厳しく評価していたそうです。 そして実際、家に帰って目立てをし、適当な木材で試し切りをしたところ、大体同じ硬度の現代鋼の鋸よりも食い付きが良く、軽い切れ味を感じました。 形が悪いのに切れるということは、確かに鋼の質が良いのでしょう。 現代では多くの道具製作において玉鋼より現代鋼の方が優秀な切れ味を示し、玉鋼を道具作りに用いるということは、殆どの場合古典的技術の復元や継承程度の意味合いに留まっていますが、例外的に鋸だけはまだ現代鋼では玉鋼の良い部分を越えられていないようです。 他の刃物同様、鋸の撮影もまた光の加減などが難しいですね。 色合いも、カメラのモード次第では、いくらでも青っぽく見せられますが、自然な色合いというのはまた違って見えるものです。 こんな写真で、「茄子紺色」と言われた肌の色が伝わるかな〜・・・・・。 今回は鋸の肌に重点を置いた写真を掲載してみましたが、魅力的な肌の色を見せる鉄の道具は、別に鋸だけじゃないですよね。
皆さんはどんな「錆の寂び」がお好みでしょうか? |
|
今日、というか日付変わりましたが―は久々に前挽き大鋸を引きました。 電気鉋が使えるようになり、製材後の荒い鉋がけの作業が楽になったので。 しかし最後にこの鋸を使った時は生の木を引いていたので、 目立ても当然生木用になっており、乾燥したこの材を引くのは大変でした。 生木は製材中も変形し、引き溝が狭くなり鋸板を挟み込んでしまうので、 それを見越してアサリ幅を大きめに取り、引き幅を広げる訳です。 しかし当然、引き溝が広くなるということは、 切削する量が増えるということでもあるわけです。 それだけに時間もかかりますし、一回一回の引きも重くなります。 しかし何とか引き終えました。 本当はアサリ幅や目立てを変えて挑めば良かったんですが、面倒で・・・・・。 そういえば挽き肌は以前よりも綺麗に揃うようになりました。 以前はこんな風に荒れていましたので・・・・・。(汗) これはこれで味がある気もしますが、所詮ヘタはヘタです。 今回改善したポイントは恐らくアサリ出しの精度で、 以前はアサリのそろいがサイテー最悪だったのだと思います。 今回の挽き終わりは素材を寝かせ、改造手曲がり鋸で挽き切りました。 普通挽き終わりのこの作業は鑼(ガガリ)を用いるのが一般的ですが、 今回はこの元横挽き用の鋸が縦挽きでどう切れるのか見たくて。(笑) この作業は素材を片手で抑えつつ、もう一方の手で挽いているので、 片手でも鋸を扱いやすいスクイ挽きです。 しかし鋸の切れ味は挽き肌だけでなく、屑を見ても分かります。 この前挽大鋸(マエビキオガ)で挽いた本来の意味どおりの大鋸屑ですが、 木挽きさんと現場で仕事をしていた高齢の元大工さんによると、 ちゃんとした良く切れる大鋸で挽いた屑はビローンと長く繋がっており、 それこそうどんのような屑が溢れてくるほどだったそうです。 もっとも、そんなに長い屑が出てくる様子では、 幾らかの鋸歯は役目を果たしていないのでは?と疑問に思いますが、 それとも使い方がよっぽど上手かったのかなぁ〜? うどんのような屑、理論上は不可能ではないはずですが、 現実的にはなかなかそんな屑出てくれませんよ・・・・・。 これは以前最後に大鋸を使ったときの屑。 今回のよりは長めの屑です。 比べてみるとこんな感じ。 今回の素材は乾燥も進んでいたのである程度は仕方ない部分もありますが、 それにしてもポソポソの屑だな〜! やっぱり反省するべきところですね。(汗)
|




