|
皆様お早うございます。 案の定、ブログ更新久々になってしまいました。 今日は世田谷ボロ市で見つけて来た玉鋼の鋸5枚の内一枚、 中や万次郎の鋸についてです。 この鋸を初めて見たとき、銘振りが面白そうな鋸な印象だったので、 柄に挿げて使ってみようと思いました。 しかしナカゴが長すぎて挿げ難いので、思い切って切断してしまったのですが、 断面を見ると明らかに現代鉄では見られない層が確認できるのです。 あらら・・・・・、そうと分かっていれば無理してでも残したのですが。 これがその特徴的な銘。 いつものごとく三軒茶屋で見てもらったところ、徳川末期〜明治頃の作品で玉鋼製。 この書体からして、江戸・安部川町の中屋平次郎系統の作者だろうとのことでした。 また銘を極背に近い位置に刻むのは古い鋸に見られる特徴のようで、 胴突鋸などでは背金で銘が隠れてしまうこともあるようです。 中屋平次郎と言えば、確か会津の中屋助左衛門より油焼入れの秘法を伝授され、 江戸で有名になった鋸鍛冶でしたよね。 後に中や久作も平次郎の仕事場のてんぷらの匂いで油焼入れの方法を知ったとか、 色々な伝説もあります。 平次郎系統の銘はかなり特徴的な書体が特徴だとかで、言われてみれば確かに、 この万次郎の銘もかなり個性のある書体です。 中屋平次郎やその近辺の工人については分からないことが多いようで、 この万次郎のように特徴的な銘ぶりで平次郎系とは推察されるものの、 どういう関係だったのか全く分からない作者が他にも何人もいたようです。 久作については少なくとも伝説では平次郎との関連性が認められますが、 平次郎に他の弟子がいたのか? そもそも本当に会津の助左衛門は正当な師だったのか? ―と疑問は尽きません。 また平次郎に良く似た銘を刻む複数の作者にしても、 師弟関係があったのか、あるいは平次郎自身も今日「平次郎系」と認識される ある系列の鍛冶屋群の一人に過ぎなかったのか・・・・・。 この系統はまだ解明されていない謎が多いようです。 この作者や中屋平次郎について何かご存知の方がおられましたら 情報をお寄せ頂ければ幸いです。 続く
|
鋸(のこぎり)
[ リスト | 詳細 ]
|
こんばんは。 ここのところ雨の日が増えてきましたね。 季節の移り変わりということでしょうか。 最近よく林試の森公園に出向いています。 冬の終わりごろ降った大雪以来、林試の森公園にはしばしば行きますが、 園内を周っていて偶然ヒマラヤスギの切り株を見つけたのです。 鋸の柄作りにおいて、松脂は藤蔓の滑り止めに欠かせませんが、 雨上がりの切り株からは良質の松脂が豊富に出る事に気付いたので、 その採取に行くわけです。 今日の記事は以前紹介した鋸についてです。 前回掲載した上の写真ではどれが肝心の玉鋼製かは分かりませんでしたね。 この右側の緑の線で囲った一群がそれです。 私も買って来た当初、まさか玉鋼だとは思いませんでしたし、 「さ〜目立てしよう」と鑢を刃に当てて見て初めて気がついたくらいですから、 鋸を沢山見てこられた方でもないと見分けるのは難しいと思います。 今日紹介するのは五枚の玉鋼製の内、この一本、古い鑼の鋸です。 パソコンのモニターでは見難い漢字を使いましたが、鑼は「ガガリ」と読み、 木材を縦方向に挽き割る縦挽鋸の事を意味します。 曖昧な記憶ですが、確か・・・・・。 今よりおよそ400年ほど昔、豊臣秀吉の時代に、日本に自生していた木材は、 木目がまっ直ぐな打ち割法で製材可能なスギ、ヒノキなどの優良な資源が減少し、 木目の複雑な松等も使う必要が生じ、その製材のために縦挽きの鋸目が出現した。 ―といったような記述をどこかで見たように思います。 つまりこれは日本で生まれた種類の鋸ということでしょうか。 そしてこの鋸は五枚の玉鋼製の中で最も古く、間違い無く徳川時代の物で、 関西系の鋸だろう―と三軒茶屋で土田さんに教えて頂きました。 特徴はもの凄く背の反りが強く、アゴからコミまでの首の長さが短い事です。 簡易式の復元図です。(笑) もうかなり磨耗して元々の姿を留めてないため完全に復元するのは不可能で、 江戸時代の書物にあるような木の葉型の鋸を改造した可能性も考えられますが、 今残っている姿から考えると上の図のような姿だったと考えるのが妥当でしょう。 やはり現在の相場からすると、首の長さは3分の2程度の長さに感じます。 そして絶対にというわけではないものの、このアゴが短い特徴は関西系に よく見られる特徴のようです。 昔は鋸の硬度が低かったので、あまり首などを長くすると折れやすく、 強度を落とさないためにこのような姿になったのではないか?とも思いますが、 まぁ、そこは「楽しい想像」の範疇ですね。(笑) しかし実際にこの鋸の硬度は驚くほどに低く、手でぐいと曲げると
ですので、逆に曲がった板を手でぐいと戻すことも可能。(爆) それにしてもまぁ〜、見事な背の反りっぷりです。 一体どんな意味があってこれほど反らせたか、実に興味深いですね。 さて、どんな柄を作ったらマッチするやら・・・・・。 しかし考えてもしょうがないので、難しく考えないでやってみることに。 反りの強い鋸は反りを生かす用途があったのだろう・・・・・。 ―ということで、柄もやや反りの付いた物を作ってみました。 松脂は蔓の滑り止めと、コミの接着用にコミ穴に入れて使いました。 挿げる際に柄をコンロなどで焼いて入れると中で松脂が焼き付いて固定し、 何もしない場合より柄が取れてしまう確率が下がります。 そしてこのような姿なりました。 なんか腰反りが強くて、まるで刀剣のような姿ですね。(笑) 自分でこんな姿にしておいて言うのもなんですが、 挽き込んでる位置の真上から見て、直線の精度を確認しつつ使うのに 良い姿ではないでしょうか、多分。(謎) それにしてもこの鋸目立てには随分悩まさせられました。 この鋸、先端からアゴにかけて厚みが緩やかに変化していて、これが曲者です。 板の先の方が薄く首の辺りが厚い作りですと、全体が均一なアサリでは、 首辺りの側面が挽いている素材に擦れて奥まで刃が届きません。 そうかといってむやみにアサリの幅を広げると、今度は先端の板が薄い部分は、 左右に振れた刃の間に切り残しが生じ、思うように食い付いて行ってくれません。 そこでアサリの出し方を工夫し、先端の板厚の薄い所はアサリを大きく出す刃と、 小さく出す刃を完全に分けることにしました。 それぞれ一対ずつ交互に大きいアサリ、小さいアサリとなっているので、 これで引き残しは無いはずです。 試し切りをしてみましょう。 樫の枝を引いてみました。 こちらが今回の玉鋼製鋸による切削痕。 表面は真っ直ぐですが、やや表面が毛羽立っています。 こちらは現代鋼製の鋸谷口系の鑼による切削痕です。 表面の毛羽立ちはありませんでしたし、食い付きはこちらの方が強く、 挽き終わるまでの時間も短かったです。 この勝負では谷口系の鑼に軍配が上がりました。 しかし切れの軽さ、挽きやすさだけは玉鋼製には圧倒的なものがあり、 これは目立ての方法がマズかったのだろうと考え、目立てをやり直しました。 元々かなり刃の角度は寝ていたので、そのままの角度で擦って見ましたが、 どうやらこの鋸はもっと歯を起こさないとポテンシャルを生かしきれないので、 目底を下げました。 本当はもっといけそうですが、逆にやりすぎるとかえって歯がビリついて、 板がバタついたり挽き込みが重くなったりするので、様子を見ながらです。 そして刃角を起こすと切れ味が格段に改善し、上の谷口程ではないにせよ、 そこそこ切れるようになったので、今後使いながら刃角を調整し、 ベストの切れ味が出るあたりを模索したいと思います。 オマケ画像ですが、この刃、よく見ると縦に割れ目のような物が走っています。 拡大してるとピンボケになってしまいました。(汗) でも確かに縦割れがありますね。 以前天水さんに頂いたコメントによると、こういう割れ目は玉鋼の鋸の特徴で、 現代鋼ではこのうような物は無いと教えて頂いていたので、 この割れを見て玉鋼製だと確信しました。 そうと気づいて改めて全体を見直してみると、これといって目立った玉傷が無く、 全体を眺めてこのアゴの層が剥れたように見える箇所が玉傷だと分かりました。 アゴの刃としては使わない位置なので殆ど使用には影響ないですね。 全体が黒い茄子紺色の錆びに覆われているので、もしかしたらどこかに 探せば小さな傷があるかもしれませんが、しかしよく致命的な玉傷を出さず、 こんなに薄い板を鍛えたな〜と、感心しますね。 ここまで書いてきて、気がつくとかなり長い記事になっていました。 まだ玉鋼の鋸、4本も残っていますが、疲れたので少しの間鋸はお休みにします。 次は腰の疲れが取れてからです。(笑)
|
|
こんばんは、今日は買物でクタクタです。 何度も外と家を往復し、最後の荷物は小麦粉10kgでした。 聞くところによると、有楽町⇔日本橋間の銀座エリアも渋滞だったようです。 我々のような庶民は日常の品を買い溜め、金持ちは高級品を買っていたのね。 確かに高級なものほど値上がりはバカになりませんものね。 渋谷もその類の買い物客でえらいごった返していました。 しかしそんな増税が間近でカオスな現在ですが、ちょっと良いこともありました。 上の鋸、駒沢公園の剪定職人さんに貰って来たのです。 多くは枝払い用、大工用と山林用が少しです。 公園も四月から職員の入れ替えがあるそうで、色々倉庫の物を整理したそうです。 その際に出てきたのがこの鋸たち。 もう仕事はチェーンソーがメインで手鋸を使う作業は少なく、 職員さん達の間で「欲しい人が持って行って!」ってコトになったそうです。 そして私の所にもおすそ分けが来ました。 銘を見ると中屋銘や、水心子の銘まであります。 まだ玉鋼の鋸の紹介もちっとも進んでいませんが、これらも手入れして、 いずれちゃんと紹介したいですね。
|
|
お早うございます。 すっごく今更なんですが、コレ↑、世田谷ボロ市で見つけてきました。 確か昨年の12月だったかな、コレ全部まとめて500円だったんですよ。 ボロくて錆びだらけで汚いし、鋸ではなくただの鋼板扱いだったようで。 ちょうどイイ♪ 私みたいな目立て素人は、まずはこういう安い物で目立ての練習をして、 高級なのはそれからでも、―と当初はそんな考えで買って来ました。 ところがこの21枚中、5枚がどうやら徳川〜明治頃の玉鋼製と分かりました。 21分の5。 骨董市を渡り歩いてもなかなか巡り会えないことを思うと、上々の成績でしょうか。 モノはどうやら関西系、東京系、新潟系など、ゴチャゴチャのようです。(笑) 本当はもっと早く記事にしたかったのですが、錆を落としたり目立てをしたり、 写真に写せるようにするだけでも結構大変で・・・・・。 今日は久々に鋸の話題再開でしたが、個々の紹介はまた今度。 一度に全部やろうとすると私の容量簡単にオーバーしちゃいます。(笑)
|
|
狛犬さんよりお預かりした鋸、ずいぶん短い記事にまとめたつもりだったのに、 もう四つ目になっていますね。 でも今回でこのビフォー・アフター・シリーズは最後です。 色々と手を掛ける箇所が多かったので、これだけ書いてもまだ書き足りないですが、 細々としたことはまたいずれ目立ての動画を作る際に触れることにします。 こうして完成図と見比べてみると、すぐに目に付く違いは柄などかと思いますが、 実は板身も良く見ると変化がある事が分かるとのではないでしょうか。 本当のところ一番の違いは使ってみて始めて気が付く事が多いですが、 それら一つ一つは写真に文章で説明を付け足したとしても判り難いと思います。 中屋伝左衛門さんの鋸の柄と比べてみました。 鋸の寸法自体はお預かりした窓鋸の方が一寸大きい程度ですが、 柄の大きさは明らかに伝左衛門さんの鋸より大きめに設定されています。 惜しいことに、伝左衛門さんの鋸は柄の蔓が緩んできてしまっているので、 そのうち邪魔になったら取ってしまうかもしれませんが、 そういう柄の性質を予め知っていたために、今回松脂で滑り止めを図れましたし、 伝左衛門さんの鋸を普段使っていたからこそ、柄を自作することができました。 自分で切ってみて、納得できなければとてもお返しすることなど出来ないので、 いつもの通り駒沢公園の枝置き場に溜まった伐採された枝で試し切りしました。 切ったのは桜材。 日本の樹木では中堅材位ではないでしょうか。 ちょっと食い付きが強すぎる感も無きにしも非ずですが、ちゃんと切れました。 バッサリ。 細工鋸のような美しい引き肌とはとてもいきませんが、 私が目立てした鋸としては断面の荒れは少ない方かな? 銀杏の枝も落としてみました。 銀杏は木材としては軟材の部類でしょう。 これも問題無く挽けています。 写真には撮りませんでしたが、この他に日本桐も切ってみて、 一番相性が良く感じられたのはこの銀杏材でした。 流石に桐は柔らか過ぎて手応えがまるで違い、上滑り感のある挽き心地でしたが、 一般的な軟材、杉や桧などの針葉樹相手から、もう少し硬めの楠や桜あたりが、 この鋸が最も力を発揮できる素材ではないかと思います。 それにしてもこの鋸をお預かりしたことで、ずいぶん鋸自体や、 目立てについて勉強になりました。 鋸の良し悪しよりも目立ての良否が切れ味を大きく左右する事、 柄も含めて考えた上で、切れ味や挽き心地を調整しなければいけない事、 板の狂いやアサリ出しの精度などは最悪鋸を壊すことにも繋がるので、 きわめて注意しなければならない事など、数えればキリがありません。 これらについて色々アドバイスを頂いた駒沢公園の剪定職人さん方や、 ブログでコメントを頂いた方々、三軒茶屋の土田さんには本当に感謝です。 今はまた性懲りも無く練習用の鋸で目立ての練習をしているところで、 上目の角度の実験などもしていますが、そうこうしている間に またオモシロイ鋸をいくつか見つけたので、今後はそれらを紹介していきます。
|




