銀河将棋研究会のブログ

銀河将棋研究会は盛岡で活動している将棋サークルです。 例会は月に1回(年10回)、土曜午後です。

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銀河研掲示板の過去ログです。

悲しい知らせ  投稿者:川村文隆  投稿日:2011年 4月 7日(木)18時48分8秒 返信・引用
  今日で岩手県の全支部と連絡をとることができましたので、
書き込みをさせていただきます。
とても悲しいことに、
陸前高田支部で2人、宮古支部で1人亡くなられた方がいるようです。
まだ確認できない方も何人かいます。
4月16日に東日本大震災についての支部長会議を開きますが、
そこでより詳しく発表します。  
 

 

ありがとうございます  投稿者:釜石 小山敏昭  投稿日:2011年 4月 6日(水)20時42分34秒 返信・引用
  本日は、妻聖子と真央の避難先ホテルへ、岩泉さんがお見舞いに来て下さいました。
沢口さんからも怜央の参考書を頂きました。ありがとうございます。
17日のアマ竜王戦には怜央も真央も参加する予定ですので、よろしくお願いします。

 
支部戦東日本大会  投稿者:及川直孝  投稿日:2011年 4月 4日(月)22時07分56秒 返信・引用
  日本将棋連盟より支部対抗戦東日本大会について連絡がきましたのでお知らせします。
日程、会場ともに変更になります。
期日は6月10日午後6時30分から前夜祭、11日と12日が試合です。
会場は、東京の品川区西五反田8−4−13「ゆうぽうと」です。
大会の詳細については5月になってから再度連絡するそうです。  
ありがとうございます  投稿者:釜石 小山敏昭  投稿日:2011年 4月 4日(月)21時42分45秒 返信・引用
  怜央真央の父です。
一昨日、釜石高校に北上の畠山さんがお見舞いに来て下さいました。
私は仕事だったのでご挨拶出来ませんでしたが、怜央と対局までして頂いて、ありがとうございました。

盛岡では、妻聖子と真央の避難先ホテルへ、小山田夫人と友希ちゃんが来て下さいました。
昨日は、怜央を連れて、久しぶりに妻と真央に会いに盛岡に行きました。
子供達が身体を動かしたいと言うのでボウリングに連れて行き、妻と怜央の携帯も買い替えて来ました。
永田さんと高橋さんが来てくださいましたが、長時間お待たせして本当に申し訳ございませんでした。

その後で、岩手高校の藤原先生と小野内君が来て下さいました。

夜、3週間ぶりに家族揃って過ごしましたが、寝る前に妻が一言「将棋の人達と会うとなんかほっとするね」。
今日も岩手高校の藤原先生が来て下さったとのことで、本当に皆様に感謝申し上げます。
 
勝又先生からのツイッターメッセージ  投稿者:藤原康史  投稿日:2011年 4月 4日(月)08時47分37秒 返信・引用
  北上の藤原(康)です。プロ棋士の勝又先生がツイッターで当地向けにメッセージを発信しています。(katsumata)棋士の皆様も色々と動いてくださっているようで心強い限りです。以下に勝又先生のメッセージを掲載しておきます。

★日本将棋連盟岩手県久慈支部のみなさま、あのときは大変お世話になりました。いただいた支部30周年の記念湯飲みは今も使っています。またみなさんと酒を飲みながら将棋を楽しみたいです。

★小山君はアマ竜王戦の岩手代表になるなど有名な学生強豪で、一昨年の三重県での高校選手権全国大会で対局を見ました。直接話はしませんでしたが、とても礼儀の良い青年だったことを覚えています。将棋が支えになってくれたらとても嬉しいです。

★千駄ヶ谷の将棋会館でのチャリティーイベント 2階研修室において10時〜17時まで。入場無料(お気持ち募金でお願いします)

★佐藤康光先生が先頭に立って一所懸命駆けずり回っています。私も手伝います。みなさまよろしくお願いします。  
小山一家安泰  投稿者:永田  投稿日:2011年 4月 3日(日)20時40分21秒 返信・引用
  今、細川県連会長の会社事務所からカキコしています。
今日は高橋英聖さんと一緒に愛真館に避難している小山さん一家のところにお邪魔しました。岩手日報に書いている通り、怜央君、真央君は頗る元気です。敏昭さんも聖子さんも笑っておられました。このカキコにあったとおり、聖子さんは壮絶な体験をされました。その生命力に驚愕です。
真央くんたちは今週末くらいまでいる予定です。
怜央くんと敏昭さんは明日朝、釜石高校に戻ります。
■下のカキコのとおり、畠山和人さんも立ち上がってくれました。頼もしい限りです。
これからどんどんと立ち上がってくれることを望みます。
細川会長もこの難事に真正面から取り組んでいます。
明日は大槌の現場に出かけられます。毎日、沿岸と内陸との往復に体を壊さなければいいとそれだけが心配です。
取り急ぎアップしました。  
怜央君に会ってきました  投稿者:畠山和人  投稿日:2011年 4月 3日(日)14時19分12秒 返信・引用
  昨日釜石に行ってきました 避難所の一つである旧釜石商業高校で司法書士による相談会がありました 私は3件ほど担当しましたが 住宅ローンの件 全壊した借家の件 保険金の件 と内容的には想定していましたが 直接話されると より重く感じられます 普通相談会というのは 日時の設定や広報など 多くの人に来てもらうために色々と工夫しますが 現時点では 情報が統一されていないことなどにより ある意味バラバラに動いている感じは否めません 「今すぐ現場へ」と「もう少し時期をずらして」 避難所にも色々な団体が出入りしていて いささかそれに疲れている人もいるかもしれません 難しいです
相談会終了後に釜石高校に寄り 怜央君に会ってきました お父さんは土曜日も仕事のようでした 話をした後30秒将棋を三局(もちろん0−3) 物資はきているようでしたが ダンボール1箱分のお菓子を置いてきました 土橋さんとはすれ違いでしたね その後 釜石→大船渡→陸前高田(同業にプリンターを届けた)とまわり帰ってきました 陸前高田に五階建の建物(雇用促進住宅?)が道沿いにありますが四階まではすべてガラスが割れていました 報道でも陸前高田は壊滅状態とありますが 海面との差があまりない市街地は半壊している建物が疎らにあるものの 前の街並みが想像できません 新仙人峠道路からしばらく普通の光景に見える釜石とはまた違った感じです 以上簡単ですが報告です   
【岩手日報記事紹介】  投稿者:高橋英聖(管理者代行)  投稿日:2011年 4月 1日(金)22時24分7秒 返信・引用
  みんな元気なら頑張れる 釜石高校の将棋アマ・小山君


 
田老にて  投稿者:永田  投稿日:2011年 3月31日(木)21時00分11秒 返信・引用
  長い間、アップできずにすみませんでした。物理的にアップできない環境にあったのです。また、近いうちにそうなるかもわかりません。今日はその合間を縫ってアップしたいと思います。
■今日は田老のお話です。宮古の支援学校には僕の高校の同級生が勤めています。つい、先だって生存が確認された友達です。
彼とは、高校将棋選手権を共に戦い、決勝で僕と彼が勝利打点をあげることが出来、ものすごく喜んだのを覚えています。そんな友のお話。
彼は田老に住んでいるのですが、ご存知のとおり、田老の万里の長城ともいうべき、防潮堤を津波が乗り越えてきました。僕も大学時代に田老で将棋合宿をしたことがあるのですが、街が塀の中にあるような状態で景観的にどうなのかなとも思ったりしたものです。その防潮堤が・・・。
当然、彼の住いは流されました。運の良かったことに地震発生時の14時46分は高台にある学校にいたため、無事だったようです。
彼は宮古工業の生徒に将棋を教えています。大会となると宮古からは距離が遠いので前日に生徒を連れて盛岡入り。そして、大会には参加せず必死になって、弟子の応援をするのです。
交通費も大会費も全て彼が持っています。これに普段の練習のための棋書、時間。全てをかけて育てた生徒もまた今回の被災者でした。生徒は藤原埠頭の近くにおうちがあり、家はもろに津波を受け、全壊。ご両親も未だ行方不明とのことです。
生徒は3年生だったため、就職先が決まっていました。一昨日、上京するにあたっての持ち物が下着3日分と僅かな食料だけだったとのことです。可哀相で可哀相で見ていられなかったそうです。
この先、どんな困難があるかはわからないけれども、今以上の絶望はないのではないか。彼は声高らかに送り出したとのことです。
彼自身は彼本来の教職という立場から、沿岸部の生徒に希望を持たせ、学ぶ機会を均等に確保すること。そのことだけに今は躍起となっています。
これまで20日間、学校で寝泊りしていましたが、4月からは盛岡から田老まで車通勤なそうです。不安は長距離運転ということと、ガソリン不足であること。宮古にアパートを借りたくても津波で流された人たちがいっぱいで借りられない状況なそうです。
岩泉も考えましたが、物件が少なすぎる。北は久慈ですが、ここも被災地。遠くても盛岡を選ばざるを得ないのだそうです。
片道3時間近くかかる行程ですから、朝五時には盛岡を出ないと始業前に着きません。しかも学校というのは早いですからね。どこの学校も七時過ぎには、部活のある生徒のために学校をあけています。「体に気をつけろよ」というのが精一杯でした。
今日は小山敏昭さんとお話が出来ました。現在、敏昭さんと怜央君は釜石高校の避難所で生活。敏昭さんは朝早く、避難所を出てお勤め先の大槌で残務整理をされています。自分たちの生活でさえ、大変な時に社員で安否のわからない方がいらっしゃることから、その対応に追われているのだそうです。
聖子さんと真央君は、先週土曜日より盛岡の繋温泉に避難されています。家族バラバラの生活ではありますが、それぞれ強い心を持って前を見て生きていかれています。僕らに出来ることは何でしょうか。これをご覧になったみなさん、出来ることを考えようではありませんか。ガソリン不足で大変なことは僕も承知しています。
僕も釜石に行った際は朝2時に起きて並びました。並べば必ずガソリンは詰められます。避難所で過ごされている方のご苦労からすれば何でもないことなのです。
もう一度、考えましょう。僕らに何が出来るのか。将棋仲間として、彼らに精一杯の愛情を注いであげましょう。僕らは、きっと彼らを救えます。
一人カッコつけたきらいがないでもありません。どうか、この趣旨にご賛同なさってくださる方々を募ります(既に細川正士さん、小山田政利さん、小島常明さん、盾石拓さん、簡聡さんが立ち上がってくれました)。ご協力のほど、よろしくお願いいたします。  
お見舞い申し上げます。  投稿者:永澤孝<山形メール  投稿日:2011年 3月29日(火)19時45分23秒 返信・引用
  このたびの大震災で被災された皆様、心からお見舞い申し上げます。
昨年は、東北六県大会で大変お世話になりました。
こちらの掲示板に書き込まれたお名前を拝見し、今回の被害を改めて身近に感じます。山形でお会いした棋友が大変ご苦労されながら、この掲示板で安否を確認しあい、励まし合っておられることに感銘いたしております。
被災地の復興には多難が予想されますが、健康にお気をつけがんばってください。東北六県の自治体同士も、被災者、被災地支援に取り組んでいますが、将棋仲間も皆様と一緒に困難を乗り切りたいと祈っております。

釜石は...  投稿者:小山田政利  投稿日:2011年 3月28日(月)23時07分17秒 返信・引用
  永田さんとともに行ってきました。
釜石の状況は永田さんが書かれていた通りです。
書くことはないですね。

で、今回の私は...
永田さんよりパソコンの打診があり、動作不安定なパソコンが埃を被っていたいたので、
これを提供することに。
急遽、筐体をはずしスプレーによる掃除〜余計なデータを削除〜必要なソフトをインストール
〜データの整合性がどうも?でchkdskをやるはめに〜で準備完了。
表示がどうか心配でしたが、大丈夫でしたので不良原因は予想通り過熱が全てだったようです。
(しかしなかの汚れがすごかった 何故?)

で、現地での動作確認&引渡しするために釜石へ。
パソコンは調子がよく、すんなりセッティング完了。 任務完了!!

釜石へはすんなりいけます。 津波の被害のないところはとても落ち着いています。
土橋さんもとても元気で安心しました。
しかし永田さんはタフです。 感心しました。  
 

 

【岩手高校4位入賞】第14回学生将棋選手権 団体戦結果  投稿者:高橋英聖(管理者代行)  投稿日:2011年 3月27日(日)20時59分44秒 返信・引用
  例年3月下旬のこの時期に、大阪で行われているこの大会ですが、
岩手高校が4位に入賞しています。

(以下の、「青森将棋界のおまけ」に掲載されています。)

日経新聞のリンクにあったご家族の方の避難のほか、4月からの新生活準備など
諸々が重なる中での参加に、敬意を表します。

「震災前にできていたことで、同じように今できることには、取り組んでいく」
ことも大事な視点だと思います。  
安否情報公表間近  投稿者:永田  投稿日:2011年 3月26日(土)22時45分55秒 返信・引用
  固定電話不通のさなか、本日はいてもたってもいられず盛岡の小山田政利さんと一緒に釜石に向かいました。しっかりとこの眼に現実を焼き付けようと思ったのです。
釜石はテレビ放映の通りのありさまでした。まずは釜石駅。新日鐵前の広場は流木、逆さまになった車がまだ片付けられていませんでした。津波は鈴子町まで押し寄せたのです。自分の頭と同じ高さに新日鐵の横断幕がありました。しかし、これは濡れていませんでした。ということはここまでは水位があがらなかったと思料されました。
大渡町のホテルマルエは一階部分が綺麗に片付けられていました。しかし、そこから先は地獄絵図です。大町、只越町は壊滅状態。銀行や東北電力の丈夫な親柱が残っているだけで一回部分は瓦礫が埋まっていました。震災後、半月も建って瓦礫処理が進んでいるにも関わらずです。
道路はだいぶ、通れるようになりました。道路が通れるようになると皮肉なことに、お店の痕跡にその家族と思われる方が何か遺品がないか、探し物をしていました。思わず胸が締めつけられそうになりました。市役所前、浜町も車の横転で、いまだ重機が入れない状態でした。
その後、僕らは昭和園近傍の釜石支部将棋道場へ足を運びました。道場を覗くと、建物はいつもと同じ佇まいでした。中も地震の揺れがあったものの、昔の道場と変わりないように見えました。そのお隣に小関文義さんのお宅があります。僕らがウロウロしていると、小関夫人がでていらして、「主人は中妻のガソリンスタンドで並んで待っている」とのこと。義勝さんもご無事とのこと。ここに小関兄弟の無事が確認されました。
その後、小佐野へ向かい、土橋吉孝さん一家を訪ねました。津波が来たときに土橋さんは部屋の窓から波が押し寄せてくるのを眺めていたそうです。
愛娘のしほさんから、「お父さん、お母さん、危ない。逃げるわよ。」との忠言に従い、林道に車を走らせたのだそうです。その後、津波が中学校を、小学校を、駅を、街を呑み込んだのだそうです。鵜住居には蓬莱館を残してみんな海の底となったそうです。皆、ここまで来ないと思い、自宅にいた人が波にさらわれたそうです。しほさんの一言で、土橋さん一家は助かったのです。津波は鵜住居川を遡り、旧釜石北高校の辺りも呑み込んだそうです。山から見下ろした片岸町は全て海底に沈んで見えたとのことです。生死の境目はほんの偶然にかかっていました。
その後、三日間、山の中で待機。途中、集会所を訪れたりしたものの寒さで体が凍えそうになり車に戻ったりしたとのこと。残りのガソリンメーターを気にしながら(運の悪いことに数リットルしか入っていなかったそうです)のワンセグ中継を朝、昼、夜と時間帯を決めて確認。林道で両石へ抜けられる確実な情報を聞き、決死の覚悟で車を南へ走らせたのだそうです。ここにも幸運がありました。数日前に三陸縦貫道両石区間が部分供用されており、寸断されていた国道45号を脇目に必死の思いで釜石の街へ向かったのだそうです。
しほさんは成人式でお気に入りの着物を流され、せめて写真さえと思ったものの写真屋さん自体も流されてしまい、どうすることもできなかったそうです。
母君に「東京にいる惇朗君も心配したんでしょうね」と聞くと暫く連絡がとれなくて困ったとおっしゃっていました。しほさんの携帯も水を被り不能に。頼みは土橋さんの携帯だけでした。
電気もガスも水もない山中でのさめざめとした心細い夜。家族で身を寄せ合った話は僕の想像を絶するものでした。幸いにも土橋さん一家は皆、ご無事でしたが、親族の方が一人、遺体で発見され、まだ行方不明の方もいらっしゃるとのこと。気の休まない生活が続いておられます。
しかし、土橋さん一家は苦難のさなか、笑みを大切にしていらっしゃいました。家族が全員助かったこと、それが奇跡だったと。けな気な姿に僕は眼を合わせることができませんでした。
その後、テレビで陸前高田支部長の柳下正一さんが避難所でボランティアで散髪をしていたこと(柳下さんは床屋さんなんです)、宮古の花坂康太郎さんを携帯で呼び出し、「みんな生きているか〜」の問いに「ああ、そうだ」の応答。
花坂さんの印刷会社は海岸沿いなので津波にやられたが、ご自宅は西が丘の高台なので大丈夫であること、山内秀一さんもご自宅が浸水したものの元気であることを確認。本日をもって、沿岸の岩手王座戦地区代表の全ての方々の生存が確認されました。奇跡が起こったのです。
別れ際、土橋さん一家は甲子川の土手から、バックミラーの姿が小さく映るまで手を振ってくださいました。豆粒のように小さくなろうとも手を振っている。大きな声で叫んでいる。生きている。その姿に感動を覚え、ミラーが霞んで見えなくなってしまいました。
今、支部会員の安否確認に県連も血眼になって連絡をとりつけています。川村文隆事務局長より、後々、公表されると思います。もうしばらくお待ちください
 
パソコン頂きました  投稿者:土橋吉孝  投稿日:2011年 3月26日(土)13時26分55秒 返信・引用
  本日、永田君、小山田さんお二人が釜石まで見舞いに来てくれ
パソコンを頂きました。久しぶりに銀河研にカキコします。
本当に有難うございました。  
大会の中止について  投稿者:及川直孝  投稿日:2011年 3月24日(木)20時40分26秒 返信・引用
  3月27日に予定されておりました、パル春休み子供将棋大会は中止となりました。
パル側と北上支部で協議の結果決定いたしました。

 
陸前高田情報  投稿者:永田  投稿日:2011年 3月22日(火)22時03分50秒 返信・引用
  今日は嬉しい報せが続きますね。遠野の小島常明さん、ありがとうございます。
■陸前高田情報です。陸前高田支部の柳下正一さん(高田)が高田一中に避難している旨、岩手日報紙上で確認することができました。柳下という姓はそれほど多くありませんから、ご本人で間違いないと思います。確か、高田町で床屋さんをなさっていたはずです。
高田町は街がまるごと無くなっていましたからね。心配でした。お酒が好きな方はご存知かかと思いますが、気仙の銘酒と言えば酔仙。酔仙酒造は結構、山手に建っているのですが、それさえも波が建物ごと海へ持ってかれました。
囲碁の新本隆さんもご親族が矢作町にいらっしゃるそうですが、竹駒町まで津波が押し寄せ、竹駒駅を破壊したそうです。親族の方の家は道路ギリギリで被災を免れたとのこと。矢作まで押し寄せたとは。もしかしたらば横田町にも津波の影響があったのかもわかりません。
■それから今朝、七時半頃に岩泉美智子さん(毅君の母君。夫は宮古勤務)からお電話を戴きました。以下は19日土曜日に現地入りした宮古情報です。
「テレビで津波が湾を襲う惨憺たるシーンが何度も々々も放送されているが、新市街地はそれなりに復旧の兆しである。ひどく損害を受けたのは昔からの浜街(鍬ヶ、藤原埠頭)。宮古市役所は湾に向かって聳立しているため、一階こそ瓦礫の山だが三階より上は電気がついていて職員が仕事を行っている様子が見てとれた。市中心部店舗も既に本格営業(キャトル、生協ドラ、魚菜市場等)。物(カップラーメン・惣菜等)も、今の行列待ちの盛岡と比べて品薄ではないと感じた。宮古駅周辺は次第に元の状態に近づきつつあるのではないか。今週、土曜日にまた宮古に行くので、様子を報告したい」とのこと。
他に強く感じたことは、美智子さんは医療関係にお勤めのことから、三陸沿岸の医師が疲れ切っている印象だということ。何とか、内陸からボランティアとして参入する方法はないのか、思案していらっしゃいました。
現在、テレビをご覧の皆様もお解かりの通り、災害本部が被災者親族からの安否の問い合わせ、物資提供、ボランティアの申し込み等の調整でパンク寸前のようです。
実際に主要道路で許可待ちの遠方からのボランティアの方々がいらっしゃいます。僕の友人がボランティアで大槌町吉里吉里に入っていました(今朝の岩手日報)。彼は鹿児島から来ました。
多くの方々が、岩手に飛んで駆けつけております。被災者のみなさんのため、今の自分に何が出来るか考え、素早く行動なさっています。
■それから宮古市中心部の固定電話が繋がるようです。親族の方がいらっしゃるようでしたらば、かけてみてあげてください(ただし、夜はお休みなので朝にしましょう)。そして、将棋関係者の情報があったならばこちらにアップしてくださいますようお願いします。  
怜央君へ  投稿者:遠藤天太郎(宮城県)  投稿日:2011年 3月22日(火)17時45分39秒 返信・引用
  掲示板を見て、怜央君が無事と知って安心しました。家族の方も無事のようでなによりです。携帯電話にはつながらなかったので非常に心配していたところでした。
また将棋を指せる日を楽しみにしています。  
洋一さんが無事です  投稿者:小島常明 メール  投稿日:2011年 3月22日(火)16時02分1秒 返信・引用
  釜石支部で山田町在住の藤原洋一さんが無事との報告を受けました。洋一さんの姉が遠野に嫁いでおり、その旦那さんが私の事務所にみえられ本人と電話で確認できたそうです。家は住めない状態で、今後は遠野に住みたい意向もあるそうです。心配いていた藤原洋一さんが無事でなによりです。  
喜報【大船渡】【宮古】  投稿者:永田  投稿日:2011年 3月21日(月)20時23分59秒 返信・引用
  喜ばしいお知らせです。
■まずは大船渡情報です。本日、渡邊豊助さんと携帯電話が繋がり、無事とのこと。家が高台の大船渡町笹崎にあるため、自宅は難を逃れたそうです。ここは下田隆衛さんの家もすぐ近くです。そして付近の加茂神社が避難所になっていまして、渡邊さんは町内会長のため、避難所で慌ただしく活動されているそうです。
他の支部会員の方々の安否を聞いたところ、青砥昭悦さんとはコメリ大船渡インター店でお会いしたと言っていましたし、青砥真悦さんもご無事とのこと。青砥兄弟は養殖の盛んな赤崎町に御住いでしたので非常に心配しておりましたが、背後に山があるため登り、大丈夫だったそうです(赤崎土手まで水があがり、盛駅、サンリアまでが冠水)。
他には大船渡道場長の木下安郎さんも健在だそうです。木下邸は元病院跡地に程近い高台ですからね。ここは安全です。
渡邊さんは他にも鈴木和雄さんが街を歩いてるのを見たそうですし、大森行さんもお元気だそうです。
大船渡市は大船渡町、盛町、猪川町付近はすでに電話が繋がります。津波災害から程遠い日頃市はまだのようです。日頃市にはお世話になった幹事長(四間飛車党で毎回、県大会に参加する方。四段)がいらっしゃいます。早く電話で元気な様子を確認したいです。

■それから、菊田健生さん提供の宮古情報です。本日午後三時頃、盛岡の三浦茂男さんに確認したところ、花坂康太郎さんが自宅避難とのことでした。西が丘団地は早くから新里とバス運行を再開してましたからね。まずはご無事で何よりでした。落ち着きましたらば(固定電話が通じたら)宮古関係の方の安否を確認したいと思っています。
 宮古関係で皆様にお願いがあります。名前を出すと喧伝する者があるかもしれないと考え、出しませんが山田町の振飛車党の強豪の方(元県最強者、準竜王)の安否を確認したいです。情報をお持ちの方はご提供願います。この方は春の棋戦に強いことから「春男」と土橋吉孝さんの観戦記で紹介されていたのを覚えています。
土橋さんがこのカキコをご覧になっておられましたらばいいのですが。3月17日にグーグルで検索したところ、船越でこの方と思われる方(同姓同名かもわからない)が親戚のお宅に避難されているとのこと。僕の遠い記憶ではご自宅が船越だったか豊間根だったかはっきりしません。船越だったとすればドンピシャリだと思うのですが確証が持てません。
釜石支部の方がご覧になっていればわかるかと思うのですが。土橋さん。見ていればカキコ願います。

 今のところ、本掲示板に悪質な者のカキコがありません。皆様のご協力に感謝します。というのは田老の助かった友人からメールがあったのです。生きている旨、インターネットにアップしたところ、山のように迷惑メールがきたと。それでメルアドを変更してしまいました。やはり気をつけねばなりません。僕も「僕になりすましカキコ」に警戒しています。皆様も諸事情をご賢察のうえ、情報提供くださいますようお願いします。  
宮古情報求む  投稿者:永田  投稿日:2011年 3月20日(日)21時47分54秒 返信・引用
  昨日は所用で盛岡に行っており、アップできずすみませんでした。
中三爆破被災地の家にお見舞いに行きました。僕の親戚の家は肴町で爆発でガラスの破片が飛び散り、一時、騒然となったようです。
幸いにも、親戚は家の玄関の破損程度で済んでおり、ケガがなくてよかったです。
時間があったので岩手囲碁センターに立ち寄り、簡聡さん、新本隆さんから囲碁関係者の安否情報を窺うことができました。囲碁関係は相当にスピードが速いですね。避難所の都合もあるのですが、当人からの連絡が割とうまく関係者に伝わっている模様です。今のところ、いい情報ばかりのようです。

さて、中村さん。小山家の安否情報カキコありがとうございます。
こうした情報が逸早く避難所の方々に伝わることが大事なのです。
今日午後七時頃、住田の下田隆衛さんから電話があり、「初めてネットに接続できて県棋界関係者の安否が確認できた」とおっしゃっていました。
逸早くカキコすることで、それを見た方(ネットを繋げる環境にある方)が避難所の方(ネットを見ることのできない方)に連絡することができるのです。1分1秒でもそういう情報を待ち望んでいらっしゃいます。
何せ、電気が・電話が・道路が・ガソリンが途切れている状態です。
いつ誰でも避難所に行ける状態ではありません。この掲示板により、被災地に赴く人に知らせることで、避難所の方々に正しい情報が伝わります。
今こそ、将棋仲間のネットワークが重要なのです。

藤原さん、小山敏昭さんのアップありがとうございました。
僕も前日にIBC報道で気づいてはいたのですが、「としあきさん」とだけしか頭に無くて漢字に自信がなくて当人である確証をもてませんでした。
こういう場合の確認は「○○さんでよかったでしょうか?」と問い合わせるのは少し危険です。受け取った側は慌てて「確かそうなはず・・・」という類のメールを返しがちです。「小山君のお父さんの名前を漢字で教えてください」という聞き方にする方が確実な回答が得られます。
一昨日、八割方、大丈夫な方がいると僕が記したのは小山敏昭さんのことだったのです。とにかく生存されていてよかったです。後から当掲示板を確認したところ、想像を絶するようなご本人のカキコがありました。まずは体を休めてください。

また被災された土橋吉孝さんからも、今朝、「命からがら逃れた」旨のメールを受信しました。今日から携帯電話が通じるようになったようです。
 本日の岩手日報紙・陸前高田市の「矢の浦公民館」と「小友町」で<同じ名前>で避難された将棋関係(確か二段か三段のはず)の方がいらっしゃいます。名前を書いたりすると「本人なりすまし」で情報錯綜の恐れもあるため、書きませんので、心ある方で確認方、よろしくお願いします。

今、一番情報がとれないのが宮古方面です。本日午後二時頃、岩泉毅君の父上(宮古在住)と電話が繋がりました。現在、市民が復興を目指して不眠不休で頑張っているとのことでした。
他にも友人が宮古にいましたので聞いてみましたところ、鍬ヶ岬、藤原、金浜周辺が壊滅的な被害(鍬ヶ岬、金浜では知人に不幸がありました)。
千徳あたりは難を逃れた(友人は千徳在住)と聞いています。山口川近傍で波が止まったのかもわかりません。ただ、明るい兆しとしては田老駅−宮古駅間の三鉄が本日より部分運転を開始したというニュースがありましたので宮古駅付近は相当、瓦礫の処理が進んでいるものと思われます。魚菜市場も営業が始まるとの情報も得ています。もう、盛岡からも宮古行きのバスが出ていますので、明日あたりに将棋関係者の情報が入ってくるかもわかりません。

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