遥塚庵 《 ・・・ 見たい聞きたい食べ歩きたい ・・・ 》

またまた、とても忙しくてブログ書く時間がありません。近々まとめてネタ放出します。スミマセン! 170420

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2013年3月23日(土)

JR主催の駅からハイキング
「さむかわ散歩・歴史と文化を巡る寒川ウォーク」に参加してきました。

当日の行程は、

相模線 寒川駅 ⇒ 安楽寺 ⇒ 寒川神社 ⇒ 倉見駅 ⇒ 十二天神社 ⇒
行楽寺 ⇒ 観音堂 ⇒ 目久尻川沿道 ⇒ わいわい市 ⇒ 相模線 寒川駅
で、距離(公称)は10.5Kmになります。

都内のウォーキングが多くてかなり行ったコースの企画が多くて少し辟易としていたのですが
神奈川や都下に目を向けてみたら圏内に面白そうなコースを発見したので今回参加することに
しました。寒川周辺はは20年前の当時に厚木の事業所に勤務していた時に何回かきていて、
それ以来の訪問になります。

9時少し前に寒川駅到着。既に50名以上の方が並んでいます。皆さん早い! 
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スタートして暫く歩いてゆくと、安楽寺に到着しました。

 安楽寺
  養老2年(718)の開創と伝えられ、江戸時代には寒川だけでなく、海老名、藤沢市に
 及ぶ末寺18ヶ寺を支配していました。明治後期、宝塔院、等覚寺、観護寺(以上岡田)、
 東福寺(下大曲)を合併して現在に至ります。
 本尊の大日如来坐像は平安時代の作。町域では最も古い仏像です。境内には準四国八十八ヶ
 所巡りの大師坐像や江戸時代初期の月待供養塔などがあります。
  ≪寒川商工会 HP より≫

とても趣きのある落ち着いた本堂です。
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裏手には桜が満開。小さいですが綺麗な庭園があります。
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その庭園の階段をあがってゆくと「大(応)神塚(おおじんづか)古墳」があります。

大(応)神塚(おおじんづか)古墳
全長約50mの帆立貝式古墳。
明治時代に発掘調査が行なわれ、銅鏡や直刀などが出土した。5世紀頃の築造と推定される。
町指定史跡、1997(平成9)年指定。
周辺では小円墳が数基確認されており、調査が行われた1基からは人骨のほか金環や玉類、
直刀、鉄鏃などが出土したという。
  ≪古墳マップ より≫

5世紀に古墳をつくる程の豪族がいたみたいですねー。すごい!
全体を俯瞰して写真を撮りたかったのですが、それなりに大きくてこの写真だけ見たら、どこ
かのゴルフ場のラフみたい・・・(笑)
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地上4〜5mの頂上には石碑があります。
これまた高低感が伝わらない写真ですこと。。。遠近感全くなし!(スミマセン)
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ゆくりと北上してゆくと、寒川神社の入り口の神池橋に到着です。
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樹木に守られた参道をゆっくり歩いて行きます。
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神門に到着しました。
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神門をくぐって正面には拝殿がありますが、案内係りの方が「おいで、おいで」しています。
「立ち入り禁止」のプレートを無視して「奥へどうぞ」ということで奥に案内されます。
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奥には方徳資料館がありました。通常はご祈祷申込の方のみ入館可みたいですが、今回はこの
ツアーに参加した方には開放して頂いたようです。

 方徳資料館
  相模国一之宮として古来より崇敬を集める寒川神社は、関八州の裏鬼門に位置する所から、
 八方除の守護神としても信仰されていた。これに由来し館名を「方徳資料館」と称して、日
 本文化における方位除の信仰の歴史と意義を正しく伝達すべく2009年に設立された。
 方徳資料館の活動は、1方位除信仰関連の歴史展示(於:常設展示室)、2企画展の実施、
 3 学術研究並び助成、研究発表の実施、4寒川神社の信仰の教化・啓蒙活動、5出版物の刊行、
 6各種資料の収集と保管(於:二階収蔵庫)である。
  ≪國學院大學HP より≫

ということで有難く入館させて頂くことに。。。
イメージ 10


大神塚古墳出土品の考古遺物、後北条氏寒川神社再興棟札、武田信玄奉納「六十二間筋兜鉢」
(国指定重要美術品、神奈川県指定重要文化財)などが展示されています。
イメージ 11


八方除の守護神ということで、方位に関する展示物としては、『宣明歴』全七巻(稀購本)、
「ソディー6球連鎖」(文政5年(1822))などが展示されています。
イメージ 12


方位から発展して江戸時代の時計も展示されています。
日の方位を追うことによって時を感じるようになったというところでしょうか?

展示の中から「なるほど〜。。。」を一つ。

 時刻の呼び方
  時刻の呼び方には十二支と数が使われました。数は九つから八・七・六・五と四つまで下
 がると、また九つに戻ります。日の出が「明け六つ」、昼まで五・四・九と数えて、午後は
 はまた八・七と数えて日の入りの「暮れ六つ」に戻ります。夜に入ると五・四ときて暁九に
 至り夜明けに向かって八・七と数えたました。当時は2食だったのですが、現在の午後1時
 〜3時頃に取ったた間食が「昼八つ」にあたったため間食を「おやつ」と呼ぶようになった
 ということです。

 わかりました?
                 
     ⇒暁          ⇒ 明         ⇒ 昼         ⇒ 暮
現在 23 24 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18(・・
江戸  ←9→ ←8→ ←7→ ←6→ ←5→ ←4→ ←9→ ←8→ ←7→ ←6
十二支  子   丑   寅   卯   辰   巳   馬   午   未   申
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そして拝殿です。

 寒川神社
  古代、相模川沿いは相模国造がおり、また社が高句麗系渡来人の入植地である高座郡に属
  するため、有力な豪族のいずれかが造営したと推定される。雄略天皇の時期に奉幣、神亀
  4年(727年)に社殿建立の記録があるが、公式には『続日本後紀』にて承和13年(846年)
  に仁明天皇から従五位下を授る記録がある。
  『延喜式神名帳』では「相模国高座郡 寒川神社 名神大」と記載され、名神大社に列して
  いる。また、鎌倉時代の『吾妻鏡』には「一宮佐河大神」と記載があり、相模国の一宮と
  されたことがわかる。戦国時代には武田信玄が行軍中に当社を参拝し、自身の纏っていた
  兜と太刀を安全祈願に奉納した。
  明治4年(1871年)5月、近代社格制度において国幣中社に列した。
  《Wikipedia より》  
イメージ 14


 寒川神社は、古くより全国唯一の八方除の守護神として信仰されています。八方除とは、地
 相・家相・方位・日柄等から起因する、すなわち方位神によるあらゆる悪事災難を除く方災
 厄除の神としての御神徳です。ここに、方位盤・四神の彫塑・渾天儀という八方除に因む三
 つの構造物の鋼製による記念碑を制作しました。方位盤は四正(東・南・西・北)と四隅
 (北東・東南・南西・西北)の八方位と中央の九星・十干十二支を、八方には易の八卦
 (はっけ)を配当しています。一般的な気楽方位盤とは異なり、八方位を均等に配置し正八
 角形の意匠でわかりやすく象られています。四神は天の四方の方角を司る霊獣で、東は青龍、
 南は朱雀、西は白虎、北は玄武を配します。渾天儀は、本来天体の位置・星等を観測する器
 具ですが、特に星の運行は人々ばかりではなく国家の命運をもにぎると考えられました。天
 文観測により暦が作られ、さらに暦によって日々の吉凶が占われたのです。龍は天空を支え
 るという故事にならい、渾天儀の四隅に配置しています。
 《案内版より》

方位という考え方は古来から続いているということですね。
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寒川神社を参拝してさらに北上。相模線の倉見駅です。
駅舎が開業当時からコンクリート造りでアーチ型の入口が特徴で意匠になっているとのこと。
駅を開発した相模鉄道が砂利事業を行っていて自社で資材を調達したためコンクリート造り
になっているらしいです。そういわれれば特徴のある駅舎ですね。
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暫く街中をあるいて十二天神社に着きました。

 十二天神社
  神話にある土地の守り神「天神七代と地神五代」や「東、東南〜東北の八方をつかさどる
 護世八方天に天地日月を加えた12方位を守る十二神」の説がある。
イメージ 17


その先を暫くゆき、傾斜のある道をゆっくりあがっていったところにある、行安寺です。

 行安寺
  発祥は不明。
 阿弥陀如来は、あらゆる衆生を救済するために四十八の大願を成就して仏となり、現在も
 西方浄土にあって慈悲による永遠の救いをと言われている。この本尊は湛慶作と伝えられ
 サク制作年代がわかっている町内の仏像では最古のもの。

残念ながら当日は法事があってこれより先に入れて頂くことができませんでした。
イメージ 18


用水路を沿いを歩いた先にある、観音堂です。

 観音堂
  かつて観音寺と称し、八王子街道を永池川の間、現在の水神宮付近に建てられた。安政火
 事の際に本尊を焼けないように川に投げ込み、その後現在の場所に安置されたとのこと。
 また、この場所に寺子屋が開かれ、教育の場でもあったとのことです。

粗末な建物。。。これがお寺?と思いまいたが、その時代は普通だったんだと思います。
イメージ 19


用水路沿いを歩いて、目久尻川へ。
イメージ 20


菜の花が綺麗な目久尻川沿いを歩きます。
イメージ 21


大通りに出て暫く行くと、わいわい市へ。
イメージ 22


たくさんの花の鉢。1鉢が100円程が多いのにびっくり。賑わうのがよくわかります。
イメージ 23


その先、暫く歩いて寒川駅まで戻ってきました。
イメージ 24


都内に比べたら全てがゆっくりに時が流れて行くように感じました。あれもこれもがないのが
いいですねー。行ける範囲でこんな小都市の新発見ができるツアーがあればまた参加したいです。
とても楽しいウォーキングでした。

当日のデータは、ウォーキングデータ記録に記載します。

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閉じる コメント(6)

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のどかな雰囲気で、いいですね〜。こんなところをハイキングもいいですね。
寒川神社、聞いたことある…
行ったことあったのかな〜??
なんでしってんだろ(笑)

2013/4/25(木) 午前 0:40 ムーラン 返信する

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倉見駅! 神奈川在住時代 良く利用してました。
凄い懐かしいです

歴史ある建物で立替はしないみたいですねー。

猫ちゃんいませんでしたか? 倉見駅のアイドル 猫ちゃん

懐かしいです。

2013/4/28(日) 午前 0:35 「夜 ノ もどきん」 返信する

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ムーランさん こんばんわ
寒川は初詣の参拝が多いのでニュースなどでご存知なのかも。
ともても厳かな神社でした。

2013/4/28(日) 午後 7:37 newluke0414 返信する

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もどきんさん こばんんわ
懐かしかったようで・・・
のどかな街ですね。私はこんな街大好きです。

2013/4/28(日) 午後 7:39 newluke0414 返信する

顔アイコン

「のどかな街ですね。私はこんな街大好きです。」
ありがとうございます。
1年以上前の記事を今(2014.5)拝見しました。
寒川町の住民の一人として、うれしいです。
他にも寒川町のウォーキングコースがあります。
http://homepage3.nifty.com/samukawa−kankou/watch.html(スイマセン半角にしてご利用ください)
いつか、機会があったら、お越しください。 削除

2014/5/1(木) 午後 0:56 [ jyohokichi ] 返信する

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jyohokichiさん こんにちは
コメ&情報ありがとうございます。
機会があればまた是非寒川に伺わせて頂きます。

2014/5/1(木) 午後 1:10 newluke0414 返信する

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