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2008年07月31日 (木)
視点・論点 「発言するロスジェネ」
作家 藤原 智美
> ところがなぜ、彼らがわざわざあえて古いメディアと言われるような、こういう雑誌に手を出したのか、作ったのか、ということが、僕はとっても気になったんですね。
> この中でロスジェネで、巻頭のページでロスジェネ宣言というのをやっているんですけども、その副タイトルが「今我々の言葉はリアルだろうか」と書いてるんですね。このロスジェネ宣言の最後には、「この空間から紡ぎだされた言葉が、あなたの心に少しでも届くことになればうれしい。ささやくような小さな声が、次第に大きなうねりになることを願う」と書いてあります。
> つまりインターネットの言葉というのがありますが、それが非常に手軽で言わばバーチャルな空間で瞬時に流れるんですけども、どうもそれは、今のところ私たちの日常とか社会を変えていく、あるいは、届くというよりは、バーチャルな空間だけで、回遊しているだけで終わっている。そういう部分、そういう危うさということに、ようやく彼らも気付いてきたのではないか、という気がするんですね。
> いわゆるそのこういた雑誌を作る。手作りで作る。そして書店に置かれる。これを目にする人がいる。で、これを手にする。そして読む。そして回し読みをする。この一連の行為というのが、言葉、ここに連ねられている言葉に、リアリティを与える。つまりこの雑誌が存在するということそのものが、ひとつ運動といったものになっているような気がするんですね。それが言葉に重みを与えているという気がします。
はい、売文家らしい傲慢な意見ですね。
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