視点・論点

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http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/10810.html

2008年08月05日 (火)
視点・論点 「10年目の夏休み」
作曲家 服部公一

> 音楽とスポーツというのはね、両極端にこう見られる。つまりスポーツ少年というのと、音楽少年というのと、なんか音楽少年というのは、青白いみたいな印象を受けるんですけど。これはしかし、スポーツと音楽っていうのは、とっても結びついてましてね、いわゆるスポーツ的なそういう訓練、そういう気持ちがないと、音楽はマスターできないんですね。

そりゃ、音楽じゃなくても、噺家でも書道家でも、なんでもいっしょでしょ。作曲家離れした狭い見聞が、すてきです。

> ということは、ほら、人生10年目のまあ夏休みだったか、冬休みだったか、知りませんけど、その時期に集中的に勉強する、そういうのが非常に効果的だという実例なんですね。

一例報告で「実例」と太鼓判を押す、この論理性。われわれがこの作曲家から学ぶ部分は、たくさんあるものです。

> そこで、私どもが昔やらされたみたいに、夏休みの宿題帳なんていうのを一生懸命やってね、夏休みの終わりに晴れだったか、雨だったかなんてことを、一生懸命、忘れて、気象台に電話かけたりなんかして。そういうことを、ああいうことをやるのを、私はもう、残念だと思いますよ。

いや、そこで気象台まで電話をして調べようなんて心意気は、大切にしていいんじゃないのか...気象台には良い迷惑かもしれませんが...


作曲家は言葉を使わずに音楽で勝負しなさい、という話ですね。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/10677.html

2008年08月01日 (金)
視点・論点 「MAKE the RULE」
NPO気候ネットワーク代表 浅岡美恵

> 工業化以来の排出蓄積量では、先進国が4分の3以上を占めます。先進国のこれまでの温暖化への責任は重大で、率先して削減すべきことはいうまでもありません。

産業革命を「工業化」と表現するなんて、ちょっとしたハイカラさんでしょうか。

> そこで、温暖化に関心のある全国のNGOが連携して、「Make the Rule」キャンペーンを始めます。今日がそのキックオフです。キャッチフレーズは、「新しいルールで地球をクールに」。

...どうなんでしょうか。産業革命を工業化と表現するくせに、温暖化は気候変動と表現しないあまのじゃくっぷりも、なかなかのもんです。

>また、イギリスでは2000年から、国内排出量取引や事業所との協定、炭素税などの仕組みが何重にもつくられてきましたが、今から2050年までの削減経路を法律で定めて、長期目標と今日の政治の責任とを結びつける法律の制定を働きかけたのは、NGOでした。科学の要請を反映させていくため、政治から独立した気候変動委員会を置くとされ、既にかげの委員会が活動しています。

...か、かげの委員会ですか。

> この星で、すべての人が幸せに生きつづけるために、全国の市民・消費者・事業者のみなさまと、この日本の課題に取り組み、政治家たちに働きかけていきたいと思います。私たちの声が、アクションが、変化を現実にする力となるのです。

ま、最後は良い事言っているので、別に突っ込む必要もないっちゃ、ないのですが。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/10679.html

2008年07月29日 (火)
視点・論点 「日本の柔道 世界の柔道」
筑波大学大学院准教授 山口 香

これは傑作なのでぜひ!

> 現在、国際柔道連盟には議決権を持った日本人の理事は一人もいません。政治的な駆け引きもありますが、日本なしでも柔道は大丈夫という世界からのメッセージではないでしょうか。

これ、よく事情は知らないのですが「国際柔道」なんて柔道じゃないぜぇって感じなのでしょうか?じゃあ世界選手権とか出るなよって気もするし、よく分からない話です。

> 「勝つこと」は柔道における人間教育の延長線上にあるもので「勝つこと」の為に柔道をやっているわけではありません。柔道の目指す理念を失ってしまったのでは、世界に向けて発信するべき日本の柔道はありません。

これはいくらなんでも、理想論ですが「道」を名乗るのですから、こういう理想論の1つや2つをしっかり受け止められるような競技であってほしいものです。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/10660.html

2008年07月30日 (水)
視点・論点 「20年ぶりのカンボジア」
ユニセフ親善大使 黒柳徹子

> そしてそこの行ったストゥントレン州で、私とても悲しいと思ったのは、子供の事故で一番多いのが溺死、溺れて死ぬっていうこと。これどういうことかって言いますと、子供たちがそういうふうに、非常に栄養が悪いっていうのは、タンパク質が取れないからということで、みんなが自分の家の前に池を掘って、そこにお水をいっぱい入れて、お魚を飼ってすぐ子供にタンパク質を与えようと、みんなが考えていたんですけども、そこに柵なんかつけてないものですから、親がいない間に、子供がその中に滑って落ちてしまって、それで溺れて死ぬというような、そういうことが多いと聞いたので、ほんとにみんなのせっかくの親切のやさしい心がそんなふうな形になっちゃうのは、本当に気の毒だっていうふうに思いました。

黒柳のこういう視点は、素朴ながらも、課題の本質を浮き彫りにしていたりしていて、さすがだなって思います。

> でも一番大事なことは、今こうやって内戦が終わった。内戦中だとか直後はみんなの支援も多いんですけども、今こんなふうに平和になってくると、みなさんの支援がなくなるということで、今、本当にこの国で大切なことは、安心できる医療があることとか、それから、また子供たちが勉強を安心してできるような、質の高い勉強ができること。子供たちの将来、本当に自分たちが安心して生きていけるというふうな、そういう心の傷が治る、そういうようなこともとても大事だっていうふうに思いました。まだまだ支援がいろいろ大切だと思いました。

こういう話では、教育と医療という柱が出てくる事が多いけれど、ね。教育は否定しませんが、医療じゃなくて公衆衛生でしょ、ってね。

http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/10661.html

2008年07月31日 (木)
視点・論点 「発言するロスジェネ」
作家 藤原 智美

> ところがなぜ、彼らがわざわざあえて古いメディアと言われるような、こういう雑誌に手を出したのか、作ったのか、ということが、僕はとっても気になったんですね。
> この中でロスジェネで、巻頭のページでロスジェネ宣言というのをやっているんですけども、その副タイトルが「今我々の言葉はリアルだろうか」と書いてるんですね。このロスジェネ宣言の最後には、「この空間から紡ぎだされた言葉が、あなたの心に少しでも届くことになればうれしい。ささやくような小さな声が、次第に大きなうねりになることを願う」と書いてあります。
> つまりインターネットの言葉というのがありますが、それが非常に手軽で言わばバーチャルな空間で瞬時に流れるんですけども、どうもそれは、今のところ私たちの日常とか社会を変えていく、あるいは、届くというよりは、バーチャルな空間だけで、回遊しているだけで終わっている。そういう部分、そういう危うさということに、ようやく彼らも気付いてきたのではないか、という気がするんですね。
> いわゆるそのこういた雑誌を作る。手作りで作る。そして書店に置かれる。これを目にする人がいる。で、これを手にする。そして読む。そして回し読みをする。この一連の行為というのが、言葉、ここに連ねられている言葉に、リアリティを与える。つまりこの雑誌が存在するということそのものが、ひとつ運動といったものになっているような気がするんですね。それが言葉に重みを与えているという気がします。

はい、売文家らしい傲慢な意見ですね。

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