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			<title>日本人のすぐれているところ</title>
			<description>日本人であることに誇りを持つ。
誇りとは何か。
辞書で調べると、「名誉に感じること、また、その心」とある。
名誉とは何か。
「すぐれたものとして認められること」
すぐれるとは何か。
「他より勝る、立派だ、優秀だ」


誇りを持つとは、
「他よりまさる、立派である、優秀であると認められることだと感じられること。また、感じる心」を持つことになる。


日本人としての誇りは、日本人が特別だってところにある。
特別であると認められるものがちゃんとあるということだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>日本人のすぐれているところ</title>
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			<description>日本人であることに誇りを持つ。
誇りとは何か。
辞書で調べると、「名誉に感じること、また、その心」とある。
名誉とは何か。
「すぐれたものとして認められること」
すぐれるとは何か。
「他より勝る、立派だ、優秀だ」


誇りを持つとは、
「他よりまさる、立派である、優秀であると認められることだと感じられること。また、感じる心」を持つことになる。


日本人としての誇りは、日本人が特別だってところにある。
特別であると認められるものがちゃんとあるということだ。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being</link>
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		<item>
			<title>格言（作成中・・・）</title>
			<description>ぼくたちが常々用いているように、ばくたちは否定によって命題をあきらかにするやり方で、大事なことを定義づけてきました。&lt;br /&gt;
一方で、外国の名言や格言は肯定的で、</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/24580982.html</link>
			<pubDate>Thu, 26 Jan 2006 03:04:19 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>皇居一般参賀</title>
			<description>皇居一般参賀 13:30より (2006.1/2)&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;br /&gt;
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　皇居前広場までくると人込みで溢れてました。広場のまわりでは、緑の帽子をかぶった人たちが人込みにまみれて日の丸を配っていました。近くにいたお巡りさんの話だと彼らはボーイスカウトの人たちだそうです。紙の旗だったので、ガッカリしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　天皇陛下が手を振りながらゆっくりとこちらの方をおむきになったいたとき、僕は思わす手を振ってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　人ごみの中に雰囲気の違う男性が一人いました。おそらく私服警官だと思います。耳にマイクをつけているのが見えました。見た目は４５歳くらいの普通のおじさんですが、彼はジッと同じ場所に立っていて、陛下が現われても反応しませんでした。振り返ってみると目だけがしきりに動いてました。ちょっと恐かった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　年配の方ばかりと思っていましたが、いろんな年齢層の人がきていました。20歳前後の若い世代もちらほら見かけました。外国人も大勢きていて、以外だったのは韓国人のグループがいたこと。ハングル語でなんて言っていたか分りませんが、特に興奮した様子もなく、日の丸を振ってました。この日一緒にいた僕の知り合いは、外国人が日の丸を振っている姿がよほど珍しかったのか、携帯の写真で撮ろうとしてました。結局、撮りはしませんでしたが、言われて見ると、なんだか変な感じがしました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　天皇陛下は本当に僅かな時間しか出て参りませんでしたが（3分～5分くらい）僕も知り合いも、きてよかったと思いました。&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/22466957.html</link>
			<pubDate>Thu, 05 Jan 2006 19:50:19 +0900</pubDate>
			<category>倫理学</category>
		</item>
		<item>
			<title>日本人は家族が死んでも悲しくないのですか</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;私は以前、掲示板の中で韓国の留学生からこんな質問があったのを憶えています。&lt;br /&gt;
大体こんな感じの内容でした・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
―――――――――――――――――――――――――――――――――&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;　日本人が自分の家族やごく親しい友人を亡くしても取り乱さないのはなぜですか？韓国では悲しさのあまり、泣き叫び、どうにかなりそうなほどです。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　私が日本に留学してるときに読んだ本の中に、息子を亡くした母親の話がありました。&lt;br /&gt;
本の中で、母親がお世話になった担任の先生に最後の挨拶をしにいくという場面で、&lt;br /&gt;
母親はそこで握りしめたこぶしが震えるほど悲しいのに、なぜか、口元には微笑すら浮かべたていとありました。わけが分かりません。&lt;br /&gt;
　まさか、本当は悲しくないわけじゃないですよねえ？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　聞いた話によると、どうやら武士道と関係があるようなのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本のみなさんどうか教えて下さい。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
―――――――――――――――――――――――――――――――――――&lt;br /&gt;
Yahoo!掲示板より&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;#556b2f&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
　日本人は悲しみを噛み締めるものだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本人は悲しいからといって泣きません。また、辛いからといってわめいたりしません。&lt;br /&gt;
日本人はそれらの感情を簡単には表に出したりはしないのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本人は一般にこうした感情を表に出すことは情けない（＝恥である）と思っているようです。&lt;br /&gt;
このことは確かに武士道とは関係あるかもしれません。武士の場合は自分の悲しさや辛さに左右されない不屈の勇気を訓練していたといいますから、ルーツはそこからきてるのかもしれません。&lt;br /&gt;
ですが、今の段階ではまだまだ勉強不足でハッキリしたことが言えません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本人は悲しみや辛さを味会うと書いてありました。確か「武道落穂記」という本の中にです。&lt;br /&gt;
　ひょっとしたら、それはむしろ忘れないようにしているのかもしれませんね。&lt;br /&gt;
大切な人を思うこの悲しみや辛さをじっくりと時間をかけて消化するのは、実は大切に記憶しておくためではないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　口元の微笑はおそらく、こんなに辛いんなんて、余程息子を思っていたのが身にしみて分ったのでしょう、母親としてそれが実感できたことがうれしくて笑ったのだと思います。&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/22439731.html</link>
			<pubDate>Thu, 05 Jan 2006 14:56:54 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>アメリカ人の本音</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
 私が一応は見聞きしつづけている戦後の日本についていってみよう。日本人を怒らせるのは心苦しいが、私は断言したい。日本がアメリカの属国でありつづけたことは否定すべくもないのだと、戦後の日本人が「ワールド（世界）」というのはアメリカのことである。控えめにいっても、「アメリカ流に解釈された世界」、それが日本人が平均として思い描く「世界」のイメージとなっている。したがって、日本人が国際社会に進み出る歳にあらかじめ設定する国際基準はなべてアメリカ流の尺度にならざるをえない。日本の新憲法もアメリカの作品であるし、日本の軍隊もアメリカの傘下にあるし、アメリカの経済自由化の要求に日本は屈せざるをえないし、そして何よりも日本人の生活様式がますますあめりかのものに近づいている。&lt;br /&gt;
　いうまでもないことだが&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
つづく&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/21828049.html</link>
			<pubDate>Fri, 30 Dec 2005 10:21:08 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>終戦を告げた昭和天皇の玉音放送、その中身。</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　八月十五日の早朝、日本中のラジオ局がその日の正午に重要な放送があると知らせた。できるだけ多くの人々が放送を聞くように、拡声器が様々な場所に設置された。多くの日本人は敗戦が近いことを知っており、国の名誉にかけて死ぬまで闘うようにと言う励ましの言葉がほうそうされるのだろうと思っていた。しかしそうではなく、中村勝平(ﾅｶﾑﾗｶﾂﾍｲ)海軍少将によると「耳障りな正午の時報のあとに、静かに国家が流れた。それから、内閣情報局総裁の下村宏(ｼﾓﾑﾗﾋﾛｼ)国務相が、次は天皇陛下の玉音(ｷﾞｮｸｵﾝ)であると告げた。今まで天皇陛下が直接ラジオで話すのを聞いたことがない国民は、驚いて息をのんだ。人々は緊張して、厳粛な言葉で書かれた天皇詔勅(ｼｮｳﾁｮｸ)を読み上げる天皇の声に耳を傾けた」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以下、天皇陛下の玉音放送である。&lt;br /&gt;
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt; &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私は深く世界の体勢と帝国の現状について考え、非常なる手段によってこの危機を収拾しようと決意した。ここに、忠実で善良な国民に告げる。&lt;br /&gt;
　私はわが政府にアメリカ、イギリス、中国、ソ連に対してポツダム宣言を受け入れることを通告させた。&lt;br /&gt;
　すべての国々の共通の繁栄と幸福とともにわが国民の安全と幸福のために力をつくすことは、皇室始祖から伝えられた厳粛な義務であることは、常に心にとどめてきた。アメリカ、イギリスに宣戦布告したのは、日本の政治的・経済的自立と東アジアの安定を心から願ったためであった。他国の主権を侵害したり、領土を侵犯したりする意思はなかった。&lt;br /&gt;
　今や、戦争は四年の歳月に及んだ。わが陸海空軍将兵の勇敢な戦闘や、官僚・公務員の勤勉、一億国民の努力があっても―すべてが最善を尽くしてくれたが―戦況は必ずしもわが国には有利ではない。さらに、敵は新たに残虐な爆弾（原子爆弾）を使用し、無事の民を殺し、その破壊力はまさに計り知れないものである。&lt;br /&gt;
　わが国が戦争を続ければ、最終的にはわが民族の滅亡だけでなく人類文明も破壊に至るであろう。そのようなことが起こったら、どのようにして何百万人ものわが国民を救い、皇室始祖の霊にわびる事ができようか？これこそが帝国政府にポツダム共同宣言の条件に応じるよう命じた理由である。&lt;br /&gt;
　帝国とともに終止東アジアの植民地解放に協力した友好国に対しては、遺憾の意を表することしかできない。また、戦場で没した国民、勤めの間に時ならぬ死を迎えた国民、その遺族のことを考えると心が引き裂かれる思いである｡戦傷を受けたもの、戦禍で家や生計の場を失った者たちのことは、深く憂慮している。&lt;br /&gt;
　この先にわが国が受ける苦痛は、確かに厳しいものとなる。あなたがた国民がうちに抱く気持ちも私はしっかりと知っている。しかし今、運命を受け入れて、耐えがたいことを耐え、忍び難いことを忍んで、将来の世代のために大いなる平和のために道をきりひらくことを、私は決意したのである。&lt;br /&gt;
　帝国の国体は守られ、私は常に国民とともにあり、忠実で善良な国民の真心に信を置いている。感情的になって不必要な争いを起こすようなことは決してせず、国民同士の争いで困難を起こすことを慎み、間違った方向に進んで世界の信用を失ってはならない。わが神国の不滅を固く信じ、すべての世代が家族のように団結して、課せらせた重い責任と将来への長い道のりを心に刻んで欲しい。清廉な心を養い、好奇な精神をいだいて、固い決意をもって働き、帝国が持つ栄光をより輝かせ、世界の進歩に歩みをあわせていってほしい。ここに私は願う、わが国民よ、私の意思に従ってほしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;１９４５．８&lt;br /&gt;
－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－&lt;br /&gt;
『ニューヨークタイムズ』が見た&lt;br /&gt;
第二次世界大戦 下巻 1942～1945&lt;br /&gt;
原書房より&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;私は、今現在の日本がこうして平和で豊でいられるのは、このときアメリカが戦争に勝ったおかげじゃなくて、敗戦にもめげずに、日本人が必死になって働いたからだと思っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/21210742.html</link>
			<pubDate>Sat, 24 Dec 2005 06:41:11 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>ラクしよう、ラクしようとばかり考えてるだろ？</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
　そういえば・・・最近、この言葉を聞かなくなったと思いませんか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;5&quot; color=&quot;#006400&quot;&gt;&lt;b&gt;「ラクしよう、ラクしようとばかり考えてるだろ？｣&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot;&gt; ちょっと前までは、多少無理してでもちゃんとやらないと、先生や親、上司や先輩などにすぐに見抜かれてしまって、よくこんな風に叱られたものです。&lt;br /&gt;
比べて、最近はそんなに無理しなくとも、割と自分の好きなペースでやれるところもあって、だからでしょうか、今は頑張ったり、無理したりすることにどこか矛盾を感じてしまって、逆にラクすることばかり考えてしまってる人の方が多いように思います。&lt;br /&gt;
とはいえ、ラクしようと思ってもできなかった昔と違い、今はどちらかと言えばラクしようと思えばラクができる時代だといえるでしょう。ですから、今更、ここで楽をしてはいけないと言うつもりはありません。&lt;br /&gt;
そんなことより、単純に、昔に比べて便利で能率のよい世の中なら、ラクしようと思わなければもっとできるはずだ、と思いました。&lt;br /&gt;
こんだけ情報があって、便利になって、豊なら、普通に考えて、もっともっとたくさんのことができてもいいはずだと思うのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　そして、もうこれは絶対に言わないと思うけど・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;5&quot; color=&quot;#006400&quot;&gt;&lt;b&gt;「お客様は神さまです」&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;br /&gt;
　最近は、お客のペースに合わせてくれる店員が少なくなったと思いませんか？というのも、最近、レジで会計を済ませていると、店員を待たせることがあるんです。最近はそれがはっきりと確認できる程なので、ついついこっちも慌てて小銭を出してしまう。これは単純に、客も気を使って当然の時代になったということでしょう。&lt;br /&gt;
　今から9年前、二十歳の頃、私はメキシカン料理屋でアルバイトしてた頃に仲間とこの「お客様は神さまです｣を非難したことを憶えています。ですから、当時はまだそんなことを言う大人が割りと近くにいたのでしょう。この言葉は、しばしそう思わなくちゃやってられないと言った言葉を合わせてよく耳にしました。そう思わなくちゃやっていられないところがあると言った意味です。一方で、当時の俺たちは客だからと言って何でも許されると思うなよ。と意気込んでいましたが、そういうことが言えるような時代になったのでしょう。そう思わなくちゃやっていられないと思っていた時代と何ら変わることなく、krッ曲のところ、背景にあるのは「そんな屈辱的なことはできない」「自分たちのプライドが許さないから｣といったものでした。&lt;br /&gt;
　ハリウッド映画やむこうのドラマをみていると、少なからず、町の雑貨屋や、レストランなんかで、客を客と思わないような店員をみかけることがあります。たとえば町の雑貨屋でいけば新聞、雑誌を片手に店のテレビを見ていて、座ったままコーヒを飲んだりして、客が着ても知らん顔してる店員。レストランではオーダをとりにくるウエイトレスがやたらやる気がなくて、そっけなく「注文は？｣なんて聞いてくる。&lt;br /&gt;
　対して、お客の方も、店員に対して早口に自分のほしい物を言うだけで、客は店員に対してハナから態度を変えず、「カフェイン抜きコーヒとホットドック｣、それで終わりである。そんな店員の態度に腹を立てるアメリカ人をあまり見たことがありません&lt;br /&gt;
アメリカ人を見ていると、よくそんなんで仕事ができるなと感心します。やる気がないのに仕事をやっていられるアメリカ人はすごいと思います。音楽聞きながらノリノリで仕事できるアメリカ人もすごいと思います。音楽を聞いて快適に仕事をできるということは、反対に音楽を聞かなかったら不快で仕事ができないのかもしれません。会社の食堂のコックが一流シェフだったり、社員の待遇がやたら飛びぬけていたりするのもそうです。そこまでしないと意欲的に仕事をする気になれないなんて、逆にプライドはあるのか？と尋ねたいくらいです。&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/20402251.html</link>
			<pubDate>Fri, 16 Dec 2005 03:48:32 +0900</pubDate>
			<category>その他文化活動</category>
		</item>
		<item>
			<title>外国人の意見 （大東亜戦争） ６</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マーク・セルドン　［コオーネル大学東アジア研究所教授］アメリカ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（読売新聞企画「検証・戦争責任］▽海外歴史家インタビュー 2006年11月26日付）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
―日米開戦はなぜ、避けられなかったのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　米国人は真珠湾攻撃を日米の衝突の原点として見る。一方、日本人には米国による石油、鉄鋼などの対日禁輸で、対米海戦を余儀なくされたという見方が強いかもしれない。それが重要な要因であることは確かだ。ただ、歴史的な流れで見れば、19世紀末から20世紀序盤にかけ、米日が、急速に台頭しつつある、新興植民地帝国だったことを忘れてはならない。日本は日清戦争で台湾を領有し、やがて、朝鮮を我が物にする。米国は、スペインとの戦争でフィリピンを植民地化し、東南アジア進出の足場を築く。拡張主義路線を走っていた日米両国は、1930年代の満州事変、国際連盟脱退以降、衝突が避けられない状況になったと見ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（～中略～）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
―満州（現中国東北地方）などでの日本の拡張政策をどう見るか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　19世紀後半からの歴史を見れば、アジアは西側植民勢力による分割に直面していた。日本にとっては、周囲を見渡せば、植民勢力がひたひたと押し寄せているという現状だ。20世紀初め、日本が協力な海軍を持った植民帝国である英国と同盟を結んだのは注目される。世界に認められる国になると言うことは、植民帝国になることを意味していたのだ。この過程で、日本はアジアの国々と欧米を同時に相手にするという※傲岸不遜に陥った。&lt;br /&gt;
（※傲岸不遜とは？＝自分を偉い人間と考えて、相手を見下した態度をとるさま（国語辞典））&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカ　『ニュヨーク・タイムズ』　１９４２．８&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（名誉勲章叙勲による、ヘンダーソン飛行場攻防戦の記録）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ガダルカナル島でのもっとも激しい戦いは、ヘンダーソン飛行場周辺の防衛線で繰り広げられた。１０月２５日から２６日にかけての夜に日本軍の攻撃がなされたときこの防衛任務についていたのが、第七海兵連帯第二大隊の小隊を指揮していたミッチェル・ペイジ軍曹だった。この臨場感ある記述は、ペイジが英雄的行為で名誉勲章を授与された戦いぶりを自ら綴ったものだ。彼は太平洋で戦っていたアメリカ兵によくある態度で、日本人を鬼畜あつかいしている。これに関しては、ペイジやその仲間たちはアメリカ政府の方針に従っていただけだ。すなわち政府は、日本人に対する人種差別的な考えを鼓舞することで戦時の結束を強めようとしていたのだ。このようなひどい態度は、ドイツ人やイタリア人には向けられなかった・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アメリカ　『ニュヨーク・タイムズ』　１９４４．１０&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（『今日私がするすべてのことが、この世でのしおさめになるのです』―特攻隊員の日記の最後の書き込み）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
レイテ湾の戦いは、日本の新しい武器である神風（特攻）が使われたことにも特徴がある。『神風』という言葉は１３世紀に襲来したフビライ・ハーンの蒙古艦隊を沈め、中世の日本を征服から救った台風を神風と呼んだことからきている。２０世紀の神風は、アメリカ軍艦に突入する自殺行為をいとわないパイロットである。最初の神風攻撃は１０月２１日に行われ、オーストラリア軍巡洋艦に大きな損害を与えた。４日後のレイテでは、神風特攻隊が護衛空母＜セイントロー＞を沈め、四隻の護衛艦に損害を与えた。特攻に志願したパイロット立ちは、参詣や、『辞世の句』を詠むなどの様々な儀式を通じてしにおもむく準備をしていた。次の文章は、１９４５年４月にしてして&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;次のページへ&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/18938731.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/18938731.html&lt;/a&gt;&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/19663456.html</link>
			<pubDate>Fri, 09 Dec 2005 09:57:48 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
		</item>
		<item>
			<title>外国人の意見 （大東亜戦争） ５</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
ダニエル・H・ディソン　［画家・フィリピン、カミカゼ記念協会会長］フィリピン&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;5&quot;&gt;&lt;b&gt;神風特攻隊戦没者の碑&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;（―碑文全文）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;　ここは第二次世界大戦当時最初のカミカゼ 基地、マパラカット東飛行場跡です。&lt;br /&gt;
カミカゼ特攻隊は昭和十九年十月十日大西海軍中将によってマパラカットで編成された。最初の志願者は当地に進駐していた定刻海軍第一航空艦隊第二○一航空隊所属の搭乗員二十四人でした。最初のカミカゼ第指揮官は、大尉関行男で「カミカゼ特別攻撃隊」と呼ばれ敷島隊、大和隊、朝日隊、山桜隊の四隊に分かれていた。昭和十九年十月二十五日敷島隊は関大尉指揮のもとに午前七時二十五分ここを飛び立った。部下隊員は一等飛行兵曹中野磐雄、一等飛行兵曹谷暢夫、飛行兵長永峰肇、上等飛行兵大黒繁男でした。同日午前従事四十五分レイテ近海にて米海軍空母群を攻撃。&lt;br /&gt;
　先ず、関大尉機が米艦セイントローに体当たり爆破二十分後に沈没させ隊員機は米艦カリニンベイ同キトカンベイ同サンガモン同スワニ－同ホワイトプレンズを攻撃した。戦果では関行男大尉を「世界最初のの正式人間爆弾」としている。&lt;br /&gt;
　第二次世界大戦終了時までのカミカゼ特攻の戦果は米艦船の撃没又は大破合計三二二隻兵員に与えた損害九○○人以上であった。&lt;br /&gt;
　そして、カミカゼ隊員五○○○人の内四六○○人が戦死した。&lt;br /&gt;
　カミカゼ特攻はすべての世界史の記録に例のない壮挙であり又歴史のあきらかにするところによればその背後にあった理念は正に凡ての国が相互尊重と機会均等の原則に従って共存共栄を偕にする世界秩序と平和の確立をひたむきに願いその実現のため散華したことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  　　　フィリピン、カミカゼ記念協会&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 調査編集　会長ダニエルＨ・ディソン&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベルナール・ミロー　「ジャーナリスト］フランス&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　単に多数の敵を自分同様の死にひきずりこもうとして、生きた人間が一種の人間爆弾と化して敵にとびかかるという、その行為にあるのではない。その真の特徴は、この行動を成就するために、決行に先んじて数日前、ときとしては数週間、数ヶ月も前から、あらかじめその決心がなされていたという点にある。そしてこの特殊な点こそが、我々西欧人にとっては最も受け容れがたい点である。それは我々の生活信条、道徳、思想といったものとまさに正反対で、真向から対立してしまうことだからである。我々の世界には、いまだかつてこれと同様のことも似たようなことも事実としてあったためしをきかない。あらかじめ熟慮されていた計画的な死--くり返していうが、これは決して行為ではない--、そうしたものの美学が我々を感動させることはあっても、我々の精神にとってはそのようなことは思いもつかぬことであり、絶対にあり得ないことである・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　ただ著者はもうひとつだけ、大変重要なことをこれにつけ加えておきたいと思う。それは戦後かなりの広範囲に行われたアンケートによってこれら特攻に散華した若者たちの人となりに、新たな光をあてることになったある事実である。特攻隊員に関して真実を知りたいと願う有志の手で、多くの調査報告がなされている。 &lt;br /&gt;
　 これらの調査のほとんど全部が一致して報告していることは、特攻に散った若者の圧倒的な大多数のものが、各自の家庭にあっては最も良き息子であったということの発見である。きわめて稀な少数の例外を除いて、彼らのほとんどは最も愛情深く、高い教育を受け、すれてもひねくれてもいず、生活態度の清潔な青年たちであった。そして両親に最も満足を与えていた存在だったのである・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（西欧における特攻についての偏見に対し次のように述べている・・・）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　このようにすぐれた息子たちであっただけに、そのような者が特攻に散華したことは遺族たちの悲嘆と痛惜をいっそう深めたのであったが、またアンケートの結果判明したこのような事実は、我々西欧社会のあいだにあまりにも普及して通説になってしまっている観念、すなわち彼らが人間らしい感情をもち合わせず、人間の尊厳について無感動な、いまわしい集団心理に踊らされた動物だったという見方に、真向から痛撃を加えて、それがいかに甚しく誤っているかということをいやおうなく悟らしめるのである。&lt;br /&gt;
　 ほんのひとにぎりの狂燥的人間なら、世界のどの国にだってかならず存在する。彼ら日本の特攻隊員たちはまったくその反対で、冷静で、正常な意識をもち、意欲的で、かつ明晰な人柄の人間だったのである。 &lt;br /&gt;
　 多くの特攻隊員たちの書き残したものや、彼らを知る人々の談話の中からうかがい知られる勇気を秘めたおだやかさや理性をともなった決意というものもまた、彼らの行為が激情や憤怒の発作であったとする意見を粉砕するに十分である。彼らから憤怒のえじきになり、激情の発作にかられた人間を想像することは不可能である。数日、いやときには数週間というもののあいだ、ずっと憤怒の発作にかられつづけている人間など、この世に実在しはしない・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この日本と日本人がアメリカのプラグマティズムと正面衝突をし、そして戦争末期の数ヶ月間にアメリカの圧倒的な物量と技術的優位の前に、決定的な優勢を敵に許してしまったとき、日本人は対抗手段を過去からひき出してきた。すなわち伝統的な国家への殉死、肉弾攻撃法である。 &lt;br /&gt;
　 このことをしも、我々西欧人はわらったり、あわれんだりしていいものであろうか。むしろそれは偉大な純粋性の発露ではなかろうか。日本国民はそれをあえて実行したことによって、人生の真の意義、その重大な意義を人間の偉大さに帰納することのできた、世界で最後の国民となったと著者は考える。&lt;br /&gt;
　 たしかに我々西欧人は戦術的自殺行動などという観念を容認することができない。しかしまた、日本のこれら特攻志願者の人間に、無感動のままでいることも到底できないのである。彼らを活気づけていた論理がどうあれ、彼らの勇気、決意、、自己犠牲には、感嘆を禁じ得ないし、また禁ずべきではない。彼らは人間というものがそのようであり得ることの可能なことを、はっきりと我々に示してくれているのである・・・ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　本書の目的は、そのような皮相的な見方から一歩踏みこんで、西欧から見た神風に、新たな脚光を浴びせることであった。また著者の意図したところは、この日本の自殺攻撃が集団的発狂の興奮の結果などでは断じてなく、国家的心理の論理的延長が到達した点であらわれた現象であり、戦局の重圧がそれをもたらしたものであることを明らかにすることにあった。&lt;br /&gt;
　 著者は日本において２０００年間眠りつづけてきたハスの実が、栽培されて開華したことを耳にしたことがある。その花に著者は神風の精神をなんとなくなぞらえてみたくなった。 &lt;br /&gt;
　 たしかに日本人の実行したこの突飛な飛躍はむなしい。結果としてのいたましい敗戦に、この行為はあまりにも不合理とも見えよう。そしてこの行為に散華した若者たちの命は、あらゆる戦争におけると同様に無益であった。しかし、彼らの採った手段があまりにも過剰でかつ恐ろしいものだったにしても、これら日本の英雄たちは、この世界に純粋性の偉大さというものにつて教訓を与えてくれた。彼らは１０００年の遠い過去から今日に、人間の偉大さというすでに忘れられてしまったことの使命を、とり出して見せつけてくれたのである・・・ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（上記の　銑イ垢戮董▲戰襯福璽襦Ε潺蹇蔀嵜隻呂茲螳僉&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
アンドレ・マルロー［フランスの文人]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（特別攻撃隊の英霊に捧げる　アンドレ・マルローの言葉)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（略）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　日本は太平洋戦争に敗れはしたが、そのかわり何ものにもかえ難いものを得た。これは、世界のどんな国も真似のできない特別特攻隊である。ス夕－リン主義者たちにせよナチ党員たちにせよ、結局は権力を手に入れるための行動であった。日本の特別特攻隊員たちはファナチックだったろうか。断じて違う。彼らには権勢欲とか名誉欲などはかけらもなかっ た。祖国を憂える貴い熱情があるだけだった。代償を求めない純粋な行為、そこにこそ真の偉大さがあり、逆上と紙一重のファナチズムとは根本的に異質である。人間はいつでも、偉大さへの志向を失ってはならないのだ。&lt;br /&gt;
　 戦後にフランスの大臣としてはじめて日本を訪れたとき、私はそのことをとくに陛下に申し上げておいた。&lt;br /&gt;
　 フランスはデカルトを生んだ合理主義の国である。フランス人のなかには、特別特攻隊の出撃機数と戦果を比較して、こんなにすくない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を 抱く者もいる。そういう人たちに、私はいつもいってやる。《母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。愛する者が殺められるのをだまって見すごせるものだろうか？》と。私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、 いさぎよく敵艦に体当たりをした特別特攻隊員の精神と行為のなかに男の崇高な美学を見るのである。（会報「特攻」第８号より引用）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フレッド・Ｋ・フォックス氏 [元海兵隊員］アメリカ&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
（日本の特攻隊をどう思いますか？の質問についての回答） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　彼らはアメリカ艦船を攻撃するために自らの命を捧げました。しかも、二度と生きて帰ってこないことを初めから自覚していたのです。このような死ぬことを使命においた戦法は我々の文化にはありません。&lt;br /&gt;
　しかし、全くその例がなかった訳ではありません。我が国でも第二次世界大戦における最高の議会殊勲賞の第一号がパイロットに与えられました。彼はビルマでの爆撃で日本艦船に突入した功績を称えられたのです。&lt;br /&gt;
　この沖縄戦におけるカミカゼ戦法でも我々アメリカ海軍は最大の損害を受けました。この戦争に参加した日本兵は祖国のため、天皇のため、最善の努力をした勇士達でした。&lt;br /&gt;
　これはまさに日本の歴史そのものでしょう。（ビデオ「天翔る青春」日本会議編より）&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
イワン・モリス&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　彼らはしばしば、神聖な祖国の土を外敵に踏みにじられないための国防の義務とか、親族を守るために自らの命を捧げることとかを語ってはいる。しかし、これらのことは敵軍兵士にたいする心底からの嫌悪感や西洋人にたいする人種的な敵愾心のような形にまでにはなっていないようである。&lt;br /&gt;
　むしろ彼らの言葉は、日本人として生まれてこのかた受けた恩恵にたいして、報恩をしなければならないという気持ちを表現しているのではないだろうか。恩恵を受けてきた、今も受けているという気持ちと、いざという時に必要とあればどのような犠牲を払ってもその恩に報いたいという気持ちが、平戦時を問わず何世紀にもわたって、日本人のモラルの力強い底流をなしていたと思うのである。&lt;br /&gt;
　太平洋戦争中、報恩の気持ちは特攻隊員にだけ特有のものではなかったかもしれないが、「恩」の意識こそは特攻隊員の心を強力にかりたて、彼らに自己犠牲を、報恩のための究極の道と確信させたものであったと言えよう。（イワン・モリス著「失敗の高貴　日本史における悲劇の英雄」３０９頁）&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;次のページへ&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/19663456.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/19663456.html&lt;/a&gt; 　&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/19591800.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Dec 2005 17:52:43 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>外国人の意見 （大東亜戦争） ４</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;ロシアの新聞ジュルナル・ド・サン・ペテルスブール紙&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（同紙は、韓国併合条約調印直後の１９１０年８月２６日付けで、次のような論評を掲げている)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　フランスがアルザス＝ロレーヌを失って以来、またとりわけボスニアとヘルツェゴビナがハプスブルク王国に組み込まれて以来、『併合』という言葉はおぞましい意味を持ち、国家間の強盗と同義語になった。だが、朝鮮を日本が掌握することにはこのような意味合いを持たせることはできず、むしろアルジェリアのフランスへの併合やイギリスによるエジプトの占領、カフカスあるいはヒヴァ汗国のロシアへの主権移行などがもたらした恩恵の記憶を喚起するものだ・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　朝鮮は、日本の統治下に入って以来、夢のような変化の道を歩んでいる。見る見るうちに、広大な鉄道網や電信電話網が敷かれた。公共建築物や工場が立ち並び、日増しに増え続けている子供達は学校に通っている。農業も盛んになっている。輸出は５年で三倍以上になった。財政は、輝かんばかりの状態にある。港は活気に満ちている。司法制度が改革され、裁判の手続きもヨーロッパの裁判所に決して引けをとらない・・・この観点に立てば、朝鮮の日本への併合は極東の繁栄と発展の新たな要素となるだろう・・・&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（´共に、国際ニュース辞典『外国新聞に見る日本』第４巻）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジャーク・ブズー・マサビュオー　[人文地理学者］フランス&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝鮮人にとって、　日本統治時代が、伝統と独立時代に対する純然たる侵害として、　大きく映っているが一方別の面においては、南北朝鮮の国家経済を著しく飛躍させ　るための基盤は、この時代に築かれたのであり、その成果もまた大きかったといえ　る。日本は約四十年ほどの間に厳しいやり方で自然の脅威にさらされ、大きな工業　設備を持たず、貧しかったこの農業国家を科学的な農業と様様な工業、そして活発　な貿易を誇る経済の調和のとれた国へ変身させた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　　　　　　　　　　　　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
フランス雑誌「パリマッチ」記者　フランス&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初の数日間は平穏無事で、日本軍の姿は全く無かった。ところがある日、突然五、六人の動物のような兵隊が現れ、麻雀をしていた四人の女優を強姦した。前述の女優は日本軍の馬を管理する男達に暴行されたが、この男達は朝鮮人であった。（中略）香港占領期間中、多くの朝鮮人が日本の軍服を着ていたが、一般の日本人よりも背が高く、日本の正規軍よりも凶暴だった。この時、民家に乱入して婦女暴行を働いたのは、殆ど日本人の手先となって悪事を働いていた朝鮮人であった。当時、香港住民は日本軍よりも朝鮮人を激しく憎んだ。（アルフレッド・スムラーの著書「日本は誤解されている」から抜粋)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
デイヨー提督　［戦艦テネシー］アメリカ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　（デイヨー提督は沖縄にむけ航行中、自らの艦隊に対し、自信を持っていた。同時に体験する前の特攻に対し、群からはぐれ、おびえたあひる」のように艦船めがけて飛び込んでくることについて憐憫の情さえ持っていた。そして次のように語っている・・・）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　何名かの人間がこちらにやってくる。彼らの一人一人はその悩み抜いた意識のなかに、一つの目的を持っているだけである。彼らの心と精神とは－－－長期にわたる恐怖に満ちた準備ののちに－－－若くて健康な、意に従わない肉体にたいして、彼ら自身をたった一つの任務のために献げるよう強制したのである。その任務というのは、ミサイルを誘導することである。彼はミサイルの生きている部品であり、その結果ミサイルと彼自身とはほんの僅かばかりの生存の可能性もなく、仮借ない鋼鉄を破壊するため突進することになる。したがって、特攻機はすべて目標に到達しないうちに、命中弾をあたえて操縦不能にしなければならない。さもないと、それにたいして、われわれが支払いを余儀なくされる代価は、ただパイロット一人と飛行機一機の価格の何倍にも達することになるだろう・・・一 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（ところが、実際に特攻機が四方八方から群がってくるような状況を体験したのちには、デイヨー提督指揮下の艦艇と乗組員を葬るべく突進してくる特攻機パイロットにたいして同情心など持てるはずもなかった。特攻機におそわれた際の状況を次のように回想している・・・ ）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　１２００ヤード！　８００ヤード！　一体全体、彼奴らの体は何でできているのだろうか。遂に彼奴らはわれわれにとりつけるだろうか・・・・５００ヤード！　あっ、艦首から突っこんでくる一機の機体が四散して墜落していく。その敵機は狂ったように飛行をつづけ、クルクル舞いながら海面に突入した。私が双眼鏡をそちらに移すか移さない内に他の一機も機体がバラバラになって飛散した。バラバラになった機体の大きな部分が、爆発して消えてしまった。射撃が中止された。左舷の砲員たちが歓声をあげて喜んだ。そのあと、ほとんどのものが気づくほどの沈黙がつづいた・・・二 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（特攻機１機がテネシーに突入し、乗り組み将兵２３名が戦死し、１７６名が負傷、内３３名が重傷という被害を被った。デイヨー提督自身は幸運にも特攻による被害から逃れることができた。しかし、自らが生き残れたのは全く偶然であり、運悪く亡くなった人々より自分が高い価値を持っているからというわけではないと、自らを戒めている。とにかく、特攻による恐怖というのは大変なものであったということを物語っている・・・一、ニ、とも「ドキュメント神風」より引用） &lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;5&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;※特攻に対する米軍報告 １～６&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;キーファ艦長［空母「タイコンデロガ」艦長]　アメリカ&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（キーファ大佐は神風特攻機の効果について、ひとりよがりの幻想はすこしも持っていなかった。「タイコンデロガ」がアメリカに帰投後、シカゴでおこなわれた新聞記者会見の席上、特攻機は普通航空機の４倍ないし５倍の命中率をあげている、と語った。)&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　特攻機以外の爆撃から逃れるよう操艦するのはさして困難ではないが、舵を取りながら接近してくる爆弾より逃れるよう操舵することは不可能である・・・１&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スプルーアンス提督（ニミッツ大将への報告） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　敵軍の自殺航空攻撃の技量と効果および艦艇の喪失と被害の割合がきわめて高いので、今後の攻撃を阻止するため、利用可能な、あらゆる手段を採用すべきである。第２０航空軍を含む、投入可能な全航空機をもって、九州および沖縄の飛行場にたいして、実施可能なあらゆる攻撃を加えるよう意見具申する・・・２&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
乗組士官　[駆逐艦「リュース」] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　この戦闘は、断固たる決意を秘めた自殺機の攻撃を阻止することが、事実上不可能なことを示している・・・３&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マルカム・ハーバート・マックガン大尉　[護衛空母「サンガモン」乗組パイロット］ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（炎上中の特攻機を海中に投棄するのを手伝ったマックガンは、ずっとのちになって、日本軍パイロットを賞賛して）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　わが艦の飛行甲板を突き抜けたあの男は、私より立派だ。私には、あんなことはやれなかっただろう・・・４&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Ｒ．Ｎ．スムート大佐　［第５６駆逐隊司令、駆逐艦「ニューカム」座乗] &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（「ニューカム」の息の根を止めるため、４番目の敵機が突進してきて、艦中央部に激突して、大火災の燃料として新しくガソリンを提供した。消火作業を支援するため、駆逐艦「ロイッツァ」が勇敢な行動をとって「ニューカム」に接近し、すでに消火ホースを「ニューカム」に延ばしていたとき、５番目の特攻機が攻撃してきた。艦橋にいたスムート大佐は、艦上で実施されていた全作業を見渡すことができた。彼はこう語っている・・・)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　私はどこへもいくことができなかった。自分がこの事態を切り抜けて生き残れるかどうか、私には自信が持てなかった。事実、その特攻機はまっすぐ私のほうに向かって突進してきているようにみえた。私が眼鏡を上にずらすと、特攻機のパイロットの姿がみえた。そのパイロットは首のまわりに大きな白いスカーフを巻いていた。最後の瞬間そのパイロットがどれくらい私に接近していたか私は知らないが、彼が両手を操縦桿から離してあげ、それから操縦桿を前に倒すのを見た。そのあと、彼は両手を頭上にあげて、歯ぎしりした。彼は非常に接近していたので、私は彼のそうした仕草を見ることができた。彼は艦橋めがけてまっすぐ突っ込んできていた。この特攻機は爆弾を抱えていたので、こらがわれわれ全員にとって最後となったことであろう。&lt;br /&gt;
　 自分の体を相手にたいして死をもたらすと同時に自己の命をも断つような弾丸として使用することを主唱する、狂信的で死に物狂いの戦闘について、私は語ることができない。あのパイロットの顔は今日まで私の脳裏を去らない。（もし、われわれが戦わなければならない場合には）人びと自身を、相手に死をもたらす人間ミサイルに仕立てあげ、その結果、人びとをそれ以上、各自の祖国にとって役立たなくさせるよりは、戦って生きのび、さらにもう一日戦う方がどれほど立派なことだろうか・・・５&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（上記１～５すべて「ドキュメント神風」より引用）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ジョン・Ｓ・サッチ大佐　[第３８機動部隊指揮官マッケーン提督の作戦幕僚］ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
　一国が何かを入手するたびに、他国が間もなくそれを保有する。一国がレーダーを入手すると、間もなくすべての国がレーダーを保有する。一国が新しいタイプのエンジンか航空機を得ると、その後他国がそれを手に入れる。だが、日本軍は神風パイロットを手に入れたが、日本以外には誰もこれを得られそうにない。なぜなら、日本人以外の連中は、そのような性格に作り上げられていないからである・・・６（「玉砕戦と特別攻撃隊」新人物往来社より引用）&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;font size=&quot;4&quot; color=&quot;navy&quot;&gt;&lt;b&gt;次のページへ&lt;a HREF=&quot;http://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/19591800.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/19591800.html&lt;/a&gt;&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/19563398.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Dec 2005 12:13:28 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
		</item>
		<item>
			<title>外国人の意見 （大東亜戦争） 参照リスト</title>
			<description>&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;br /&gt;
以下、参照したサイト一覧（順不同）&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・「私達の先人は大東亜戦争を戦ったのです」&lt;a HREF=&quot;http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://nandakorea.sakura.ne.jp/html/daitoua.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
・「反日マスコミが伝えない親日の話」&lt;a HREF=&quot;http://mikomo.hp.infoseek.co.jp/index.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://mikomo.hp.infoseek.co.jp/index.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
・「日本国や神社に感動した外国人の言葉」&lt;a HREF=&quot;http://www.ncn-t.net/kunistok/gaizin-jinja.htm&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.ncn-t.net/kunistok/gaizin-jinja.htm&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
・「戦後体制からの脱却」&lt;a HREF=&quot;http://page.freett.com/iu/memo/Chapter-010503.html#010503170200&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://page.freett.com/iu/memo/Chapter-010503.html#010503170200&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
・「外国から見た大東亜戦争（太平洋戦争）の評価（2003.12.8）」&lt;a HREF=&quot;http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/daitoua_sensou.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/honbun/daitoua_sensou.html&lt;/a&gt; &lt;br /&gt;
・「オランダ・アムステルダム市長のご挨拶」&lt;a HREF=&quot;http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/oranda.htm&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www1.odn.ne.jp/~aal99510/oranda.htm&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
・「外国人から見た“ＫＡＭＩＫＡＺＥ”」&lt;a HREF=&quot;http://www.geocities.jp/kamikazes_site/gaikoku_kamikaze/gaikoku_kamikaze.html&quot; TARGET=&quot;_blank&quot;&gt;http://www.geocities.jp/kamikazes_site/gaikoku_kamikaze/gaikoku_kamikaze.html&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;
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&lt;font size=&quot;4&quot;&gt;&lt;b&gt;※大東亜戦争について他にも外国人の意見が載っているサイトや文献等ございましたら教えてください☆&lt;br /&gt;
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			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/newtype_being/18938731.html</link>
			<pubDate>Fri, 02 Dec 2005 19:55:49 +0900</pubDate>
			<category>メンタルヘルス</category>
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