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◆詩人 平塩清種さんの詩にかけた、熱き想いを紹介させて頂きます。
詩集「穏やかに そしてまた 穏やかに」あとがきより...◆
齢(よわい)、五十の坂を越えた。
ため息が出るほど美しく移ろう四季の花鳥風月を愛でながら、ふと淋しくなる時がある。
日々を決してないがしろにして生きているわけではないのに、
時間だけが刻々と過ぎ去ってゆく。
そんな焦燥感の中で、わが人生の深化に向かい、
そして、より輝かしくあるために、わたしは今日も詩情(うたごころ)の中にいる。
詩を書こう、詩人になろうなどと思ってもみなかったこの道に、
いつしかわが人生のすべてが、
詩情に始まり、詩情に終わる一日となってしまったような気がします。
空を眺め、海を見ながらわが心を自然と重ね、その時折に浮かぶ感動を文に認める。
そんな創作活動をしているときが、わたしの一番楽しいときだから、
今、わたしは人生で一番至福な時を過ごしているのだと思います。
年若きころ、私も人並みに幾度も挫折をあじわい、辛酸をなめてきました。
その度ごとに、どうしてこんな辛い思いを、などと嘆き、悲嘆にくれたり・・・・・・。
金もなく極貧にあえいだ毎日をいかにしのぐか、乗り切るか、
楽しい思い出など、積み重ねる余裕などなかったように思います。
そして"人はみな、惜しい、欲しいと思うから悩み、悲しみ、恨みが生じる
得ることばかりに思いを募らせるから苦しくなる。捨てることも人生なんだ"
と思えるようになるまでの、紆余曲折の中で、さ迷い続けた...
そして今、生きることより、
死ぬことのほうが楽に思えた、暗く悲しい思い出も、
無常なまでに消え去る、時の経過の中に埋没してゆきます...(つづく)
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